第32話

 ライの衝撃の告白に、ブレイズもテオも呆気に取られた。


「……え?」

「う、嘘だろ?だって、『炎獄の死神』の関係者はドラル=ゴア王国の事件があった当時徹底的に調べられたはずだ。その時に死神に家族はいないって話があったはず…。」

「そうだな。だが、田舎の山奥の村までは捜査の手は伸びてこなかったんだろう。オレは確かに、アルバート・セラフィスに育てられた。…と言っても、そもそも父親の本名を知ったのは旅に出てからだがな。」


 ライは静かに語り始めた。


「オレが知っている父は、山奥にある小さな村の教会の神父で、『アルフォンス・セラト』と名乗っていた。三十人もいない小さな村のはずれの、小さな教会で、オレは両親に育てられた。といっても、オレが幼い時は母と一緒に過ごした記憶が多い。オレが幼い頃は、父は教会本部に出向していて、いないことが多かった。…今思えば、そういう嘘をついて賞金稼ぎの仕事をしていたのだろう。

 ある日、父が村の教会へ戻ってきた。冬の酷く寒い夜だった。あの日は雪も酷く降っていて、到底外には出られない天候だった。そんな中、父は大怪我をした子供を連れて帰ってきた。」

「その子供って…。」

「ドラル=ゴア国王夫妻殺害事件で誘拐された、アイラ王女だと思う。――彼女の名前は誰も教えてくれなかったが、彼女の銀髪と青い目は今でもしっかりと覚えている。事件の資料に記載された王女の特徴と彼女が一致したときに、あの時の大怪我をしていた彼女がアイラ王女だったと確信した。

大怪我をした彼女を両親は懸命に看病した。オレも彼女の体調が良い時には花や本を持って行って相手をしていた。だが一か月後、彼女は息を引き取った。」

「!」

「彼女が亡くなって、父は教会の裏に墓を建てたが、名前は彫られなかった。まるで犬猫の墓のような小さな墓碑だけが置かれて…。オレは父になぜ名前すら彫らないのか、なぜ彼女がこんなひどい目に遭わなければならなかったのかと怒った。父は『彼女は両親を殺され、国を追われていた。ようやく安らかな眠りに付けたのに、それを誰かに邪魔されるのは悲しい。だから、あえて名前は彫らない。』と。オレは父の悲痛な表情に、何も言えなかった。

それから少しして、今度は母が病気で亡くなった。元々体が強くなかったから、冬の寒さで風邪をこじらせてあっという間に…。そこから、父との二人暮らしが始まった。暮らしは相変わらず質素で、とても裕福とは言えない環境だったが、それでも親子二人で暮らすには十分満ち足りていた。父はオレに一般的な学問だけでなく、武術や魔術も教えてくれた。求められれば村の子供たちにも分け隔てなく教え、村の皆からも慕われていた。

 あの日が来るまでは……。」


 ライは苦しそうに、目をつぶった。


「あの日…?」

「オレが十三歳の時に、村が何者かに襲われた。」

「!」

「村は焼かれ、森に薪拾いに行っていたオレだけが助かった。父も村の皆も、全員殺されて、オレだけが、生き残った……。」

「それって、『炎獄の死神』を狙ってきたのか?」

「ああ。犯人はドラル=ゴア王国の精鋭部隊だ。『炎獄の死神』を殺すのに、何故かあいつらは村一つを滅ぼしたんだ。」

「そんな馬鹿な…。」

「あり得ない話だと思うか?だが、実際にオレの村は焼かれ、ドラル=ゴア王国の精鋭部隊によって『炎獄の死神』は殺されたと報道されている。…何故村人全員を殺す必要があったのか、それを知るのが、オレの旅の目的の一つだ。

そして、もう一つの目的は、父が賞金首として追われることになった、ドラル=ゴア王国の国王夫妻殺害事件の真相を明らかにすることだ。」

「!」

「賞金稼ぎだった『炎獄の死神』のやり方は確かに冷酷だったそうだが、賞金稼ぎとして名を馳せた頃――ドラル=ゴアの事件の前までは、賞金首を必ず生きて捕まえていたそうだ。それが、この事件では国王と王妃を殺し、王女を誘拐している。当時の新聞や手配書によれば、反王政派の調査で雇われた『炎獄の死神』が、雇い主である国王に不満を抱いて、逆に反王政派と手を組んでクーデターを起こした、とされているが、オレはこの推察に疑問をもっている。」

