第27話

 ブレイズ達が大立ち回りを演じている頃。テオは一人、レイウッド商会の屋敷の書斎へと潜り込んでいた。


「えーっと、ライの情報が確かならここに………あった!」


 テオが探していたのは人身売買の顧客名簿だった。金庫の中から抜き取ると、さっさと退却しようとする。だが、入り口へ行こうとした瞬間、見知らぬ人影が立っていることに気づいてぎょっとした。黒いローブを纏った十代後半らしき少年の姿に一瞬レイウッドの奴隷かと思ったが、服装や雰囲気からそうではないことが察せられた。


「誰だ、お前。」

「僕はロマニアの執行官だよ。君に仕事を頼みたくてね。」

 そう言うと、テオに向かって何かを投げつけた。何かはテオにぶつかって足元に落ちたが、テオは警戒を解かなかった。


「執行官が俺に何の用だ?情報の売り買いならいつでも受け付けてるけど。」

「情報のやりとりじゃないよ。ほら、それ、見覚えがあるでしょう?」

「………?」


 テオは足元に落ちたそれに目を向けた。可愛らしいリボンが結ばれた細い糸の束のように見えたそれは、よく見ると栗色の髪の毛だった。見覚えのあるリボンと髪の毛の色に、テオははっとした。


「まさか、ルイーズ…!?」

「そのまさかだよ。可愛い妹さんはこちらで預かっている。」

「…お前、何のつもりだ。」

「君に仕事を素直に引き受けてもらいたくて、妹さんに協力してもらっただけだよ。」

「………仕事って、何だよ。」

「ブレイズ・イストラルを僕の元に連れてきて欲しい。」

「連れてくるって、どうやって?」

「手段は君に任せる。おびき出すでも、力づくで連れ去ってくるでも、どのような方法でも構わない。」

「何で俺なんだよ?手段を問わないなら、他の冒険者や傭兵にでも頼めば良いだろう?何で一介の情報屋なんかに頼む?」

「君はライ・セラフィスから信用されているようだからね。ブレイズ・イストラルの誘拐が失敗した今、他の者に依頼しても失敗する可能性が高いから。その点、君ならライ・セラフィスに警戒されないでしょう?」

「…セラフィスとはただの仕事上の知り合いだ。」

「そんなこと言ってて良いのかい?妹さんとお別れすることになるけど。」

「このっ…!」


 ぎりぎりとテオは歯を食いしばった。


「じゃあ、よろしくね。詳しいことはまた後で連絡するよ。成功すればちゃんと妹さんは返してあげる。」


 そう一方的に言い捨てると、執行官は姿を消した。


「………俺に、ライを裏切れって言うのか?」


 ぼそりと呟いた言葉は、闇夜に紛れていった。


◇◇◇◇◇


 ブレイズ達は無事にレイウッド商会の面々や客達を確保することが出来た。奴隷となっていた人達も憲兵達が無事保護したらしく、現場は騒然としながらもどこか安堵感が漂っていた。

 その中でブレイズはきょろきょろと辺りを見回していた。


〈ブレイズ、どうしたの?〉

「いや、ミアを探してて…。」

〈あの生意気女か?何でブレイズが気に掛けるんだよ?〉

〈そうだよ~?ブレイズが捕まるきっかけになった子だよ~?〉

「そうだけど、それは仕方なくレイウッド達に従わされていただけだろ?憲兵の人にもその辺りの事情を説明しとかないといけないと思ってさ。」

〈出たよ、お人好し…。〉


 すると、憲兵達に囲まれた少女の姿が見えた。見覚えのある少女の姿にブレイズは駆け寄る。


「ミア!」

「あなたは…!」


 ミアもブレイズに気づいてハッとしたが、次の瞬間親の仇でも見るかのように睨みつけてきた。ブレイズは何故睨みつけられているのかわからずに戸惑った。


「えっと、大丈夫だったか?」

「…大丈夫も何も、あなたのせいで全部めちゃくちゃだわ。」

「え、俺のせいでってどういうこと?」

「私、この家に身売りされてきたのよ。家の借金を肩代わりしてもらう代わりにね。この家で奴隷として後数年働けば、借金を返済し終わって自由になれるはずだったのに、借金だけ残ったじゃない。どうしてくれるの?」

