第26話
オークション当日。レイウッド商会の街外れの屋敷に、多くの人々がひっそりと集まっていた。素性を隠すため、人々は皆そろって仮面をつけていた。オークションが始まるまで自由に歓談している中、ある噂が参加者の中に広まっていた。
「聞いたか?どうも『金髪赤眼』の少年が出品されるらしい。」
「何だそれは?」
「知らないのか?最近広まった話なんだが、『金髪赤眼の人間の血を飲むと寿命が延びる』らしいぞ。」
「そんな馬鹿げた話があるものか。」
「それが高齢の富豪達の間では本当らしいと広がっているんだ。どうも既に生き血を飲んで病気が治った者がいるとかいう話もあるらしい。」
「…らしいらしいと不確かな話だな。」
「だが、興味は湧くだろう?それに『肉を食らえば不老不死になれる』って噂だ。」
「………。」
ひそひそと交わされる噂話が、『金髪赤眼の少年』への興味とオークションに対する興奮を高めていた。
レイウッドはそんな客達の様子をニヤニヤしながらエグバートと共に眺めていた。
「今日の目玉商品に関する興味は十分に引けたようだな。」
「はい。お得意様には優先して話を広げておきましたので。」
「なら良い。ところであの少年の連れには話をつけたんだったな。」
「はい。本日別の場所にて取引を行う予定です。」
「そうか。連れの奴は納得したんだよな?」
「はい。取引に素直に応じるどころか、値段の引き上げ交渉までしてきましたので。こちらの事情も分かった上で取引してくるしたたかな男でした。」
「ふん。多少は裏に通じた奴だったか…。しかし、少年も可哀想だな。連れに見捨てられるとは。」
「…旦那様は『炎獄の死神』という名をご存じですか?」
「うん?確か十数年前にどっかの国で王を殺した男じゃないか?」
「はい。その後継者と言われる賞金稼ぎの男が少年の連れでした。腕も確かなようで、護衛として連れて行った若手ではとても太刀打ちできなかったかと。」
「…そんなに厄介な相手だったのか?」
「ええ。私でも相手をできたかどうか怪しいほどでした。」
「そうか。相手が引いてくれて幸運だったな。」
「はい。」
「少年の様子は?」
「大人しくしております。」
「少し様子を見ておくか。」
そう言うと、レイウッドは舞台裏の奴隷が集められている区画へ向かった。その一番奥の鉄格子で出来た檻の中に、ブレイズは捕らえられていた。金属製の手枷足枷を嵌められたブレイズは不機嫌な表情でレイウッドを睨みつけた。
「やあ、気分はどうかな?ブレイズ君。」
「最悪に決まってるだろ。ここからとっとと出せ。」
「君をそこから出すときはお客様に引き渡すときと決まっているんだ。すまないな。」
レイウッドの返事に、ブレイズはギリリと奥歯を鳴らした。
「ところで君の連れ、君を見捨てたそうだね。」
「は?何のことだ?」
ブレイズはぽかんとした。
「ライが俺を見捨てる?助けに来てくれるに決まってるだろう?」
「それが君のことをこちらに売ってほしいと頼んだら、素直に応じてくれたらしいよ。」
「は!?そんな訳ねえだろ!?」
「いやいや、裏に通じているみたいだったから、我々の事情も汲んでくれたみたいだよ。ねえ、エグバート。」
「はい。あなたのことを五百万で売ってくれました。本日取引予定です。」
「は………。」
ブレイズはその話を聞いて脱力した。
「残念だったね。当てが外れて。まあ、大人しく売られて第二の人生を楽しんでちょうだいよ。」
俯くブレイズにレイウッドは声を掛けると、その場を去って行った。残されたブレイズはぶるぶると握った拳を震わせていた。
「俺が、ライに売られた…?」
《ブレイズ…。》
『んな訳あるか、バーカ!』
