第34話
しばらくして、テオは宿の部屋へと戻って来た。
「ただいまー!」
「テオ、おかえり。」
「なあ、お前ら晩飯まだだったろ?遅かったけど下の食堂で簡単に作ってもらったぞ。」
そう言うとテオはサンドイッチや飲物を紙袋から取り出した。
「ああ、助かる。」
「なあ、テオ、もう大丈夫か?」
何もなかったかのように振る舞うテオにブレイズはおずおずと尋ねた。
「ああ、大丈夫だいじょうぶ!さっきはびっくりしすぎたけどさ、よくよく考えればライの言うとおり、世間じゃ終わった事件として扱われてるし、憲兵に通報することもないかなって思って。」
「そうか。」
ブレイズはほっと胸をなでおろした。
「良かった、またライが憲兵に連れて行かれたらどうしようかと思った…。」
「そんな、仕事仲間を売るようなことしないって。ライもそう言ってくれたし~?」
からかうようにテオは言ったが、ライは無視して食べ物を漁っていた。
「それより腹が減った。食べて良いか?」
「どうぞ~。」
言われるがまま、ライはサンドイッチにかぶりつく。それをみて、ブレイズも食事に手を伸ばした。
「あれ、テオは食べないのか?」
「俺は二人を待ってる間に済ませたから大丈夫。待ってる間暇だったしね。」
「何だ、暇だったらついてくれば良かったのに。」
「いやいや、自分で言うのもアレだけど、俺、戦闘能力ゼロだからね?」
「あちこち旅してるんだから自衛くらいはできるんじゃないのか?」
「最低限の自衛だけね?俺の武器は腕っぷしじゃなくて情報と逃げ足の速さだから。」
他愛ない話をしながら、ブレイズとライは食べ進めた。
「ご馳走様。」
「ふい~、食べた。」
「お粗末様でした~。」
食べた後のごみを片付けながらテオが答えた。
「そろそろ寝る?」
「そうだな。」
「俺も。何か今日動き回ったせいか、もう眠い…。」
ふわ、と欠伸をしながらブレイズが言った。すぐさまベッドに横になると、毛布も掛けずに寝息を立て始める。
「おい、ブレイズ。ちゃんと布団に入らないと風邪ひくぞ。」
「うーん…。」
「ったく、仕方のない奴だな…。」
ライは呆れながらもブレイズに毛布を掛けた。その光景にテオも苦笑する。
「ほんと、手のかかる弟みたいだな。」
「全くだ。」
「で、ライは世話焼きの兄ちゃんってとこか?」
「誰が兄だ。こんな面倒な弟、こっちからお断りだ。」
ふん、とライは鼻を鳴らした。
「じゃあ、お休み。また明日な。」
「ああ。じゃあな。」
挨拶をしてから、テオは一人隣の部屋へと戻っていく。それを見送って部屋の鍵をかけると、ライも眠りに就いた。
◇◇◇◇◇
二人が寝入ってしばらくした頃。テオはブレイズとライの部屋の鍵をピッキングでこじ開けると、ひっそりと中へ忍び込んだ。扉を閉めて二人が寝静まっているのを確認すると、ブレイズのベッドへ近づく。静かに寝息を立てているブレイズは、ベッドのすぐ側にテオが立ったというのに起きそうになかった。
(よし、食事に仕込んだ睡眠薬が効いてるな…。これなら運べる。)
テオは二人の食事と飲物に睡眠薬を仕込んでいたのだった。そのおかげか、警戒心の高いライも寝入ったままだ。
テオは良く眠っているブレイズに手を伸ばすと、手足を縄で拘束した。その際、手首のブレスレットに気づいてそれをそっと外す。
(確かこれが魔物の入れ物になってるんだよな…。ブレイズから聞き出しておいて良かった。)
旅の道中に楽しそうに話してくれたブレイズの笑顔が思い浮かんで、胸がズキンと痛くなった。と、同時にライの方からカチャリと物音がしてびくりと振り返る。
