第20話

 数日後。ブレイズは相変わらずライにしごかれながら魔術の鍛錬を行っていた。


「よし。今日はここまでだ。」

「お、終わった…。」


 いつもの様に戦闘訓練でボコボコにされたブレイズは息も絶え絶えの状態だった。その様子を尻目に、ライは仲介所で受け取った報酬から紙幣と金貨を取り出すとブレイズに渡した。


「そろそろ銃弾の補充が必要だろ。その金で買ってくると良い。」

「え、良いのか。」

「ああ。オレも野暮用があるからな。戦闘訓練で魔術師との戦い方も教えたから、万が一執行官と遭遇しても逃げのびるくらいは可能だろう。」


 ブレイズの魔力をいじって体力を回復させながらライは言った。その言葉にブレイズは目を輝かせた。


「ほんとか!俺、強くなれた?」

「逃げのびるだけの技術は身に付けただろうな。だが、あくまでも逃げのびるだけで、執行官との戦闘で勝てるレベルではないからな。」


 浮かれるブレイズにライは冷静に釘を刺した。それでも、ブレイズはほんの少しでもライに認めてもらえた喜びを抑えられなかった。


「おう!」


◇◇◇◇◇


「それじゃ、夕方には宿屋に戻って来いよ。」

「子供じゃないんだから、分かってるって。」


 街に戻ると、ブレイズはライと分かれ、武器屋へと向かった。早速お目当ての訓練用のゴム弾や実弾などを購入し、街の商店をぶらぶらと冷やかしながら散策する。


〈人がいっぱいいて賑やかだね~。〉


 左手首のブレスレットの中に入ったまま、トアが喋った。街中は多くの人でにぎわっており、姿の見えない声がしても誰も気にしない。


〈あっちで人がたくさん集まってるぞ!何かやってるのか?〉

「行ってみるか?」

〈うん!〉


 人垣ができている広場の中央で、大道芸人がパフォーマンスをしているらしい。物珍しさもあり広場へ向かっていると、いきなりどんっとブレイズの背後から誰かがぶつかってきた。


「きゃ!」

「うわ!」


 そのまま転びそうになった人物を、ブレイズは慌てて支えた。


「大丈夫か?」

「す、すみません…。」


 ブレイズにぶつかってきたのは可憐な雰囲気の少女だった。仕立ての良いドレスを見ると、どこかの令嬢のようだった。何かに怯えるような目でブレイズと走ってきた方向をちらちらと見ている。何かあったのか尋ねようとブレイズが口を開いたとき、後方から複数の男が近づいてきた。


