第31話

 次の日の夜。ブレイズとライの二人はテオが突き止めたアジトの入り口へと来ていた。見張りらしきガラの悪い男が一人入り口に立っている。


「何だお前ら。」

「『炎獄の死神』に用があって来た。」


 そう言うと、ライは男の腹部に拳を打ち込んだ。


「げほっ!」


 その脇でブレイズが玄関を蹴破る。中へ入ると、複数のマフィアがこちらを見て武器を抜いていた。


「何だお前ら!」

「あ、こいつ、昨日のやつだ!」


 マフィア達のうち、昨日ライから逃げ出した男が指さしてくる。気にすることなくライは問いかけた。


「『炎獄の死神』を名乗っているのはどいつだ?」

「俺がそうだ。」


そう言って一人の男が奥から出てきた。長髪でライに似せてはいるものの、陰鬱な雰囲気は似ても似つかない。男はライの顔を見て笑った。


「なるほど、二代目の『炎獄の死神』を名乗っているのはお前か。」

「自称したことはない。貴様、名は?」

「俺はアルバート・セラフィス。『炎獄の死神』だ。」

「は?」


 偽物の名乗りを聞いた瞬間、ライの表情が険しくなった。同時に凄まじい殺気が放たれる。


「銀髪と聞いた時からまさかとは思っていたが、アルバート・セラフィス、だと。貴様、本気でその名を名乗っているのか?」

「ら、ライ?」


本気でぶち切れているライに、ブレイズが遠慮がちに声を掛けた。


「アルバート・セラフィスって…?」

「……先代の『炎獄の死神』の本名だ。」


 ぎりぎりと剣を握る手に力が入る。


「おいおい、先代も何も、俺が『炎獄の死神』アルバート・セラフィスだと言っているだろう?知らないはずはあるまい、国王殺しをやってのけた賞金稼ぎの名前を!」

「!」

「…アルバート・セラフィスはドラル=ゴア王国の精鋭部隊によって殺された。新聞で報道されていただろう?」

「蘇ったんだよ、地獄の底から。」


 自称アルバートは楽しそうに嗤った。


「お前達も噂は知っているだろう?『炎獄の死神』が蘇って活動していると。黒魔術を使って俺はあの世から蘇ることに成功した!」

「…なあ。ああ言ってるけど、黒魔術を使っても死者蘇生は出来ないんだよな?」

「当たり前だ。」


 悦に入った様子のアルバートに聞こえないようにブレイズはライに尋ねたが、ライからは即答だった。


「大方『炎獄の死神』の威光を借りたいがために名前を騙っているんだろう。ここまで来ると怒りを通り越して呆れてくるな。」

「…俺が偽物だと?」

「当然だ。むしろアルバート本人だという証拠がどこにある?」

「この姿形を見てもまだ信じないか。ではこの話をすれば信じるか?」

「何の話だ。」

「俺にはアルバートとして生きた記憶がある。もちろん、ドラル=ゴアの国王と王妃を殺した記憶もな。」


 ピクリ、とライの眉が動いた。


「あの時は楽しかった。逃げ惑う国王と王妃を追いかけて殺して、王女を捕まえて…。」

「黙れ!」


 突然ライが叫んだ。ビリビリとした空気に、その場の全員が沈黙した。


「何も知らない裏稼業風情が、その事件を語るな!」


 怒りのあまり、ライの周りにはちりちりと小さな火が散り始める。今まで見たことのない剣幕に、ブレイズも気圧された。


「そもそも、貴様が偽物だと言うのは最初から分かっていたことだ。貴様がいくら本物だと主張しようともどうでも良い。」


 そう言った瞬間、ライはアルバートに向かって走り出していた。慌ててマフィア達が剣や銃を取り出すが、急いで援護に回ったブレイズがマフィア達を狙撃した。


「ぐわっ!」

「な、何だこれ!?」


 撃たれた者から順に成長していく樹に捕らわれ、武器を奪われていく。それを見た瞬間、マフィアのボスは叫んだ。


「気をつけろ、こいつら二人とも魔術師だ!」


 ライの進路上に立ったマフィアはあっという間に切られて火だるまになり、倒れ伏していく。地面に転がったマフィア達をものともせず、ライは突き進んだ。


「はあっ!」


 ライがマフィアをもう一人倒した瞬間、アルバートが剣を振りかぶってきた。ライは受け止め、刃がギインと鋭い音を立てた。ギリギリと刃同士が噛み合う音がする。


「なかなかやるじゃないか、二代目。」

「黙れ、偽物。」


 ギンッとお互いに相手の剣を弾いて距離を取る。再度構え、相手の出方を伺う。

