第22話

ミアの悲鳴にブレイズは動きを止めた。声がした方向を見ると、レイウッドがミアの首筋に剣を当てている。父親が娘を人質に取っている光景に、ブレイズの背筋が凍った。




「何してるんだ!」


「こいつを死なせたくなかったら大人しく武器を捨てろ!」




 赤ら顔で喚き散らすレイウッドを見て、エグバートはやれやれと肩をすくめた。




「ああなった旦那様がやると言ったら本当に彼女を殺しますよ。早めに武器を下すことをお勧めします。」


「……くそっ!」




 ブレイズはナイフと小銃を地面に置くと、両手を挙げて膝をついた。それを確認すると、屋敷の中にいた護衛達がブレイズを取り囲み、腕を縄で縛りあげた。ブレイズは護衛達に囲まれたまま、ぶつくさと怒りが収まっていないレイウッドの前へと連行される。




「全く、手間をかけさせやがって…!」


「……あんたとこの子は、どういう関係なんだ。」




レイウッドはじろりとブレイズを睨みつけた後、にやりと嫌な笑いを浮かべた。




「何だ?この小娘が気になるのか?見た目は良いからなあ。」




 レイウッドはいやらしい手つきでミアの腰に手を廻したが、ミアは俯いてされるがままだった。




「こいつは私の奴隷だよ。」


「奴隷…?」




 思いがけない言葉に、ブレイズは眉をひそめた。




「奴隷制度は何年も前に廃止されたはずじゃ…。」


「残念だが少年、法律で禁止されても奴隷を売り買いしたいって奴はごまんといるんだ。こいつも私の商品の一つだよ。」


「あんた、奴隷商人か…!」




 ぎりっと怒りで奥歯を噛み締めたブレイズを、レイウッドは嘲笑った。




「ははは、若いね少年…。君くらいの年なら、こういった裏の稼業なんていうのは許せないのかな?」


「当たり前だろ!人を何だと思ってるんだ!」


「奴隷はモノ――商品だよ。そうでない人はお客様だ。ああ、君はもちろん商品だからね。」




 マーティンの台詞に、ブレイズは言葉を失った。




「……何、言って…?」


「一か月ほど前からかな?この街の周辺で『金髪赤眼の人間の血を飲めば寿命が延びる』なーんて噂が貴族や商人の間で出回っていてね。そう言った商品がないか丁度探していたところだったんだ。いや~君がこの街に来てくれて助かったよ!噂を聞きつけたお得意様からの要望もあって急いでたんだよね。」




 明るく話すレイウッドをブレイズは睨みつけた。




「ミアが追われてたのも、あんたが仕組んでたんだな…?」


「うん?そうだよ。どうも正義感の強い若者のようだったから、可愛い女の子がピンチに陥ってたら助けてくれるだろうと踏んでね。まあ、広場から逃げられた時はちょっと焦ったけど…。」




 レイウッドは笑みを消すと、冷たい視線をミアに向けた。




「ミア、さっきの台詞は何だ?お前、奴隷の分際で私に逆らうつもりだったのか?」




 ミアはカタカタと体を震わせたが、答えることなく俯いたままだった。




「上手くこいつを屋敷まで誘導できれば借金をいくらか減額してやるという契約を忘れていたのか?」


「い、いえ…。」


「ったく、最後の最後で主人を裏切ろうとするなんて…。また躾が必要か?」


「も、申し訳ありません!ですが、それだけは…!」


「口答えするな!」


「あうっ!」




 パシリ、とレイウッドがミアの頬を平手打ちし、ミアが倒れた。どしゃりと倒れ込むミアを護衛達も手出しせずに静観している。




「ミア!」


「お前は見た目だけは良いからな?どこぞの好色ジジイに売りつけてやってもいいんだぞ。なあ?」




 レイウッドはぐいっとミアの髪を掴み、顔を上げさせた。痛みにうめきながら、ミアは謝罪を口にした。




「申し訳、ありませんでした…。ご主人様の命令には二度と逆らいませんから、お傍に置いて、お情けをお恵みください……。」


「ふん、まあいいだろう。だが、今回の仕置きは別に与える。連れていけ。」


「はっ!」




 護衛はミアを立ち上がらせると屋敷へと連れて行った。ブレイズに向き直ったレイウッドは、すぐにでも襲い掛かってきそうなブレイズの表情を心地よさそうに見つめた。




「何だ?あの娘がそんなに気に入ったのか?それなら同じ牢屋にでも入れてやろうか。」


「このクズ野郎が…!」


「ははっ!クズで結構。お褒めいただき光栄だよ。」




 ブレイズの悪態を軽く流すと、レイウッドは獲物を嬲る獣のような顔をした。




「だが、いつまでその強気が続くことやら…。」


「……何だ、言いたいことでもあるのかよ?」


「いや、何。君を商品にする理由になった噂――『金髪赤眼の人の血を飲めば寿命が延びる』っていうやつ。あれに派生する形で他の噂もあってね?」


「他の噂…?」


「『肉を食らえば不老不死になれる』だとさ。」




 ぞわっと全身の産毛が逆立つのをブレイズは感じた。




「な…!そんな噂、本当の訳ないだろう!?」


「信じる人間にとっては、嘘も本当になるんだよ。それに、本当かどうかは私には関係ないよ。売れるか売れないか、それが一番大事だ。商品が売れた先でどうなろうと知ったことじゃない…。」




