第28話

ブレイズは旅の途中、ライから魔術の手ほどきを受けていた。


「属性魔術をどうやって発現させるか、イメージ出来たか?」

「うん、何となくだけど。」

「なら、試しにやってみろ。」


 言われて、ブレイズは標的にした樹の幹めがけて銃を撃った。パシュッとゴム弾が着弾すると同時に、着弾したところから樹の枝がにょきにょきと生えてきた。そのまま、樹の幹を覆い隠すような形になる。不思議な光景にテオは思わず歓声を上げた。


「おお~!」

「こんな感じだけど、どうかな?」

「相手を捕獲する方向か。悪くないな。」

「本当か!?やった!」


 ライにも認められて、ブレイズは良い気になった。


「面白いな~魔術って。ブレイズ君はまだ見習いなのにそんなことも出来るんだな。」

「いやいや、ライの方が凄いぞ。炎の剣だからな。」

「炎の剣!?何それ見たい!」

「おい…。」


 勝手に喋るブレイズをライは睨みつけたが、食いついたテオに阻まれた。


「なあ~ライ~。炎の剣見せて~。カッコいいの見たい~。」

「俺も!もう一回あれ見てみたい!」

「お前らガキか…。」


 呆れるライだったが、ブレイズとテオは引かない。渋々といった様子で頷いた。


「一回だけだからな。」

「わーい!」

「さすが、ライ!」


 ライはブレイズが標的にした樹に近づくと、剣を抜いた。そして剣を両手で構えると炎を発現させた。鮮やかな炎の色にテオは言葉を失う。


「ふっ!」


 一息と共に、樹が幹の半ばから切り倒される。切り口は焦げているものの、燃えることはなかった。ズズンッと樹の上部が倒れる音と共に、ライは剣をしまった。


「カッコいい~!」

「はあ…これは確かに凄いな…。」

「これで満足したな。なら、ブレイズ。次は水と土の属性魔術の発現を訓練するぞ。」

「え、水と土?」

「そうだ。樹の属性は水と土の属性の複合属性だからな。元々二つの属性を扱える素質があるから、そちらを意識して使うように練習するぞ。」

「具体的にはどうやるの?」

「まずは水から始めるか。水属性は水を扱う他、回復などの治癒の効果も持っている。使えるようになって損はないはずだ。」

「はーい。」


 ライに教えてもらっているブレイズの様子を、テオは複雑な心境で見つめていた。


◇◇◇◇◇


 ブレイズ達が旅立つ前日。執行官がテオの元を訪ねてきた。


「やあ。」

「…何の用?」

「連れないな、仕事を頼んだ仲なのに。」

「………。」


 馴れ馴れしい執行官の様子に対し、テオは黙ったままだった。


「ま、いいや。そう言えばちゃんと挨拶してなかったね。僕は執行官のクリストファー・ロズベルグ。君はテオ・ハンクスで良かったよね?」

「…ああ。」

「今回君に仕事を頼んだ理由は伝えたよね?ライ・セラフィスの信用を得ている君なら、ブレイズ・イストラルを連れ出すのも簡単だと思ったんだ。」

「それは前回聞いた。そもそも何故ブレイズ・イストラルをおびき出す必要があるんだ?」

「そう言えば目的は言ってなかったね。ブレイズ・イストラルは膨大な魔力を持っているんだ。その魔力をロマニアの国のために使いたいから、ぜひ彼を生かしたまま捕まえたくてね。」

「魔力…?」

「生命エネルギーのことだよ。魔術師はこの魔力を使って魔術を行っているんだ。もちろん僕達執行官も同じ。」

「つまり、エネルギー源としてブレイズ・イストラルが欲しい、という訳か。」

「そーゆーこと。だから、出来るだけブレイズ・イストラルを傷つけない方法で連れてきてほしいな。この前の誘拐事件で失敗してからというもの、ライ・セラフィスの守りが固くて隙が無くて困ってるんだよ。」

