第21話

「あ、当たり前、ですか…?」

「うん。困っている人がいて、自分が助けられる力を持っているなら、助けるのは自然なことだと思うんだけど…。俺、何か変なこと言ったかな?」

「へ、変だと、思います。」


 ブレイズの答えをミアはバッサリと切り捨てた。変と言われたことがブレイズの胸にグサリと刺さったが、ミアは構うことなく続けた。


「だって、困っている人がいたって、ほとんどの人は助けてなんかくれませんよ。助けた分の恩を返してくれるってわかっていれば助けるかもしれませんけど…。自分の身を危険に晒してまで人助けするなんて、よっぽどのお節介です。」

「あはは…。」


 率直な物言いに、ブレイズは乾いた笑いしか出てこない。


「そんな事する人なんて、偽善者か詐欺師くらいです。」

《おい、こいつ助けられた癖に何で文句言ってくるんだ?》


 ずけずけと続けるミアに、レスタがちょっとイライラし始めた。


『まあまあ、落ち着けって。』


ブレイズは念話でレスタをなだめつつ、ミアを窺った。


「あ~、お人好しっていうのは否定できないかな。俺の連れからも言われたことあるし。確かに普通は放っておくんだろうね。」

「なら、どうして…!」

「見捨てるのは簡単だけど、その後絶対に後悔するから。」


 ブレイズの言葉に、ミアは黙った。


「俺さ、家族や今の連れに色々助けてもらって生きてきたから。見返りとか関係無しに俺は助けてもらったのに、別の人には手を貸さないっているのは、ずるいだろ?俺が見捨てた結果死なれたりしたら、それこそ後味悪いし。」

「……家族なら、助けるのは自然なんじゃないんですか?あなたの連れっていう方も、見返りを期待して助けたのかもしれませんよ。」

「家族でも、自分の命と引き換えにっていうのは中々できないだろ?」


 突然の重い話に、ミアは絶句した。


「それにライ――今の連れも、『自分のためにお前を助けたんだ』って言ってたけど、正直あいつの働きに見合った礼とか返せてない上に、旅にも連れ出してくれた。多分あいつも助けが必要な人を見かけたら、何かと言い訳しながら助けちまうようなヤツなんだ。まあ、本人は絶対認めないだろうけど。」


 ははは、とブレイズは笑ったが、ミアはポツリとつぶやいた。


「……それは、あなたが恵まれているからですよ。」

「そうだろうな。俺は恵まれているよ。」


 ブレイズは前を向いたまま続けた。


「ミアが言ったとおり、偽善者だとも思うよ。何せ自分が後悔するからって理由で人を助けるんだから、自己満足以外の何物でもないし。」

「……ホントに、お人好しの偽善者ですね。」


 俯いたまま重ねて言ったミアに、ブレイズは苦笑した。二人の会話は途切れたが、広場に近づくにつれ行き交う人々が増えてきた。広場に出ると、ブレイズはキョロキョロと辺りを見回した。