「……新聞とかの内容は、妥当なように思えたけど。」

「ブレイズ、お前がもし、当時の『炎獄の死神』と同じ立場で、国王に不満を持ったらどう行動する?」

 ライに言われ、ブレイズは少し考えた。

「うーん…、俺なら、とっとと契約なんか無視して逃げるかな。報酬がもらえなかったとしても、次で稼げばいい話だ。」

「その通りだ。」

「でも、契約書に魔術的な拘束がしてあったとかは考えられないの?契約内容を破って国外逃亡した場合はペナルティを受ける、みたいな…。」


 テオの発言にブレイズはきょとんとした。


「魔術的な拘束ってそういうこと出来るのか?」

「ああ。魔術契約と呼ばれるものがある。だが、そういう魔術契約が結ばれていたなら、最初に『雇い主を裏切らないこと』が必ず条件にある。」

「そうか…!魔術契約が結ばれていたのなら、『炎獄の死神』は国王を殺せないのか。」


 ブレイズの言葉にライはうなずいた。


「ドラル=ゴアは魔術大国だ。魔術契約を結んでいた可能性はかなり高い。というより、逆に魔術契約を結ばない方が不自然だ。反体制派の誰かに国王を殺害させて魔術契約を無効にしたということも考えらえるが、国王を裏切らないよう魔術拘束された状態で、契約主に害意のある画策ができるのか疑問がある。他にもう一つ不自然なのが王女の誘拐だ。」

「新聞や手配書ではどういう目的で誘拐したって書いてあるんだ?」

「得られなかった報酬の代わりに身代金をせびるため、というのが一般的な見方だ。だが、身代金は請求されなかった。」

「…お前の話だと、王女は大怪我をして運ばれてきたんだよな。お前の父親の話が本当なら、クーデターに巻き込まれて大怪我したところを、『炎獄の死神』は助けたってことになるのか。」

「ああ。クーデターの首謀者から父は濡れ衣を着せられたのではないか、とオレは推測している。」


 そこで、ブレイズは頭をがしがしとかきむしった。


「…なあ、ちょっと確認なんだが、お前の父親――アルフォンス・セラトは『炎獄の死神』アルバート・セラフィスと本当に同一人物なのか?話を聞く限り別の人なんじゃないかって思えてくるんだが…。」

「『炎獄の死神』の手配書で顔は確認した。」

「そうだけどさ、手配書の写真なんて当てにならないこともあるだろ?セラフィスは魔術師だったんだから、魔術で顔を変えることぐらい簡単じゃなかったのか?」

「確かに可能だろうな。だが、父はやはり『炎獄の死神』と同一人物だよ。」

「何の根拠があるんだよ?」

「ロベスとの契約だ。」

「!」

「魔術師と魔物の契約はお互いの魔力供給だと以前説明したな。その契約の際、契約主である魔術師の名前も魔物の魂に記録される。オレがロベスと契約を結んでから確認できたことだが、ロベスの以前の契約主の名前は『アルバート・セラフィス』だった。」

「ライとロベスが契約したのって…。」

「オレの父が死んですぐ。そして、ロベスは父の使い魔だった。契約した当初は色々ありすぎて、そんなことに気づく余裕もなかった。契約後しばらくしてから父の本当の名前を知って、偽名を使っていた理由を探るために調べた。まさか、国王殺しで追われている犯罪者だったとは、夢にも思わなかったけどな。」


 ライは皮肉気に笑った。ブレイズはライの説明から、ふとある可能性に思い至った。


「なあ、ロベスはライの父親の使い魔でもあったんだろ。それなら、ロベスに聞けば全てわかるんじゃないのか。」

「確かに、ロベスは父が見聞きしたことを全て共有している。」

「それなら…!」

「だが、教えてもらえないんだ。」


 ライはそう言って、ロベスが宿っている剣を見やった。ブレイズはロベスに尋ねた。


「どうしてなんだ?」

〈俺とアルバートの契約の中には、アルバートの仕事の情報を一切漏らさないという条件がある。これがある以上、今の契約者がライであっても、当時のことを教えることはできない。〉

「もう契約主は死んでいるのに?」

〈そこが人間同士の魔術契約と異なるところだ。魔術師と魔物の契約はたとえどちらかが死んでも、もう一方が生きている限り有効だ。〉


 ロベスの回答にライは肩をすくめた。


「あの手この手で契約の穴を見つけ出して教えてもらえないか試したが、全く教えてもらえなかった。だから、仕方なしに昔の事件の記録を漁ったり、『炎獄の死神』セラフィスの名前で釣られてくる奴らを問い詰めたりして、情報を集めている、という訳だ。」


 ブレイズは、ライに尋ねた。


「ライの旅の目的は分かったけど、その事件の真相を知ってどうするんだ?濡れ衣だってわかったところで、世間が信じてくれるかどうか…。」


 ブレイズの問に、ライはテーブルにじっと視線を落としたまま、答えた。


「…信じてくれなくて構わない。ただ、オレが真実を知りたいだけだ。

お前も言ったが、『炎獄の死神』のアルバート・セラフィスと父親だったアルフォンス・セラトは同一人物と思えないほど違っている。オレは、オレが知っていた父親が、本当はどんな人間だったのか、知りたいだけだ。」

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