「待ちやがれ!」


 人ごみを押し分けるようにして近づいてくる男たちの様子はあまり穏やかなものではなかった。不穏な雰囲気を感じ取ったブレイズは怯える少女に尋ねた。


「追われてるのか?」

「は、はい…。」


 いきなり声をかけられたことに驚いたのか、少女はびくりと肩を震わせた。少女の返事を聞いた瞬間、ブレイズは彼女の手を取って走り出した。


「きゃっ!」

「逃げるぞ!」


 広場から続く細い道へと抜けていく。その途中、フォン達が少女に気づかれないようブレイズの頭の中に直接話しかけてきた。


《ブレイズ、その女の子助けるの?》

『ああ。』

《またお人好しってライに呆れられるぞ!》

『う、それはわかってるけど…。さっきの状況で見捨てられないだろ?』

《そうかもしれないけど~。ライにあんまり目立つことしないようにって注意されてるのに、大丈夫なの~?》

『だから逃げてるんだろ。あそこで追っ手を倒すこともできたけど、流石に悪目立ちするし。』

《そういう計算はしてたんだね。》

『そういうこと。このまま追っ手を撒くけど、追い付かれたら返り討ちにする。三人にも協力してもらうからな?』

《任せろ!》


 レスタが力強く返事をした。すぐさまフォンが続けて言う。


《じゃあ、追っ手の動きが分かった方が良いよね?トア、小鳥に変化して、追っ手の動きを見てくれる?》

《りょうか~い!》


 何気なく交わされた会話に、ブレイズは思わず声が出た。


「え、ちょっと待て…!」


 だが、すぐにブレイズのブレスレットに淡い緑色の光が灯ると、どこからともなく黄緑色の可愛らしい小鳥が姿を現した。


〈じゃあ、行ってくるね~。〉


 トアの声で喋った小鳥をブレイズは目を丸くしたまま見送った。しばらく呆気に取られていたが、ハッとして念話でフォンに問いただした。


『お、おい、あれどういう事だよ!?』

《どうもこうも変身しただけだよ。》

『返信って…。フォン達の姿はいつもの小人以外にもなれるのか?』

《そうだよ。ある程度魔力を持った魔物はこちらの世界で自前の魔力を使って実体化することができるんだけど、魔力の使用量を抑えるためにこっちにいる生き物に擬態する必要があるんだ。》

『そうなのか…。』

《魔力が格段に多い魔物や魔術師が『器』を作ってくれた場合は、人間はもちろん空想上の生き物や魔物の実態に近い姿でも実体化できるよ。》


 初めて知った事実にブレイズは思わず唸った。だが、一緒に走っている少女の息が荒くなっていることに気づき、眉をひそめた。


「悪い。きついよな?」

「い、いえ…!」


 ゼイゼイと喘ぎながら少女は答えたが、もう走るのに精いっぱいなのは明らかだった。


(まずいな…。どこかに身を隠して、やり過ごすか…。)


 ブレイズは少し思案すると、フォンに声をかけた。


『フォン、荷運び用の木箱って作れるか?』

《木箱?ブレイズがイメージを作ってくれればできるよ。》

『よし。じゃああそこに作るぞ!』


 ブレイズは目の前に並んでいた木箱の列に、新たに木箱を形成し始めた。地面から生えるようにして木箱が出来上がっていく。上部を開けたままの木箱が出来たのを見ると、少女を横抱きにして担ぎ上げた。


「ひゃっ!」

「しっ!静かに!」


 そのまま木箱の中へ飛び込み、蓋を形成する。


「出来るだけ息を潜めて。」


 薄暗い木箱の中でひそひそと話すブレイズに、少女は口に手を当ててコクコクと頷いた。その数秒後、ドタドタと複数の足音が聞こえてきた。


「くそ!何処行きやがった?」

「ガキ二人で逃げてんだ、そこまで遠くには行ってねえだろ。」

「別れて探すぞ!」


 おう、と答える声がして、あちらこちらへ複数の足音がかけていく。二、三人の気配が近づいて来たが、息を潜めたブレイズと少女に気付くことなく遠ざかっていった。


 追っ手の気配が完全に遠のいたのを確認して、ブレイズは息をついた。そっと腕の中に抱き込んだ少女の顔を覗き込む。


「もう追っ手はいなくなったみたいだ。少し落ち着いたか?」

「はい…。ありがとうございました。」


 そこで初めて少女の顔を正面から見たブレイズはドキリとした。亜麻色の髪に深い緑色の目をした少女は、男の庇護欲を掻き立てるような可愛らしい顔立ちと儚げな雰囲気を纏っていた。ブレイズよりも少し年下に見えるが、走ったために上気した頬のせいで一層幼く見えた。


(うわ、可愛い…。)


 追われているという状況を忘れ、ブレイズは少女に見とれた。


《おい、ブレイズ…。》


 だが、レスタの呆れた声にはっと我に返った。気まずさをごまかすように咳払いをして少女に話しかける。


「お、俺はブレイズ。君は?」

「あ、ミア、です。」


 おずおずと少女――ミアは答えた。


「追いかけられていたみたいだけど、何があったんだ?」


 ブレイズに尋ねられて、ミアは口ごもりながらも答えた。


「そ、その…お父様と一緒に買い物に来ていたんですが、途中ではぐれてしまって…。お父様を探しているうちに、さっきの人たちに声をかけられて、怖くなって逃げていたんです…。」

「追いかけられる理由に心当たりは?」

「……わかりません。」


 ミアは俯きながら答えた。胸の前で握られた両手がかすかに震えている。ブレイズはミアの恰好や話し方を見て尋ねた。


「もしかして、家が貴族とか商人じゃない?」

「え?」

「さっきの奴ら、身代金目的で誘拐しようとしたんじゃないかと思って。」


 ブレイズに言われて、ミアはハッとした表情で肯定した。


「そ、そうかも知れません。」


 ミアの答えを聞いて、ブレイズは唸った。


(という事は、ミアが父親とはぐれたのも仕組まれていたのかもしれないな。なら、父親を捜して彼女を返すよりは、家に連れて行った方が良いのか?)