「確か街の北門の方からミアは来たんだよな。」

「え、ええ。」

「買い物に来たって言ってたけど、どの店に来てたんだ?」


 ブレイズの質問に、ミアはぎくりと肩を震わせた。


「えっと、確か……広場の入り口近くだったと思うんですが。」

「何の店だ?」

「あ、その…。」


 はっきり答えないミアにブレイズは違和感を覚えた。


「なあ、ミア――。」

「ミア!ここにいたのか!探したぞ。」


 ブレイズが声をかけようとした瞬間、男の声が割り込んできた。その声に、ミアはびくっと振り向いた。


「ご……、ごめんなさい、お父様…。」


 ミアが振り向いた先には、仕立ての良い服を着た中年男性が立っていた。その隣には執事らしき男性や複数の護衛がいる。


 ミアの父親らしき男性はミアに近づくと肩に手を置いた。


「全く、いつの間にかいなくなって。どこに行ってしまったのかと心配したよ。」

「ほ、本当に、ごめんなさい…。」


 ミアは俯いて肩を震わせた。二人の様子は一見はぐれた親子が再会して安堵しているようにしか見えなかったが、ブレイズは何か引っかかりを感じた。


「ん?君は?」


 違和感の正体を探る前に、ブレイズはミアの父親に話しかけられた。


「お、お父様とはぐれた後に、変な人たちに追われていたところを、彼が助けてくれたんです…。」


 ぎゅっと何かに耐えるような表情でミアが父親に告げると、彼は目を丸くした。


「何だと!ミア、そんな危ない目に遭っていたのか?ケガはしてないか?」

「はい、大丈夫です…。」

「君、娘を助けてくれてありがとう。私は商人をやっているマーティン・レイウッドという者だ。」


 ミアの父親――レイウッドはブレイズに握手を求めてきた。ブレイズは戸惑いながらも手を握った。


「お、俺はブレイズ・イストラル、です。」

「ブレイズ君か。君は娘の恩人だ。何か、礼をせねばならんな。」

「うえっ!?礼なんて良いですよ!」


 ブレイズは両手を振って固辞したが、レイウッドに腕を掴まれた。


「いやいや、娘が危ない目に遭っていたところを助けてくれたんだ。恩に報いないと商人の名が廃るというものだ…!」

「や、別に俺はっ、お礼目当てで彼女を助けた訳じゃ…!」

「そんなこと言わずに!良ければうちの屋敷へ来てくれ。屋敷になら色んな商品が取り揃えてあるから、そこから何でも持って行ってくれれば良い。エグバート、彼を馬車に。」

「承知いたしました。旦那様。」


 エグバートと呼ばれた執事がブレイズの腕を掴む。


「あの、俺ホントにお礼とか要らないんですけど…!」

「旦那様はこの国でも有数の商人でいらっしゃいます。その方が恩人に何も礼を尽くさなかったとなると証人としての評判にも関わります。私共の勝手な都合ではございますが、快く御礼を受け取っていただけると幸いです。」

「う…。」


 執事から自分たちが困ると言われてしまうと、お人好しのブレイズは断れなかった。


「さあ、馬車はあちらに待たせてある。行こうか、ブレイズ君。」

「あ、ちょっと…!」


 あれよあれよという間にブレイズは広場の入り口に待たせてあった馬車に乗せられた。執事の合図で御者が馬車を走らせ始める。初めて乗る馬車にブレイズは目を白黒させたり外の風景を眺めたりしていたが、レイウッドに話しかけられた。


「ところでブレイズ君は何の仕事をしているのかね?」

「あ、旅をしながら色々な素材収集をしています。」

「旅?とすると駆け出しの冒険者なのか?」

「そんな感じです。」

「へえ。旅は一人で?」

「いや、連れが一人いて…。」


 ブレイズがしどろもどろになりながら答えると、レイウッドはからかうように尋ねた。


「連れっていうのはもしかして女性かな?」

「男ですよ…。色々事情があって、俺の世話を見てくれている人です。」

「ほう。良ければその人の名前を教えてくれてないか?その連れの彼にも礼をしたい。」

「いやいやいや!しなくていいです!絶対俺、余計なことに頭突っ込むなって怒られるんで…。」


 慌ててブレイズは拒否した。


「なら、このことはブレイズ君と私たちの秘密ということにしておこうか。」

「…そうしてもらえると、助かります。」

「因みに、その連れの彼はどこに?」

「さあ?野暮用があるって途中で別れたから…。夕方には宿に戻るとは思いますけど。」

「そうか。なら夕方には宿に戻れるように手配しておこう。」

「いや、そんな色々してもらわなくて大丈夫ですって…。」


 ブレイズは遠慮するが、レイウッドも伊達に商人をやっていないためか押しが強い。助けを求めて斜め正面に座るミアを見ると、彼女は真っ青な顔で下を向いていた。


「ミア…?大丈夫か?」

「え!ええ…。大丈夫です……。」


 ミアはびくりと顔を上げて答えたが、先ほど男たちに追われていた時よりも明らかに顔色が悪かった。尋常でない様子にブレイズは妙な胸騒ぎを覚えたが、レイウッドが遮るように声を上げた。