ブレイズは必死に笑い出しそうになるのを抑えていた。
『ライに騙されたとも知らず、のんきな奴らだ。』
《そうだね。まさかわざわざブレイズに言いに来るとは思わなかったけど。》
《ブレイズが絶望するところを見たかったんじゃないか。》
《悪趣味だよね~。》
やいやいと三つ子と一緒になって念話を交わす。
『今日取引って言ってたけど、向こうにはたしか憲兵の別働隊を向かわせるんだったよな?』
《うん、ライ本人は憲兵の本隊と一緒にこっちに突入してくるはずだよ。》
『動くタイミングは俺がステージに上げられてから、か。』
《ブレイズが今日の目玉商品みたいだし、順番は最後だろうな。》
『ああ。他の奴隷達の引き渡しも大丈夫だよな。』
《お金と直接交換だから、オークションが全部終わってから引き渡しになってるみたいだよ~。》
『了解。それじゃいっちょ暴れてやりますか。』
《おー!》
こうして、オークションが始まった。
◇◇◇◇◇
「―――さて、次で最後の商品です。」
アナウンスの後、ブレイズを入れた檻がステージに運ばれてくる。
「本日の目玉商品『金髪赤眼』の少年です。」
「本当に金髪赤眼だ…。」
「噂は本当だったのか?」
「あら、そこそこ可愛い子じゃない。」
ざわざわとブレイズを品評する声が聞こえる。自分をモノとしてしか見ていない人間の声にブレイズはぞわりとした嫌悪感を抱いた。
「ご存じの方もいらっしゃるとは思いますが、『金髪赤眼の人間の生き血を飲むと寿命が延びる』『肉を食らえば不老不死になれる』という話がございます。噂の真偽のほど、ぜひお客様ご自身で確かめてみてはいかがでしょうか?それでは、一千万ゴールドから…。」
アナウンスが競りの開始を告げる声が聞こえたと同時に、ブレイズは檻から手を出し、ステージの床に触れた。
「あの少年は何をしているんだ?」
「さあ、気がふれたんじゃないのか?」
そんな客の声が聞こえた直後、床の木材からにょきりと枝がいくつも飛び出し、観客席の方へと飛び出していった。
「きゃあ!」
「な、何だこれは!?」
あっという間に観客席の入り口が樹によって塞がれてしまう。樹は勢いよく伸び続け、そのままステージと観客席を分断してしまった。
「何よこれ!?」
「出せ!ここから出せ!」
客達のパニックに陥った声が聞こえてくるが、樹はびくともしなかった。その隙にブレイズは樹で作った鍵で、手足の枷を外す。ステージの袖から護衛達が飛び出してきた。
「こいつ、魔術師だ!」
その声にニヤリとブレイズは笑うと、手に持っていた木製の鍵を成長させ、力技で檻を変形させて壊した。そのまま悠々と檻の外へ出る。
「どーも。魔術師のブレイズ・イストラルです、ってね。」
「こいつを抑えろ!」
護衛達がブレイズに飛びかかるが、ブレイズはそれをひらりと躱すと一人の腰から銃を抜き取った。そのまま襲い掛かってくる護衛達に向けて銃を撃つ。
「ぎゃあ!」
「ぐあっ!」
肩や太ももを撃ち抜かれて護衛達は崩れ落ちる。銃の弾が切れると、すぐさま倒れている別の護衛から銃を奪い取って撃っていく。
「おい、こっちも撃て!」
「だが、商品だぞ!?」
「腕や足を狙え!」
指示に従って護衛達は銃を抜いた。しかし、今度は足元から樹が生えてきて銃を次々と奪い取っていく。
「な、何だこりゃ!?」
「くそっ!樹が勝手に…!」
《いただきー!》
《もらった!》
護衛達の目には見えていないが、フォンとレスタが自由気ままに樹を生やし、護衛達を絡めとるようにして制圧し始めた。あっという間に、護衛達は全員樹に捕まってしまった。
「さすが、フォン、レスタ!」
《いえーい!》
《どんなもんだい!》