 ニヤリと人の気持ちを逆なでするような笑みを浮かべ、レイウッドは言った。




「血を抜かれる程度で、済めば良いね?」




 ざあっと血の気が引いたブレイズに満足したのか、レイウッドは護衛に指示を出した。




「手枷と足枷、あと首輪も付けて地下牢に繋いでおけ。武器を隠し持っているだろうから、全部没収しとけよ。」


「は、承知しました。」




 呆然としたまま、ブレイズは護衛に引きずられて行った。その様子を見送りながら、エグバートはレイウッドに歩み寄った。




「彼の連れについては、いかがいたしましょう。」


「どんな奴かだけでも調べろ。宿や仲介所で聞き込みすればある程度出てくるだろう。ま、素材集めしかしてない旅人のようだから、ここまでたどり着くこともできないとは思うが。」


「…はい、承知いたしました。」




 少し歯切れの悪い返事に、レイウッドは眉を上げた。




「どうした。何か気になることでもあったか?」


「……彼の戦闘技術は一般の旅人レベルのものではありませんでした。軍人やプロの賞金稼ぎにも劣らないものと思われます。もし、連れの男が彼に仕込んだのであれば、些か不安が残るかと。」


「なるほど…。その男が彼を取り返しに来るかもしれないと。」


「はい…。ただ、そこまで腕の立つ者なら裏の事情にも通じているでしょうから、こちらの『交渉』にも応じていただけるとは思います。」


「わかった。ある程度は金を積んでも良いから手を引くよう説得しろ。もし交渉を拒むようであれば潰して連れてこい。商品に仕立て上げるぞ。」


「かしこまりました。」




 エグバートは深々と頭を下げた。




◇◇◇◇◇




「ほら、入れ。」




 ブレイズは腕や足、靴など全身に隠していた武器を全て取り上げられたのち、木製の手枷に加え金属の足枷と首輪をつけられた。虚ろな表情のまま地下牢の一番奥の扉をくぐる。一緒に入ってきた護衛は、ブレイズの首輪につながる鎖を牢の壁際の金具に南京錠で固定し始めた。護衛はちらりとブレイズを一瞥したが、ブレイズは全く反応することなくその場にぺたりと座り込んだ。板状の手枷の下で、換金できないと判断され唯一没収されなかった手製のブレスレットが揺れる。金具を固定し終えると、護衛は牢の鍵を閉め、地下牢の牢屋番に牢屋と南京錠の鍵を渡した。牢屋番の護衛は声を潜めながらも面白そうにブレイズを連れてきた護衛に話しかけた。




「どうだい?新入りの様子は?」


「大人しくしてるよ。さっき屋敷の入り口で大立ち回りを見せたのが嘘みたいだ。」


「へえ。腕は立つのか。」


「ああ。お陰で四人ほどやられたよ。」


「はは。そりゃイキのいい奴が入ったもんだ。」


「冗談じゃない。こっちはオークションが近くなってただでさえ人手が足りないっていうのに。四人ケガで抜けた穴をどう埋めろっていうんだ。」




 渋い顔をした護衛に、牢屋番はなだめるように言った。




「まあ、あのガキが高値で売れれば一時的に傭兵なんかを雇ってもお釣りは十分来るんだろ。しかし、それだけ腕が立つんなら用心棒としてでも売るのかね?」


「いや。あの金髪赤眼、お前も見ただろ。最近噂の不老不死の材料として売るんだと。」


「は~。相変わらずお貴族様の考えることはわからねえな。本当に不老不死になったかなんて、どうやって確かめるんだ?」


「さあな。」




 肩をすくめた護衛は再び地下牢の通路を見やった。通路にはぽつりぽつりと最低限の灯りがつけられているだけで、薄暗い牢の中までは見えない。ブレイズが入れられた以外の牢にも人が入れられているため、複数の気配があった。




「どうした?」


「…大丈夫だとは思うが、逃げ出さないように見張っておけよ。」


「ああ?今は大人しくしてるんだろ?さっきちらっと見た時もこの世の終わりみたいな顔してたし、武器だって取り上げたんだから、脱走しようがないだろ。」


「まあそうなんだが…。あの年頃のガキは追い詰められると何を仕出かすかわからないからな。」


「あ~…。殺されて食われるかもしれないって旦那が脅したんだっけか?ま、確かに追い詰められるだろうけど、逃げ出す方法がなければどうしようもないさ。」


「…そうだな。むしろ自殺しないように注意すべきか。」


「いやいや、良い飼い主に巡り合えれば生き残れるかもしれねえんだ。死にはしないだろうよ。」




 雑談を終えると、護衛の男は階段を登って行った。牢屋番は壁際に打ち付けられた板に牢屋の鍵をひっかけると、傍らに置いていた新聞を広げて読み始める。その様子を小さなネズミが牢屋につながる通路の壁から見つめていた。


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