「ミア、また馬車酔いか?気分が悪いのなら寝てていいんだよ?」

「いえ、大丈夫です…。」


 そう答えると、ミアは馬車の外に視線を向け、黙り込んでしまった。ミアのその様子にレイウッドは肩をすくめてブレイズに謝った。


「申し訳ない。この子は馬車に乗ると酔いやすい体質みたいで…。」

「…あ、構いません。」

「買い物に行くにもうちの屋敷からでは馬車を使わないと遠くてね。なかなか私との買い物デートにも付き合ってもらえないんだ。」

「はあ…。」

「ブレイズ君の家族はどうだい?母親や女姉妹がいたら街での買い物に付き合わされたりしない?」

「俺の家は姉と祖父だけだったので…。街で買い物したこともなくて、必要な物を行商から色々と買い入れてたくらいです。」

「ほお。行商からってことは田舎の出身かい?」

「はい。クファルトス王国の南にある、郊外の出身です。」

「それなら旅に出た後はあまり連絡も取れていないのかな?」

「そうですね…。俺もあっちこっち点々として手紙を書く暇もないし…。」

「大変だねえ…。」


 マーティンとの会話は続いたが、ブレイズの胸中ではレイウッドと会った時から感じている違和感が少しずつ膨れていた。


『フォン、レスタ、トア。何か、おかしくないか?』

《おかしいって何が?》

『何がって言われると、何かわからないんだけど…。何かちょっと、引っかかるんだよな…。』

《はっきりしないな?魔術的な変なところとかはないぞ?》

『いや、そういう意味じゃなくて。』


 レスタに答えながらブレイズはちらりとミアの顔色を窺った。ミアの顔色は青ざめたままで、唇をきゅっと噛み締めて外の景色ばかりを見つめていた。


『ミアの態度、ちょっと変じゃないか…。』

《変ってどこが~?》

『よく分からない男達に追い掛け回されて怖かったはずなのに、俺に助けられた時も父親のレイウッドさんと会えた時も、全然安心した表情にならなかったんだ。』

《単純にショックを受けたから、気持ちが追い付いてない、とかじゃないの?》

『そうかも知れないけど…。』


 もやもやした気持ちを抱えたまま、ブレイズ達を乗せた馬車は屋敷へ到着した。外側から護衛が扉を開け、執事が下りた後、ミアが続いた。その後ブレイズが降りたとき、ミアが突然振り返った。思い詰めた表情で、ブレイズに囁く。


「逃げて。」

「え?」


 突然の言葉にブレイズは戸惑った。ブレイズに聞こえなかったと思ったのか、ミアは先ほどより大きな声で繰り返した。


「この人たちから逃げて。このままじゃあなたは…。」

「ミア、何を話しているのかな?」

「!」


 ブレイズの後ろから、レイウッドが声をかける。その瞬間、ミアの顔色が白くなった。


「全く、良い子にしていればご褒美を挙げると言ったのに…。聞き分けのない子にはお仕置きをしないとかな?」

「も、申し訳ありません!」


 ひゅっと息を飲み込んで、ミアは素早く頭を下げた。父親であるはずのレイウッドに対し異常なまでに怯えているミアの様子に、ブレイズは異常を確信せざるを得なかった。そろそろと腰に吊るしているホルスターに手を伸ばす。


「動くな!」


 護衛の男が声を荒げて剣を抜いた瞬間、ブレイズは銃を構えた。正面の護衛二人の鎧の継ぎ目を狙い撃つ。


「ぐあっ!」

「がっ!」


 崩れ落ちる護衛から、今度は背後の護衛に銃口を向けた。パンッと乾いた音と共に護衛が膝をついた後、レイウッドのこめかみを銃身で殴って倒した瞬間、少し離れたところに立っていた護衛が銃を構えている姿が目に入った。すぐさま馬車の陰に転がり込むと、銃声と共に地面が爆ぜる。馬車の窓越しに撃ってきた護衛に照準を合わせ、引き金を引いた。護衛が肩を押さえてうずくまったのが見えた後、間を置かずに後ろから殺気が迫ってきた。ブレイズは腰に挿していたナイフを左手で引き抜くと、振り向きざまに剣を受け止めた。そのまま流れるような動きで拳銃を襲ってきた男に向けたが、もう一方の手に銃身を掴まれた。銃口が空を向き、手を握られた弾みで一発パンと射出された。


「ちっ…!」

「ここまで動けるとは、想定以上ですね…。」


 観察するような眼差しで、目の前の男――執事のエグバートは呟いた。


「あんたもひょろひょろの割には動けそうだな…!」

「旦那様をお守りすることも私の仕事ですから。」


 キチキチと片手剣とナイフが音を立てる。ブレイズが剣をナイフで弾くと同時に、銃から手を放す。拳銃から手を離したブレイズにエグバートは一瞬驚いたが、すぐさま銃を持ち直す。照準がブレイズに合った瞬間、ブレイズはブーツに仕込んでいたサブの小銃をエグバートに向けていた。どちらが先に引き金を引くか、二人の間に緊張が走った瞬間。


「きゃあ!」

「動くな!こいつがどうなってもいいのか!」

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