 少し思案して、ブレイズはミアに尋ねた。


「ミア。お父さんとはぐれた場所に戻るのと、家に戻るの、どっちが良いかな?」

「お、お父様の所に!きっと、探していると思うから…。」


 ミアは焦った様子で答えた。ブレイズは頷いて答えた。


「わかった。お父さんとはぐれたのは広場の近くか?」

「はい…。」

「なら、広場に戻ろう。広場の人にミアのことを尋ねて回っているかもしれないし。」


 そう言うと、ブレイズは木箱の蓋をそっと押し開け、周囲に人影がないか見回した。そこに、黄緑色の小鳥が舞い降りてくる。


《ただいま~。》

『おかえり、トア。追っ手は今どこにいる?』

《ここから四方八方に散らばっていったよ~。全員ここから直線距離で一キロくらいは離れたかな~。》

『広場の方には行ってないか?』

《そっちに走っていたのは見なかったよ~。》

『ありがとう。』


 報告を終えたトアがブレスレットに戻ると、ブレイズは蓋を外して外に出た。


「追っ手は撒けたみたいだ。広場に行こう。」

「は、はい…。」


 ブレイズが伸ばした手に、ミアはおずおずと掴まった。だが、木箱から出ようとした時にハッとしてドレスのスカート部分を握った。恥ずかしそうなミアの仕草に、ブレイズは気づいて謝った。


「あ、ごめん。ドレスじゃ跨げないよな。」


 ブレイズは握った手を外すと、ミアを抱きかかえて木箱の外に出した。


「あ、ありがとうございます…。」


 気まずそうにミアは俯いた。


「いいよ。ほら、行こっか。」


 再びミアの手を取ると、ブレイズは歩き出した。同時に、会話が途切れる。ブレイズは気まずい雰囲気を何とかしようとミアに話しかけた。


「と、ところでミアの家って貴族なのか?」

「え?」


 不思議そうにミアは首を傾げた。


「違うのか?なら、商人か?」

「あ、そ、そうです…。」

「そっか。どんな商売をしてるんだ?」

「えっと…。色んなモノを売り買いしてるって、聞きました…。」

「へえ~。そうなんだ…。」


 再び会話がなくなったとき、フォンが念話を飛ばしてきた。


《ブレイズ…。》

『し、仕方ないだろ!女の子と話すことなんて、今まで姉さん以外になかったんだからさ!』


 ブレスレットからじっとりとした視線が向けられているような気がして、ブレイズは慌てて言い募った。


《女の扱いも知らないのかよ?》

『うるさいな!そう言うレスタはどうなんだよ?』

《女なんてちょっと強引に誘えばコロッと落ちるんだよ。》

『おい!それは女の子を口説く方法だろ!』

《ダメだよ、レスタ~。女の子には優しくしなきゃ~。》

『だよな、トア!トアだったらどんな風に女の子と話すんだ?』

《えっとね~、上目遣いで甘えれば色々話してくれるよ~?》

『まさかの計算高い答え!そんな話聞きたくなかった!』


 樹の魔物達の話にブレイズは思わず脳内で泣きそうになった。わちゃわちゃと念話で魔物達と漫才を繰り広げるブレイズに、ミアが恐る恐る声をかけた。


「あの…。」

「え!な、何?」


 ブレイズは狼狽えながら振り向いた。ミアは一瞬躊躇っていたが、ブレイズに尋ねた。


「な、何で助けてくれたんですか?」

「え、何でって…。そりゃ、困ってる人がいたら助けるのが当たり前だろ?」


 不思議そうな顔をして答えたブレイズに、ミアは呆気にとられた。

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