第30話

 夜。月が夜道をほんのりと照らす頃。消えかけた街灯の下を一人の女性が通りかかった。


「急いで帰らなきゃ…。最近物騒だし。」


 そう一人呟いた時、後ろから声を掛けられた。


「ねえちゃん、今一人か?」


 振り向くと、ガラの悪い男二人が近づいて来た。慌てて大通りへ続く道へ逃げようとするが、肩を掴まれる。


「おいおい、無視すんなよ。」

「暇なら一緒に遊ぼうぜ。」

「や、止めてください!」


 女性は必死に抵抗するが、男二人には敵わない。


「あ、誰か、助けて…!」

「誰も来るわけないだろう?」

「俺達マフィアだぜ?誰も逆らえねえんだから、あんたも諦めな。」


 そこへ、一人の人物が姿を現した。マフィア達の視線がそちらへ向く。黒犬を連れた冒険者だった。


「ああ、何だお前。」

「…その女性を放せ。」

「は?何だと?」

「お前、俺達マフィアを知らねえのか?あの『炎獄の死神』がいるマフィアだぞ?」

「知っている。」


 そう言って、冒険者は剣を抜いた。躊躇のないその仕草にマフィア達も殺気立つ。


「何だ、やる気か!」

「後悔しても知らねえぞ!」


 マフィア二人も腰の剣を抜くと、冒険者――ライに襲い掛かった。ギンッと刃が触れる硬質な音が裏通りに響いた。

 ライは剣をはじき返すと、炎の剣を発現させて、ガラ空きになったマフィアの胴を切った。


「ぎゃあ!」

「な、何だてめえ!」


 仲間の惨状を見て、もう一人は慌ててその場に止まる。ライは炎の剣を再度構えて言った。


「これ以上怪我したくなければそいつをとっとと連れて帰れ。ついでに『炎獄の死神』に本物が来たと伝えて来い。」

「ひ、ひいぃぃ!」


 マフィアは慌てて剣をしまうと、もう一人を担いで逃げ出した。マフィア達が走り去った後、その様子を物陰から見ていたブレイズが出てきた。


「お疲れ様。」

「やはり大したことないな…。」

「まあ、これで偽物の『死神』には本物が来てるってこと、伝わるんじゃない?」


 そう言って、ブレイズは呆然として座り込んでいる女性の傍へ行った。


「大丈夫ですか?」

「は、はい…。あの、助けてくれて、ありがとうございます。」


 女性はブレイズの手をとって立ち上がった。そこへライが声を掛ける。


「怪我はないな。」

「はい、大丈夫です…。」


 声を掛けられた女性はぽっと頬を染める。ライは気付くことなく続けた。


「なら良かった。今日の所は危ないから、家まで送っていこう。構わないか?」

「はい、ありがとうございます!あの、お名前を伺っても…?」

「?ライ・セラフィスだ。」

「ライさん…。」


ライに夢中になっている女性の表情を見て、ブレイズはぼそりと呟いた。


「また出たよ、天然女たらし。」

「何か言ったか、ブレイズ。」

「イエ、ナニモ。」


 そう言うと、ブレイズは楽しそうに会話するライと女性の後をついて行った。


◇◇◇◇◇


 一方、ライにやられたマフィア達はアジトへと逃げ帰っていた。


「ひい、ひい!助けてくれ!」

「どうした!」

「く、黒犬を連れた男にやられた!」

「何だと!」


 見ると、もう一人のマフィアは腹のあたりを切られていて、傷みのあまり気絶しているようだった。慌てて手当をするために部屋の奥へと連れて行く。連れてきたマフィアを落ち着かせて、マフィアのボスは話を聞いた。


「それで、何があった?」

「女を連れ込もうとしたら、黒犬を連れた男が邪魔をしてきて、切られました。」

「黒犬を連れた男?他に特徴は?」

「黒髪で長髪、青目のいけ好かない二枚目でした。」


 そう言ったと、男は思い出したかのように続けた。


「あ、あと、『炎獄の死神』に、本物が来たと伝えろ、と言ってて。」

「本物~?」


 その言葉に部屋の奥にいた男に視線が集まる。男はのんびりと脇に座る黒犬の頭を撫でている。


「先生、どうもあんたに売られた喧嘩のようだぞ。それにあんたにそっくりみたいだ。」

「そうみたいだな。」

「そうみたいって、他人事みたいに言うな。向こうは自分が本物だと言っているみたいだぞ。」

「俺が本物の『炎獄の死神』だというのに…。困ったものだな。」


 そう言うと『炎獄の死神』は脇に置いていた剣を手に取って立ち上がった。銀髪で長髪のその男に従い、黒犬ものそのそと立ち上がる。


「俺を騙る偽物が出たんだ、自分で片付けてこよう。」


 その言葉にボスは笑った。


「さすが、『炎獄の死神』アルバート・セラフィスだ。」


◇◇◇◇◇


 女性を家へ送り届けた後、ブレイズとライは宿へと戻っていた。そこへテオも帰ってくる。


「おかえり、テオ。どうだった?」

「ばっちり!アジト突き止めてきたよ。ついでに色々調べてきた。」

「ありがとう!さすが情報屋!」

「偽物の死神だけど、銀髪長髪の陰気臭い男で、黒犬を連れているらしい。マフィアからは先生って呼ばれてて、名前はわからなかった。獲物は長剣。マフィアのいざこざで揉めた時に出てくるらしく、腕も相当立つみたい。あと、火の魔術を使うらしいよ。」

「銀髪?」


 ライがピクリと反応した。


「髪色以外の特徴はライに似てるな。」

「向こうがライに似せてるんじゃない?でもまさか犬まで連れてるとはね…。」

〈俺は犬じゃない。〉

「わかっている。偽物の話だ。」


 ロベスが話に入ってきたが、ライが軽くいなした。


「それで、突入はいつにする?」

「待て。マフィアの人数も確認しておきたい。情報はあるか?」

「うん。マフィアは総勢四十人くらい。巡回とかもあるから、アジトに詰めてるのは二十人くらいかな。」

「二十人か…。腕利きがいると厄介だけど、何とかなる人数だよな?」

「今日出会った奴らのレベルなら制圧するのにそれほど問題はないはずだ。」

「…二十人を問題ないで済ませるのかい?君達。」


 テオが若干引き気味な表情で言った。


「だって、二人で二十人以上倒したことあるし。なあ。」

「そうだな。」

「あるんかい!」


 何てことなさそうに答えるブレイズとライに思わずテオは突っ込んだ。


「何、ライは元々そうだってわかってたけど、ブレイズ君も修羅の国の人なの…?」

「俺、元々騎士目指してたから。それに昔から剣術をじじいに仕込まれてたからなー。」

「そうですか…。」


 がっくりとテオは項垂れたが、それを放ってライは続けた。


「なら、明日の夜にでも突入できるな。警戒レベルが上がって人が増えているだろうが、十人程度なら問題ないだろう。」

「そうだな。」


 こうして夜は更けていった。

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