「無茶を言う。ライ・セラフィスがどれだけ強いか、わかっているのか?『炎獄の死神』だぞ。一介の情報屋が敵う相手じゃない。」

「だから、真正面から戦って連れてこいなんて言ってないでしょ。君の得意な情報を使っておびき出すとか、薬を仕込んで運んでくるとか、君なら出来るでしょ?」


 言われてテオは押し黙った。


「ま、出来ないって言われたら君は妹さんと永遠にお別れすることになるだけだから。僕としてはどちらでも良いけど。」

「……やれば良いんだろう。」

「お、やる気になってくれた?良かった、前回はちゃんと返事を聞けてなかったから。もし断られたら、今度は妹さんの耳か指を持ってくるところだったよ。」

「!ルイーズは、妹は無事なんだろうな!?」

「大丈夫だよ。ちゃんとお世話はしてるから。まあ、攫われた時にちょっと怖い思いはしたかもだけど。」


 暢気な物言いにテオはロズベルグを睨みつけた。


「無事じゃなかったら許さないからな…!」

「おお怖。大丈夫だよ、僕は約束を守る人間だから。信用して?」


 ロズベルグはニタリと嗤って言った。


「それじゃ、君にこれを渡しておくよ。」


 そう言ってロズベルグはテオに一枚の紙を手渡した。


「これは?」

「魔力紙と言って、魔術師が手紙のやり取りをするときに使う紙だよ。これにブレイズ・イストラルを連れてくる場所と日時を書いてくれれば、自動的に僕の所へ飛んでくるようになっているから。」

「…わかった。」

「じゃ、よろしくね。うまいこと、『炎獄の死神』の目を盗んで連れてくるんだよ―――。」

 

◇◇◇◇◇


「――テオ、テオ!」


 いつの間にかぼーっとしていたテオは、ブレイズに声を掛けられてはっとした。


「な、何?」

「魔術の修行終わったから、出発するぞ。」

「あ、ああ。分かった。」

「大丈夫か?ちょっと顔色悪いけど…。」

「いや、そんなことないよ?元気元気!」

「そうか?それなら良いけど。」


 心配そうに声を掛けてくるブレイズに内心を気取られまいとテオは空元気を装った。


「てか、その眼鏡どうした?瞳の色が変わっているけど…。」


 テオはいつの間にか眼鏡をかけているブレイズに尋ねた。眼鏡越しに見えるブレイズの瞳の色は赤色から綺麗な緑色に変わっていた。


「これ?さっきライが掛けてろって渡してきた。」

「こいつの瞳の色は目立つからな。また変な噂を真に受けた奴が狙ってくるともわからないから、簡単な認識阻害の魔術を眼鏡にかけておいた。これなら幾分かましだろう。」

「ありがとな、ライ。」

「眼鏡を掛けている時は横から見られても瞳の色は変わって見えるようにしてある。だが、入国審査の時は外せよ。身分証明票と違うから、指摘されたら面倒だ。」

「へー、便利だな、魔術って。ところで、ブレイズはどうしてライの弟子になったんだ?」

「!それは…。」

「こいつの師匠だった人が高齢で面倒を見れなくなってな。ある程度一人前になるまで面倒を見てくれと世話を押し付けられた。」


 言い淀んだブレイズの言葉を遮って、ライが言った。ライの物言いにテオは思わず苦笑した。


「押し付けられたって犬猫じゃないんだから…。」

「犬猫と然程変わらん。キャンキャン喚いて言う事を聞かないのは躾のなっていない犬と同じだしな。」

「はあ!何だそれ!?」

「ほら、そういうところだ。」

「今のはライが完全に煽ってきただろ?俺怒って当然じゃないか!?」

「黙れ駄犬。」

「誰が駄犬だ!犬ならロベスだろう!」

〈誰が犬だ!小僧!〉

〈わーブレイズ!ロベスに喧嘩売らないで!〉

「どこからどう見てもロベスは犬じゃん!」

〈こちらに顕現するのに犬の姿を取っているだけだ!本来は誇り高い姿をしているんだぞ!〉

「知らねえよそんなこと!」

〈何だと!?〉

「うるさいお前ら!」

「何だよ、元はと言えばライが悪いんだろ!」


 ぎゃあぎゃあと言い争うブレイズ達をテオは苦笑しながら眺めていた。


(これから、俺はこいつらを裏切らないといけない。)


 笑顔の裏で独り覚悟を決めていた。


(情に流されるな。恐れるな。うまく隙をついてブレイズ君を連れ出すんだ。そうすれば、ルイーズは無事に帰ってくるんだから。)

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