「……ご、ごめん。」

「謝って済む問題じゃないわよ!あなたの勝手な行動で、どれだけ困ったことになったと思ってるの?それとも私の借金あなたが返してくれるって言うの!?」

「それこそ、オレ達の知ったところではないな。」


 ブレイズとミアの会話に冷たく割って入ったのはライだった。


「あなた、誰?」

「このお人好しの連れだ。」

「あなたの連れのせいでこっちは迷惑しているのよ。」

「それがどうした。それはお前の都合だろう。」


 ライは冷たく突き放した。


「借金の返済はあくまでもお前の問題であって、ブレイズやオレが関知する問題ではない。こっちは降りかかった火の粉を払っただけだ。」

「何ですって…!」

「何だったらお前もレイウッド達と一緒に豚箱に入っても良いんだぞ。ブレイズ誘拐に協力していたと憲兵に伝えれば十分だ。」

「!」


 言われた瞬間、ミアの顔は真っ青になった。


「そんなことしないって!そもそもミアは借金を盾にされて仕方なく協力してただけで…。」

「仕方なくだろうが何だろうが、犯罪は犯罪だ。情状酌量の余地はあっても犯した罪に違いはない。それに、ブレイズ誘拐以外でもレイウッド達に協力していただろう?」

「………。」


 ミアは何も答えなかったが、それで十分だった。


「自分の身を憐れむ前に、犯した罪を自覚しろ。身の振り方を考えるのはそれからだ。」

「私、どうすれば良いの?」

「知るか。自分で考えろ。」

「ライ…。流石にそれは冷たすぎるって…。」

「なら、お前が助言してやれ。オレは甘ったれた考えの人間に助言する気はない。」


 そう言うと、ライはふんと明後日の方を向いてしまった。これ以上ミアに関わる気はないようだった。ブレイズはため息をつくとミアに向き合った。


「…多分だけど、ミアが思っているより状況は悪くないんじゃないか?」

「どういうこと?」

「家の借金はレイウッドが肩代わりしてくれたんだろ。なら、元々の返済先には金は返されているはずだから、レイウッドの所で働く必要はもうなかったと思うんだ。だから、これから先はミアは自由に生きて良いんだと思うよ。」

「自由に……。」

「あ、でもライが言ったとおり罪状がどうなるかわからないけど…。でも俺、出来るだけミアの罪が軽くなるように嘆願してみるから。被害者本人が訴えれば憲兵達の印象も違うだろうし。」

「何であなた、見ず知らずの人間のためにそんなことが出来るのよ?」

「言ったろ?俺、自分が後悔したくないだけだって。」

「…呆れたわ。あなた、筋金入りの偽善者なのね。」


 そう言って苦笑したミアだったが、その表情は今までで一番晴れやかなものだった。


◇◇◇◇◇


 事件が解決してから三日後。憲兵達からの聞き取りも終えたブレイズとライは出発の準備をしていた。


「予定よりも長居してしまったからな。とっとと出発するぞ。」

「はーい。」


 気の抜けたブレイズの返事にライは睨みを飛ばした。


「…お前、まだ説教が足りなかったか?」

「いや!そんなことない!!もうあれ以上は勘弁して!」


 恐怖の説教時間を思い出してブレイズはぶるぶると震えた。と、そこへ、遠くから誰かが駆け寄ってきた。


「おーい!」

「あれ?テオじゃないか?」


 息を切らせて走ってきたのは、旅の準備を整えたテオだった。


「はあ良かった。間に合った…。」

「どうした?テオも街を出るのか?」

「うん。出来れば一緒に行きたいと思って。」

「…どこに行く気だ?」

「ハインツ国まで。」


 その返事にライはピクリと反応したが、テオもブレイズも気づかなかった。


「ハインツ!?俺達もそっちに向かう予定なんだ。奇遇じゃん!」

「そうなの?それならちょうど良かった。道中一緒に行こうぜ!」

「おい、オレは了承してないぞ。」

「いいじゃん、旅は道連れ世は情けって言うし。」

「そうそう。俺もブレイズ君と仲良くしたいし。」

「………。」


 ライは青い目を細めてテオを見つめた。


「…まあ良い。来るなら勝手についてこい。」

「お!?ライが優しい!どうしたの、今日雨でも降る?」

「馬鹿な事言っていると置いていくからな。」

「ああ~ちょっと待って~。」

「ライ、俺まで置いていくなって!」


 こうして三人は騒々しくしながらも次の国へと旅立っていった。

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