第29話

ブレイズ達はハインツ国の北の街へと到着した。そこで適当な依頼書を見繕おうと仲介所へ立ち寄っていた。


「素材集めはこれくらいか…。あまり良い依頼がないな。」

「まあ、大丈夫じゃない?当面の資金はあるんだろ?」

「そうだな。」


 ブレイズとライが相談していた時、ふとテオが尋ねてきた。


「なあ、ブレイズ君って今ランクいくつなの?」

「え、ランク?」

「そう。冒険者ランク。」

「素材集めしかしてないから、Eだけど。」

「え~!『炎獄の死神』の弟子なのに!?」


 その言葉に仲介所の空気がざわりと揺らいだが、テオとブレイズは気付かない。


「もったいない!色々教えてもらってるのにランクアップ試験受けてないの?」

「ら、ライがまだ早いって言って…。」


 二人が言い合うところに割って入る声がした。


「おい、今『炎獄の死神』って言ったか。」

「え?」


 振り向くと冒険者らしき大柄な男が険しい表情で三人の後ろに立っていた。ようやく、ブレイズは周りの空気が不穏なものに変わっていることに気づいた。


「誰が『炎獄の死神』なんだ?」

「……オレだが、何か用か?」


 穏やかでない男の様子にも動じず、ライが名乗り出た。その瞬間、男の顔が怒りに染まった。


「お前か…!」


 男は腰の剣を抜くとライに襲い掛かってきた。ブレイズとテオは慌てて避ける。


「うわっ!」


 ライは慌てることなく男の刃を避けて距離を取った。


「…仲介所は私闘が禁じられているはずだが。」

「知るかそんなもん!」

「止めろ!」

「誰か、憲兵呼べ!」


 男の冒険者仲間と思しき男達が止めに入る。


「放せ!こいつがリリアを襲ったんだ!」

「……悪いが、オレは今日この街に来たばかりだ。リリアという女性にも心当たりがない。」


 冷静にライは返すが、頭に血が上った男は聞く耳を持たなかった。


「嘘をつくな!『炎獄の死神』と名乗る男に襲われた人が何人もいるんだぞ!」


 男は仲間の制止を振り切ってライに切りかかった。だが、ライはひらりひらりと躱すと男の後ろに回り込み、首へ手刀を叩きこんだ。


「うっ!」


 意識を刈り取られ、男は床へどさりと沈み込んだ。


「おい、大丈夫か!?」

「気絶させただけだ。心配いらない。」


 仲間が駆け寄って男を介抱する。その間に、憲兵が騒ぎを聞きつけてやってきた。


「『炎獄の死神』を名乗る男がいると聞いたが。」

「……オレだ。」


 不承不承といった感じでライが答える。


「すまないが、事件の重要参考人として、駐在所まで同行願いたい。」

「……事件とは何のことだ?」

「最近この街で『炎獄の死神』を名乗る男が通行人を襲う事件が起きている。知らないのか?」

「あいにくこの街には今日着いたばかりだ。」


 ライの回答に憲兵は表情を曇らせた。


「……そうか。だが、念の為、同行してもらっても良いか?」

「……わかった。」


 慌ててブレイズが憲兵に言い募った。


「おい、ライは無実だぞ!」

「落ち着けブレイズ。駐在所に行って話をしてくるだけだ。」


 連行されようとするライに諭され、ブレイズは戸惑った。


「だけど…!」

「心配するな。すぐ戻る。」


 ひらひらと手を振ると、ライは憲兵達に連れて行かれてしまった。ブレイズは不服そうな表情でその後ろ姿を見送ったが、すぐさま男の仲間に噛みついた。


「おい、『炎獄の死神』がやったっていう事件のこと、詳しく教えろ!」

「あ、ああ。良いけど、あんたは?」

「オレはブレイズ!さっき連れて行かれたライの弟子だ!」

「弟子…。『死神』には弟子がいたのか?」


 そこにテオが割って入った。


「なあ、俺達が一緒だったライとあんたたちが言ってる『炎獄の死神』ってどうも違う人物みたいだけど、詳しく教えてくれる?」

「わかった。」


 そう言って男の仲間は話し出した。


「一年前くらいから、街のマフィアが好き勝手し始めててな。どうも『炎獄の死神』を用心棒に雇い入れて、憲兵でも相手にならないらしい。被害者の中には殺された人もいて、こいつの妹も襲われた被害者の一人だ。」


