第23話

地下牢に続く扉が閉まる音がした後、ネズミは地下牢のあちこちを駆け回りながら、最後は一番奥の牢屋――ブレイズが収容された牢へと駆け込んだ。ネズミはブレイズの足を伝って、左手首に巻かれたブレスレットのチャームに触れると、姿を消した。


《ブレイズ、見張りはどうも一人だけみたいだ。向こうからこっちはほとんど見えないよ。》

『ありがとな、フォン。』


 先ほどまでネズミに化けていたフォンに、ブレイズは念話で礼を返した。うつむいたままのブレイズだったが、その表情は先ほどの絶望に沈んだ顔ではなく、いつもの力強い光をその目に宿していた。


《地下牢に入れられている人は十人。それぞれ一人ずつ入れられている。ブレイズと同じように手枷・足枷と首輪を着けられているみたいだ。》

『年齢とか性別はわかったか?』

《男の人が三、女の人が七。皆比較的若いかな。ブレイズと同い年か年下くらいの男の子と女の子がそれぞれ一人いたよ。》

『体調が悪そうな人は?』

《寝てる人もいたから、何とも言えないけど…。『商品』っていうくらいなら、最低限の世話はされてるんじゃないかな。服装は比較的綺麗だったからね。》

『わかった。牢屋と南京錠の鍵は入り口の牢屋番の所か?』

《うん。牢屋番の部屋の奥の壁にフックがあって、そこに引っ掛けてた。ブレイズの鍵番号は十五番だよ。》

『助かる。後はレスタとトアの帰りを待つだけ、か…。』


 ブレイズは護衛達に拘束された後、フォン達と念話でどう行動すべきか話し合っていた。衝撃的な話を聞かされて呆然としている風を装いつつ、地下牢に連れてこられるまでの道順や建物の構造などもそれとなく観察していた。地下牢に大人しく繋がれた後、護衛が扉を閉めて背を向けた瞬間、フォン達はそれぞれの仕事をするべくネズミに変化して駆け出していた。


『さっき外から見た時は、この建物広そうだったからな。レスタはもうしばらく時間かかるだろうな。』

《僕もレスタの手伝いに行ってこようか?》

『いや、頭の中整理するのに付き合ってくれ。』


 そう言って、ブレイズは三兄弟と相談した内容を復唱した。


『地下牢の把握は完了っと。レスタは屋敷内の構造の把握とレイウッドや護衛、それから奴隷たちの居場所と動きの確認。トアは――。』

 トアに任せた仕事――ライへの救出要請を思い出し、ブレイズはぶるりと体を震わせた。


『絶対怒られるよな…。』

《諦めよう、ブレイズ…。僕たちも一緒に怒られるからさ。》


 思わずため息がブレイズの口から洩れた。


『はあ…。まさか執行官どころか魔術師でもない奴隷商人に捕まるなんて…。』

《あの噂、まるでブレイズを狙い撃ちにしてるような話だったね。》

『一か月前から噂が広がったって話だったから、俺が旅に出た後に広まり始めた計算になるよな。何か、ロマニアの執行官が関わってるような気がして仕方ないんだけど…。』

《執行官が噂を流した可能性はあるかもね。商人とか貴族とか、ある程度権力を持ってる人たちもブレイズを探すように仕向ければ、それだけで追い詰められるし情報も入りやすくなるって考えたんじゃない?》

『推察ありがとー…。そうだろうけど、肉食ったら不老不死になるとか、どんな妄想だよ。そんな事されたら死ぬっての!』

《あはは…。もしかしたら噂を流した後に色々尾ひれがついたのかもね。》

『それにしても尾ひれ着きすぎだろ!俺に死なれるのは魔力狙いの執行官にとっても不味いだろうに…。』

《う~ん、確かにそこはお粗末だよね。情報制御できなかったのかな?》

『もしくはあくまでも俺を追い詰めるためだけに流した噂だったから、どう噂が広がっても良いって考えたのか…。』


 そこまで考えてブレイズはイライラと頭をかきむしった。


『ああ~!そう考えたってことは『まさか貴族とか奴隷商人とか魔術師でもない奴が捕まえられる訳ない』って執行官は思ってたってことだよな!?俺、すっげー間抜けじゃね?』

《まあまあ、落ち着いて、ブレイズ。》


 牢屋番の目がなければ頭を地面に打ち付けていただろう勢いのブレイズをフォンが宥めた。


《取り敢えず大人しく様子を伺って、ライが助けに来た時に逃げるんでしょ?》

『……出来ればライが来る前に逃げたい。』


 奴隷として売られるよりもライに叱られる恐怖が勝っていた。


《ちょっと、それは流石に難しいよ!鎖の南京錠と牢屋の鍵は確保できるけど、手枷と足枷はどうするの?首輪だって鎖ついたままになるし…。》

『手枷は魔術で壊す。木製だから変形できるだろ?』


 そう言ってブレイズは手枷に目を落とした。ここ最近の鍛錬で身に付けた魔術を使えば、手首の周りを広げて外すことは容易だった。


《足枷と首輪は…?》

『………。』


 押し黙ったブレイズにフォンは呆れ果てた。


《ブレイズ…。》

『……分かってるって。冗談だよ。』

《なら良いけど。無茶なことしないでよ。》


 フォンはブレイズに釘を刺した。


《さっきここに連れてきた男が『オークションが近い』って言ってたんだ。そこにライが潜り込めれば助けてもらえるかも知れないよ。》

『オークションか…。じゃあ、この地下牢にいる人たちはそのオークションに出される商品ってことか。』

《恐らくね。個別に売り買いしてる可能性もあるけど、ブレイズの場合複数の貴族が噂を信じてるみたいだったから、オークションに出して高値で競り合わる予定なんじゃない?》

