第33話

 ライが話している間、ほとんど黙っていたテオが、口を開いた。


「その話、昔取り調べを受けたって時に憲兵達に話したのか?」

「いや。赤の他人ってことで押し通したよ。追及されるのが面倒だったからな。」

「……憲兵に通報すべき案件だぞ、この話。」


 テオは深刻な顔でライに告げた。


「『炎獄の死神』アルバート・セラフィスに息子がいて、しかも二代目の『炎獄の死神』になっているなんて…。」

「まあ、オレが『炎獄の死神』と呼ばれるのはある意味当然のことだったな。オレは髪色以外は父親に似ていたし、魔術も使い魔も父親譲りだから。」

「冗談じゃない!」


 テオが大声で言ったので、ブレイズは驚いた。


「テオ?何そんなに怒ってるんだ?」

「当たり前だろう!?何でそんな話を俺にした?俺は情報屋だぞ?さっきの話を憲兵に持っていくかもしれないってのに、何で…!?」

「最初に言っただろう。お前達になら、話しても良いと思った。」

「は…。」


 ライの言葉にテオは毒気を抜かれた。


「自称『炎獄の死神』のことで正直イライラしていたからな。誰かに話を聞いてもらいたかった。お前達なら、変に言いふらすことはないだろう?」

「だから、俺は情報屋だぞ?求められれば情報を売るぞ?」

「だが、テオは顧客であるオレの情報をみだりに売ることはしないだろう?」

「!そ、それは…。」

「そもそも、この情報を売ったところで、オレが憲兵に再度取り調べを受けるだけだ。世間的にはアルバート・セラフィスが死んで、ドラル=ゴアの事件は終わったことになっている話だしな。」

「…父親の復讐は考えてないのかよ?さっき、濡れ衣を着せられたかもしれないって言っていただろう?真実を知った後で、濡れ衣を着せた張本人がわかったら…。」


 テオの質問にライはフッと笑った。


「復讐したところで何になる?私刑を下す気もない。…だが、確かな証拠が上がれば、真犯人逮捕の名目で適当な機関に訴え出るくらいはするかもしれないな。証拠が未だにあるかどうか、怪しいものだが。」

「……ああ、もう!」


 ぐしゃぐしゃと頭をかきむしると、テオは部屋を出て行ってしまった。


「テオ…。」

「放っておけ、頭を整理する時間が必要なんだろう。」


 ライに言われ、テオを追いかけようとしていたブレイズは足を止めた。そのまま、ライへと振り向く。


「なあ、父親の復讐は考えてないって言ってたけど、村を襲ったドラル=ゴア王国の精鋭部隊には恨みはないのかよ?」

「……あるに決まっているだろう。」


 静かな声には怒りが滲んでいた。


「当時村にはオレよりも幼い子供達もいた。その子達まで殺すほどの理由がオレにはわからない。だが、恨むにしても誰を恨む?直接手を下した精鋭部隊の隊員か?命令を出した奴か?それともその全員か?隊員達は命令されたから仕方なく従っただけかもしれないのに?命令を下した奴も止むを得ない理由があったかもしれないのに?…この件については考える度に感情と思考が絡まって整理がつかなくなる。だからこそ、判断するための材料を求めているんだ。」

「ライ…。」


 ライの複雑な感情に、ブレイズは何と声をかければ良いのかわからなかった。


◇◇◇◇◇


 一方、部屋を飛び出したテオはイライラしながら夜道を歩いていた。


(ああもう!何だよ、『お前達だから話した』って!?)


 冷たい風に当たっているのに、一向に胸の苦しさが流れていってくれない。


(俺のことを信じるなよ!俺は情報屋だぞ!今からライを裏切ってブレイズを執行官に差し出そうとしている奴だぞ!何であんな話をしたんだよ!?何で信頼してるって言えるんだよ!?)


 ずんずんと夜道を一人進む。


(あんなこと言われたら裏切りづらくなるだろう?今まで通り、ビジネス上の関係でドライな付き合いさえしてくれてれば、こんな罪悪感抱くこともなかったのに、何でよりによってこのタイミングで自分のことを俺に打ち明けてくるんだよ!?)


 宿からしばらく歩いたところで、テオは立ち止った。


(俺は、ルイーズを助けるために、ブレイズを執行官の元へ連れて行かないといけないのに…。あの二人の信頼を裏切って、本当にそんなことが出来るのか?)


 弱気な心が顔をのぞかせる。その時、後ろから声を掛けられた。


「ねえ、まだ連れ出せそうにないの?」

「!」


 びくりとして後ろを振り返ると、執行官のロズベルグが立っていた。


「あ…。」

「旅について行き始めてから一週間くらい経つんだけど、まだなの?」

「ま、まだだ…。なかなか、ブレイズと二人っきりになる機会がなくて…。」

「嘘。『炎獄の死神』が憲兵に連れて行かれた時があったでしょ?」

「な、何でそれを…!?」

「何で知ってるのかって?当然でしょ。君達のことは見張ってるんだから。」


 そう言って執行官はつまらなさそうに言った。


「ねえ、もしかしてこのまま機会を伺っているって言いながらやり過ごそうとか思ってない?それで良いの?妹さんのこと、どうでも良くなっちゃった?」

「そんな事ない!」


 テオは悲痛な顔をして叫んだ。


「それならしっかり約束を守ってよね。ちゃんとブレイズ・イストラルを連れてこないと妹さん死んじゃうよ?」

「わかってる…。」


 ロズベルグは言うだけ言うと、その場を立ち去って行った。

 テオはじっと足元を見つめた。


(そうだ。迷っている暇なんかない。ルイーズは今この瞬間も執行官に捕らわれて怖い思いをしているかもしれないんだ―――。)

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