 男の話にブレイズは息を飲んだ。


「妹さんはケガしたのか?」

「ああ。酷い傷を負ったらしい。」

「…そうだったのか。」


 男にも理由があったことを理解し、ブレイズは同情した。話をしているうちに、男が起きた。


「う…痛え…。」

「気が付いたか?」

「俺、何で寝てたんだ?」

「お前『炎獄の死神』に襲い掛かって返り討ちに遭ったの覚えてねえのか?」

「そうだ!あの男は!?」

「憲兵が連れて行ったよ。」

「は!ざまあねえな。」


 吐き捨てた男にブレイズは反論した。


「ライはこの街に来たばかりだぞ。」

「何だお前は?」

「オレはブレイズ。ライの弟子だ。」

「は?『死神』の弟子だと?」

「何だよ?何か文句でもあるのか?」

「ありまくりだね。お前の師匠が俺の妹に酷いケガを負わせたんだ。お前がそのツケ払うか?」

「ライはやってねえって言ってるだろ!?」

「どうどう、お二人さん落ち着いて!」


 言い争いに発展しかけた二人をテオが宥めた。


「『炎獄の死神』って名乗っている犯人だけど、どうも名前を騙っているだけなんじゃない?」

「名前を騙る?」

「そう。ライ自身は『炎獄の死神』と呼ばれてはいるけど、自分で名乗ったことはほとんどないだろ?」

「あ、確かに。」


 テオに言われてブレイズははっとした。


「それに、さっきから言っているように俺達はこの街には来たばかり。すぐに疑いも晴れるさ。」

「何だよ…人違いってことかよ……。」


 がっくりと項垂れる男の肩を仲間が慰めるように叩く。


「そもそもマフィアの用心棒が白昼堂々と仲介所に現れる訳ないだろ。」

「気持ちはわかるが焦りすぎだ。」


 その場が落ち着いたところで、テオはブレイズに声を掛けた。


「ブレイズ君、どうする?ライが帰ってくるまでしばらくかかると思うけど。」

「駐在所に行こう!なあ、駐在所ってどこにあるんだ?」


 ブレイズは突然そう言って男達に話しかけた。


「ぶ、ブレイズ君?」

「ライが犯人じゃないって証言しに行こうぜ。本人だけじゃなく俺達の証言もあった方が早く解放してくれるだろ。」

「そ、そうかもしれんけど。入国審査の日時調べたら一発でシロってわかるからわざわざ行かなくてもいいんじゃ…。」

「テオ、行くぞ。」

「え、ええ~?」


 テオは戸惑ったままブレイズに連れて行かれた。


◇◇◇◇◇


 その日の夕方。太陽が地平線に沈もうとしている時間になって、ライは駐在所から出てきた。駐在所の前でたむろしているブレイズとテオを見つけて怪訝な顔になる。


「うん?何でお前らここにいるんだ?」

「何でも何も、ライが連れて行かれたからに決まってるだろう!?」

「大丈夫だと言ったはずだが。」

「それでも心配だったんだよ。俺達も駐在所の憲兵に証言した方が良いって思ったし。」

「そうか、わざわざ済まなかったな。」


 珍しく素直に謝ると、ライはぐしゃぐしゃとブレイズの頭を撫でた。


「な、何するんだよ!?」

「別に?何となく。」


 フッと笑ったライに対し、テオは疲れた顔で言った。


「それよりも何かご飯食べに行かない?待ちくたびれてお腹ぺこぺこ…。」

「昼食は食べていないのか?」

「ブレイズ君がここから動かないっていうからさ~。俺はあちこち情報収集で駆けずり回ってたし…。」

「そうか、なら今から食べに行くか。」

「賛成!」


 三人は連れ立って歩き出した。


「ライは何を聞かれたんだ?」

「身元確認とここ数か月の行動だな。入国管理に問い合わせてすぐに潔白が証明されたから、問題なかった。」

「なら何でこんなに時間かかったんだよ?」

「マフィアの用心棒が何故『炎獄の死神』を名乗っているのか、心当たりがないかどうか聞かれていた。憲兵はオレが本物の賞金稼ぎの『炎獄の死神』だとわかってくれたようでな。まあ、騙られる理由については、全く知らないから心当たりも何もなかったが。」

「そりゃそうだ。」

「そっちは何か情報あったか?」


 ライはテオに話しかけた。


「一年前から『炎獄の死神』を名乗る人物がマフィアに用心棒として雇われて、そこから気が大きくなったマフィアが好き勝手してるみたいだね。みかじめ料を取ったり、女の子に乱暴したり…。憲兵が捕まえようと躍起になっているらしいけど、強くて返り討ちに遭っているって。」

「偽物はそこそこ強いのか?」

「そうみたいだね。」

「そうなのか…。」


 押し黙ったブレイズに、ライは嫌な予感がした。


「おい、ブレイズ。お前また余計なことに首を突っ込もうとしてないだろうな?」

「余計なことって?」

「このマフィアの件だ。お前、自分が解決しようとか考えてないだろうな?」

「え、ダメなの?」

「ダメに決まっているだろう。何故お前がでしゃばる必要がある?」

「だってライが迷惑してるだろう?ライの偽物なんだから、俺達が出て行って解決した方が早くないか?」

「馬鹿か!マフィアなんて裏組織に手を出すな。後々面倒なことに巻き込まれるぞ。」

「だって、こっちだって迷惑してるじゃん!ライが本物の『炎獄の死神』なのに、勝手に名乗られてムカつかないのか?」

「ムカつかない。そもそもオレは自分で『炎獄の死神』を名乗っている訳じゃないからな。」

「でも街の人達に誤解され続けるぞ。ライがマフィアの仲間だって。」

「誤解されたとしても関係ない。すぐにこの街を出れば良いだけだ。」

「薄情者―!街の人達が困ったままでも良いのかよ?」

「オレには関係のない話だ。」


 平行線をたどる二人の議論をテオが止めた。


「まあまあ、そこらへんにして。ご飯先に食べようよ。」


 テオに促されるがまま、二人は食堂へ入った。テーブルにつくとそれぞれ適当に料理を注文する。料理はすぐに出てきて、三人ともしばらくは黙々と食べていたが、やはり納得していなかったブレイズが口を開いた。


「なあ、やっぱり偽物捕まえねえの?」

「まだ言うか。」

「だってさ、このままだと『炎獄の死神』の悪評が広まるだけだぞ。」

「…元々悪評まみれの二つ名だ。今更悪評の一つや二つ付いたところで問題ない。」

「とっとと街を出れば良いって言ったけど、放っておいて第二、第三の偽物が出てくる可能性を考えれば、ここで見せしめがてら捕まえておいたほうが良くないか?」

「………。」

「なあ~、ライ~。」

「………。」

「ライってば~。」

「ああもう、わかった!捕まえれば良いんだろう。」


 あまりのしつこさにライが切れながらも頷いた。


「おお、ライが折れた。」

「言っておくが、あくまでオレ自身のためだからな。」

「よっしゃ!そうこなくっちゃ!」


 ブレイズは嬉しそうに言った。

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