『嫌な予定だな。』


 ブレイズは渋面を作った。


『ともかく、そのオークションが逃亡のチャンスだな。詳細を探ってみるか。』

《そうだね。》


 ブレイズの考えにフォンが同意したあと、ネズミに化けたレスタが帰ってきた。フォンと同じようにブレイズの傍まで来るとブレスレットに戻った。


《戻ったぞ!》

『おかえり、レスタ。』

《おかえり。どうだった?》

《おう。まず屋敷全体は地上三階、地下一階の構造な。地下はここの牢が北側にあって…。》


 レスタは調べてきたことを事細かにブレイズとフォンに報告した。


《奴隷の首輪や枷の鍵はマーティンの書斎だ。さっきミアって女に首輪着けてる所に出くわしたんだけど、その鍵を机後ろの絵の裏側に隠してたぞ。たくさん鍵がかかってたから間違いない。ブレイズの武器や認識票も書斎の隣の部屋に保管してあった。他の奴隷の持ち物も一緒に置いてあったみたいだから、まとめて処分するつもりかもしれないな。》

『よくやった!レスタ!』

《これで鍵と武器は何とかなるね。》

《あと、護衛は屋敷全体に三十人くらい。護衛は屋敷の出入り口やレイウッドの執務室、地下牢に続く廊下とか要所要所に一~二人くらいいたぞ。召使いとか使用人っぽい人も十人くらい見かけたけど、首輪を着けてたから奴隷みたいだ。》

『他に奴隷はいたか?』

《ああ。十人くらい子供ばっかり集めた部屋が一つあった。赤ん坊もいて、大人の女の奴隷が三人くらいで世話してた。》

『子供も商品なのか…。』


 ブレイズは思わず顔をしかめた。


《みたいだぞ。レイウッドが『オークションに出す子供の奴隷が不足してるから、適当に入荷して来い』って言ってた。》

《入荷って…子供を誘拐するってこと?》

《多分な。》

『それか貧しい家庭から安く買い上げるかだろうな。レスタ、オークションの時期については何か話してなかったか?』

《『一週間以内に準備を整えるように』って言ってたから、早くても一週間後だと思うぞ。》

『一週間か…。それだけ時間があれば色々探れそうだな。』


 レスタからの報告に、ブレイズは少し考え込んだ。


『なあ、ミアを見かけたんだよな。どんな様子だった?』

《執務室で首輪着けられた後、鞭で打たれてた。》

『鞭でってケガしてなかったのか。』

《そりゃ跡は着いてたみたいだけど…。何だよ、あの裏切り者が気になるのか?》

『裏切り者って…。あの子は元々レイウッドの奴隷だったんだから、裏切るも何もないだろう。』

《だとしてもレイウッドとグルになってブレイズを騙したことは間違いないだろ!?》


 怒り心頭といったレスタの声に、ブレイズは気まずげに頬をかいた。


『あ~…。それは騙された俺も悪いって言うか。』

《はあ!?お前騙されたのに腹立たないのか?》

『騙されたことは悔しいけどさ。でも、ミアはレイウッドに無理やり協力させられたみたいだから、怒るに怒れないって言うか…。』

《このお人好し!何を根拠にそう思うんだよ?》

『だって、最後は逃げろって言ってくれただろ。本気で俺を騙すつもりなら、最後までレイウッドの娘を演じてただろうよ。』


 ブレイズの答えにレスタが絶句した。


《な…!ブレイズ、お前、ほんと、信じらんねえ!バカじゃないのか!?》

《レスタ、落ち着いて…!》

《落ち着いてられるか!こんな底抜けのお人好しが俺たちの契約者なんて、苦労させられるの目に見えてるぞ!》

《仕方ないでしょ、ブレイズはそういう人間なんだから。もう諦めなよ?》

『おい、お前ら二人して俺をけなしてるのか…?』

《俺は怒ってるんだ!》

《僕はなだめてるだけだよ。》

『あっそう…。』

《とにかく!ブレイズの目的はここから脱出してライと合流することだろ!他人の心配してる場合じゃないだろ?》

『……それは、そうだけど。』

《何だよその歯切れの悪い返事…。まさか、ミアを助けたいなんて言うんじゃないだろうな?》

『………。』


 沈黙したブレイズに、フォンが追い打ちをかけた。


《ねえブレイズ。ひょっとしてだけど、ここにいる奴隷、全員助けたいとか、考えてない、よね?》

『………。』


 黙っていることが何よりの答えになっていた。


《ばっ、この馬鹿ブレイズ――!そんなの無理に決まってるだろ!》

《こればっかりは僕もレスタに賛成。ミアだけなら何とかなるかもしれないけど、全員助けるなんて無謀にも程があるよ。》

『……自分でもわかってる。だけど…。』

《それ、ライに言えるのかよ。》


 レスタの言葉に、ブレイズは今度こそ撃沈した。


《ライなら『自分のことすら守れない半人前が何寝ぼけたこと言ってるんだ』とか言いそうだね。》

《ブレイズの事は助けてくれても『見ず知らずの他人を何故オレが助けないといけないんだ』って言ってバッサリ切り捨てるだろうな。》


 グサグサと遠慮ない二人の言葉が胸に刺さり、ブレイズは思わず涙目になった。


『トア、まだかな…。』


 早く戻って来てほしいような、そうでないような、複雑な心境でブレイズはトアの帰りを待った。

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