三人でハイタッチを交わすと、今度は舞台裏へと移動した。舞台裏ではレイウッドが奴隷の少女を盾にしてエグバートと共にいた。
「このガキ、よくも俺のオークションをめちゃくちゃにしてくれたな…!」
「あ、今どんな気分?つか、また女の子人質にしてんの?芸がないね。」
「こ、の…!!」
レイウッドが少女を撃とうとした瞬間、フォンが背後から樹を生やしレイウッドを縛り上げた。
「ぎゃあ!」
「旦那様!」
《おっさんも捕まれ!》
レスタがエグバートを捕まえようとするが、間一髪でエグバートは樹を避けた。
「まさか、魔術師だったとは…!」
「何、魔術師だったら問題でもあった?」
「大有りです。魔術師専用の手錠を準備しておくべきでしたよ…。」
悔しそうにエグバートが言った。
「え、何。そんなのあるの?」
「ええ。魔力を封じて魔術を使えなくする手錠ですよ。ここら辺で魔術師はほとんどいませんから、使う機会もあまりありませんが。」
「良かった。それ使われなくて。」
どこかのんきに会話する二人にレイウッドが切れた。
「何を悠長に話している!とっとと俺を助けろ、エグバート!」
「…は、承知しました。」
レイウッドの声にエグバートは戦闘の構えを見せた。ブレイズも銃を構え、すぐさま引き金を引いた。エグバートの肩を狙った弾は避けられ、そのまま、二撃、三撃と撃つが、どれも避けられる。
「ちっ!」
ブレイズは銃で撃つのを諦め、銃を遠くへと放り投げた。そのまま、エグバードへ拳を振り上げた。だが、ブレイズの拳はエグバードに腕で防がれ、二人は素手で組み合った状態となった。
「…とっとと降参したらどうだ!?」
「ご冗談を…!」
ぎりぎりと力が拮抗し合ったまま、しばらく時間が経つ。ふと、足元に嫌な気配を感じてエグバートはその場から飛びのいた。すぐさま先ほど立っていた場所に樹がシュルシュルと生えてきた。
「厄介ですね、魔術師は…。」
飛びのいたところへ今度はブレイズが攻めてくる。胴を狙ったパンチはこれまたエグバートに防がれ、ブレイズの頭を逆に狙ってきた。
「うおっ!」
慌てて避けたところへ追い打ちで拳が飛んでくる。ブレイズも避けつつ、今度は足払いをかけてエグバートのバランスを崩した。
「くっ!」
エグバートは後ろに下がってバランスを取ろうとしたが、何故か背中に堅い感触を感じた。はっと気づいた瞬間には、既に音もなく成長していた樹の幹に捕らえられていた。
「くそっ、いつの間に…!」
「足元に注意を向けさせた時から、かな。」
《作戦成功!》
《やったぜ!》
「ありがとうな、二人とも。サポートがなかったらちょっとやばかったかも。」
《どういたしまして。》
全員を捕まえられたことに安堵して、ブレイズはほっと息をついた。
「人質にされてた女の子は?」
《巻き込まれないように樹の外に出してるぞ。》
「おー、助かる。」
会話を交わしていると、舞台裏の樹におもむろに穴が開いた。一瞬ブレイズ達に緊張が走るが、ライとトアの姿を確認すると一斉にため息をついた。
《ライを連れて来たよ~。》
「トア、ありがとう。」
「レイウッド商会の人間は?」
「そこ。」
ブレイズは樹に捕らえられたレイウッドや護衛達を指さした。
「無事制圧できたようだな。よくやった…とでも言うと思ったか?」
その瞬間ライはギラリとブレイズを睨みつけてきた。ブレイズはひゅんっと息をのんだ。
「そもそもお前が捕まらなければ生じなかった問題だ。もっと言ってやりたいことはあるが、説教は後にしてやる。ほら、手錠をかけるのを手伝え。」
「はい…。」
ブレイズはしょぼんとした表情で答えた。
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