動いたのはライの方だった。下から切り上げるような軌道でアルバートの手を狙う。


「ふっ!」

「ぐっ!」


アルバートは逆に上から叩き込んだが、すぐさまライに剣を弾かれた。ライの剣は轟々と火が灯っており、振りかざされるだけでも熱を感じた。


「この、なめるなよ!ガキが!」


 アルバートは再度ライから距離を取ると、呪文を唱えた。


「『ファイア』!」


 作り出された火球がライへと向かって行く。その光景にブレイズは焦った。


「ライ!」


 だが、ライの元へたどり着いた瞬間、火球は剣によって切られて消えた。


「は?まさか、魔術を切ったのか?」

「この二流魔術師が。魔術の核が丸見えだぞ。」


 挑発するようにライが言った。アルバートはギリギリと歯を食いしばった。


「何だとこのガキ…!」

「いや、適性のある属性魔術を使っているのに詠唱ありでは、三流以下だな。」

「殺す!」


 まんまと挑発されたアルバートは剣を使って遮二無二切りかかってきた。ライはそれを受け流しながらタイミングをうかがった。


「死ねえ!」


 我慢できなくなったアルバートが大きく振りかぶった瞬間、ライは呼んだ。


「ロベス!」

〈おう!〉


 ライの呼び声に答える形でロベスが姿を現した。思いがけない登場に、アルバートは一瞬怯んだ。


「な、黒犬!?」

〈誰が犬だ!〉


 そう言うが早いか、ロベスはアルバートに向かって炎を吐き出した。


「あああああああああああっ!」


 アルバートはあっという間に火に包まれる。『裁きの炎』はめらめらとアルバートの皮膚をなめた。


〈『炎獄の死神』を騙ったことを後悔すると良い。〉


アルバートが倒されたのを見て、マフィア達が怖気づいた。


「やべえ、先生がやられた…!」

「俺達もあんな風に殺されるのか?」


 ライに対する恐怖がマフィア達の間に伝染し始めた時だった。


「お前ら、何ビビってやがる!?」


 マフィアのボスが銃を天井に向かってパンッと撃ち鳴らした。


「お前らはこの街を牛耳るマフィアの一員だろうが!魔術師一人くらいで何をビビッて…!」


 ボスが檄を飛ばしている最中、パンッと音が響くと、マフィアのボスの肩から樹がにょきにょきと生えてぐるぐる巻きにしてしまった。マフィア達の視線が撃ってきた方向―――ブレイズに向けられる。


「俺もいるのを忘れんなよ?」

「と、投降します…。」


 こうして、偽物の『炎獄の死神』騒動は幕を閉じた。


◇◇◇◇◇


 夜も更けてきた頃。ブレイズとライは憲兵へマフィア達を引き渡し、宿へと戻ってきた。


「おー、おかえり。二人とも無事に帰ってきたってことは制圧してきたんだな?」

「うん、そうだけど…。」


 宿で一人留守番をしていたテオに答えながら、ブレイズはちらりと視線をライに送った。


「何かあった?」


 そこで初めてテオはライに視線を送った。ライは見たこともないほど不機嫌な表情をしていた。


「ぶ、ブレイズ君?何があったの?」

「いや、偽物の『炎獄の死神』を倒してきたんだけど、そいつがどうもライじゃなくて先代のアルバート・セラフィスって奴を真似してたみたいで、それを聞いてからライがぶち切れちゃって…。」

「何、偽物は先代の死神を真似してたの?もう死んでるのに?」

「蘇ったって主張してたよ。当然嘘だったけど。本名は憲兵に自供してた。」

「なら何でライはそんなに不機嫌なのさ?まさか自分が真似されてなかったって拗ねてるってことじゃないでしょ?」

「そんな下らないことで拗ねるか。」

「なら、どうして…?」


 テオに問われてライは暫く黙っていたが、椅子に座るとため息をついた。


「……本当は誰にも話すつもりはなかったんだが、お前達になら話しても良いか。」

「何のこと?」

「まあ、座れ。少し長い話になる。」


 椅子に座るように促されて、ブレイズとテオは大人しく従った。


「…不機嫌だったのは、偽物がアルバート・セラフィスを騙っていたからだ。加えて、ドラル=ゴアの事件まで適当に話し出したのが許せなかった。」

「何でだよ?『炎獄の死神』は偶々似ていただけの奴なんだろう?ライも言ってたじゃないか。」


「……本当は違う。アルバート・セラフィスは、オレの父親で、魔術の師匠だ。」

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