見ると、ライが寝返りを打っていた。剣を腕に抱いたまま寝ているが、目覚めた様子はない。
(びっくりした…。ライに目覚められたら一巻の終わりだから、気を付けないと。いくら睡眠薬を飲ませてると言っても、ライの奴は少しでも音を立てたら起きてきそうだし…。)
ひっそりとブレイズを連れ出す準備を進め―――。
テオはブレイズを連れ出すことに成功した。
◇◇◇◇◇
街の外れ。空き家となっている家が多い貧民街の一つの家の前に、荷馬車が止まった。テオは荷馬車から大きな麻袋を下すと、ずるずると引きずりながら家の中へと運び込んでいく。
「―――やっと来たね。待ちくたびれたよ。」
部屋の中で待っていたロズベルグが、本を閉じながら言った。
「……連れてきた。」
「本人かどうか、確認させて?」
そう言って麻袋の口を開くと、中に入っていた人の頭を出した。中からブレイズの首だけ出すと、満足そうに頷いた。
「うん、ブレイズ・イストラル本人だね。約束通りだ。」
「なら、ルイーズに会わせてくれ!」
「わかったよ。約束だからね。妹さんならこっちにいるよ。」
そう言うとロズベルグは奥の部屋へ続く扉を開けた。テオは扉の先へと駆け込んだ。
「ルイーズ!」
部屋の奥には十代半ばくらいの栗色の髪の少女が横に寝かされていた。手や足は縄で拘束され、口枷も嵌められている。深い眠りに就いているようで、テオの大声にも起きなかった。
「ルイーズ、ルイーズ!」
テオは声を掛けながら、ルイーズの息があることを確認した。寝息を立てているだけだとわかるとほっと安心してため息を吐いた。
「良かった、怪我もないみたいで…。」
その瞬間。ゴッと鈍い音が自分の後頭部から響いた。
「がっ!?」
突然の衝撃に、テオは目を廻しながら、倒れ込んだ。うっすらと見えたのは、大きな杖を持ったロズベルグの姿だった。その杖の先が血で赤く染まっているのを見て、自分が殴られたことを理解する。
「な、んで…。約束は、守った、のに……。」
「うん、ありがとう。でも、全部終わったら無事に返すなんて、僕一言も言ってないよ?」
そう言うと、ロズベルグは傍に置いてあった大きな水桶へ使い魔を召喚した。鮫の姿をした使い魔の姿に、テオは目を見開いた。
「君達には、僕の可愛い魔物の餌になってもらうよ。普通の人間でも、命ごと魔物に食わせればそこそこ良い魔力源になるんだよね。」
「そん、な……。」
ニタリと邪悪に嗤ったロズベルグの表情に、テオは絶望する。
「これじゃ、何のために、ライを裏切ったのか…。」
「うん?僕のため、でしょう?ほんとにありがとうね。『炎獄の死神』を相手にするのは骨が折れるから、助かったよ。」
〈ロズベルグ、早くそいつら、喰わせろ!〉
目の前の餌に興奮を抑えられない使い魔がはしゃいで言った。
「わかったよ、アイン。ほら、ご飯の時間だ。食べて良いぞ。」
〈わーい、いただきます!〉
そう言って、使い魔は大きく口を開いてテオへと迫って来た。テオは牙の並んだ口を見て、自分の死を悟った。
(あ、ダメだ、俺、死ぬ―――。)
次の瞬間。
〈ぎゃあ!〉
「アイン!?」
いきなり火の玉が飛んできて、ロズベルグの使い魔は火だるまになった。ロズベルグは慌てて水の魔術を使い、使い魔を焼く炎を消した。
「だから言っただろう?執行官の言うことは信用ならない、と。」
「この声、まさか―――!」
ばっとロズベルグが後ろを振り向くと、そこにはライとブレイズが立っていた。
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