第19話

 晴れやかな日。とある国のはずれにある小高い山の中に、パシュっと人工的な音が響いた。


「……これで最後っと。」


 ブレイズは手に持った小さな木の欠片に再度魔力を流した。木片からは、ぐねぐねと小さな木の枝がのたうつようにして伸びてくる。ある程度の大きさに育ったところで、元の木片にまで戻した。


「大分制御できるようになったな。」


 修行を見ていたライが武器の手入れの手を止めて言った。


「とりあえず、属性魔術の第一段階はクリアだな。」

「ホントか?やったー!」

〈頑張ったね、ブレイズ!〉

「フォン達のおかげだ!ありがとうな!」


 ブレイズとフォン達は抱き合って喜んだ。


「修行を始めた時は魔力制御も怪しかったのが嘘みたいだな。」

「もうその話はいいだろ!クリア出来たんだからさ。」


 ライの言葉にブレイズは噛みついたが、ライは無視して続けた。


「次は武器に属性魔術を付与する。オレの炎の剣と同じ魔術だ。お前の場合、銃が使い慣れているな?」

「ああ。ずっと使ってたし、短剣とかよりもこっちが慣れてるかな。」


 そう言って、ブレイズは腰に下げたホルスターを触った。


「それなら今後は銃を使って修行する。どういう風に属性魔術を発現させるかは、武器の特性と使用者のイメージ次第だ。具体的にイメージできないと、属性魔術はうまく発動しないから、どういう風に発動させたいか、考えておくと良い。」


 おもむろにライは剣を手に取って立ち上がった。


「さて、魔術の修行はここまでにして、次は戦闘訓練だ。」

「げ。」


 引きつったブレイズをライはひと睨みした。


「何だその反応は。」

「す、少しくらい休憩くれないか?魔力制御って集中力つかうから、結構クタクタで…。」

「何甘えたことを言っている。執行官がそんな理由で待ってくれると思うのか。」


 ライはじりじりと後退しているブレイズの前に立ちはだかった。


「武器はいつもの短剣じゃなく、お前の銃を使っていい。ああ、銃弾が勿体ないからゴム弾に入れ替えておけよ。属性魔術の訓練も今後は兼ねるから、銃を使う時はどういう風に魔術を発現させたいかイメージしながら使うように。」

「ら、ライの武器は…?」

「オレの武器はこの剣だ。安心しろ、いつも通り寸止め・峰打ちで止める。」

「あ、安心できるかー!毎回毎回ボッコボコにする癖に!」

「だから、最初に言っただろう。この戦闘訓練は執行官から逃げのびるためのものだ。危機感を覚える訓練でないと、やる意味がない。」


 そう言って、ライはニヤリと嗤った。顔立ちの整ったライが見せる恐ろしい笑顔に、ブレイズはぞくりと寒気を覚えた。


「さあ、開始だ!」

「イヤアアア!」


 山中に、哀れな悲鳴が響き渡った。


◇◇◇◇◇


一時間後、体のあちこちに打撲痕を作ったブレイズが地面に突っ伏していた。


「この鬼…、悪魔…。」


 息も絶え絶えになりながら、師匠への恨み言を呟くブレイズ。


〈だ、大丈夫~?〉


 トアが心配そうにブレイズの顔を覗き込みながらパタパタと葉っぱで作った扇で扇いだ。


「サンキューな、トア…。」

「ふむ、これでようやく全魔力量の五分の一を消費したってところか…。」


 傍らでブレイズの手に触れ、魔力量を測っていたライが言った。その内容に、ブレイズは愕然とした。


「五分の一…?俺、自分で感知できる魔力はもうほとんどないんだけど…。」

「常に使える魔力がそれくらいで、残りの魔力は封印の効果もあって抑えられている状態だ。普段は使えないようになっているが、今後はこの魔力も制御できるように修行していくぞ。」

「修行って、まさか今日やったのと同じようなことを続けるのか?」

「ああ。封印している方の魔力を引き出すには、まず普段使っている魔力を使い切る必要があるからな。明日からは属性魔術の銃への付与の練習、戦闘訓練での対応力向上と属性魔術の発現イメージ作りをやる。徹底的に魔力を使い切るようにするから、覚悟しておけ。」


 聞いた途端、ブレイズは地面に再び突っ伏した。


「地獄だ……。」

「普通は数年かけて習得する魔術を一年で身に付けようとしている上に、執行官との戦い方も学ぶ必要があるんだ。これくらいの無茶は当然だ。」


 しれっと答えたライにブレイズはもう何も言えなかった。


〈それにしても、こんだけ魔力使って五分の一かよ…。普通の魔術師の二~三倍くらいの魔力は使ってたはずだろ?〉


 レスタが呆れながら言った。


〈ホントに規格外だよね…。そこら辺の魔物より下手したら多いくらいだ。〉


 フォンも同意した。


〈僕たちよりも魔物じみた魔力量だね~…。〉


 のほほんとトアが続ける。若干引き気味の樹の魔物達にブレイズは涙目になった。


「魔物に魔物以上って言われた…。」

〈安心しろ。魔力が多いのは魔物にとって栄誉なことだ。〉

「俺は人間だからそんなこと言われても嬉しくねえの!」


 全く慰めになっていないロベスの言葉にブレイズは全力で抗議した。


「さて、修行はこれくらいにするか。」


 ライはブレイズの手のひらに指で魔術陣を描いた。その途端、ブレイズの中の魔力が循環し、体中に出来ていた痣が消えた。同時に、動き回るだけの魔力がじわりと体に満ち始める。既に何度か体験した感覚だが、ブレイズは慣れない様子で体を起こした。


「相変わらず不思議な感覚だよな~これ。俺の封印されてる方の魔力を使って治癒してるんだっけ?」

「そうだ。ブレイズの水属性の魔力に干渉してやっている。封印を施したのがオレで、尚且つブレイズがオレに魔力をいじるのを許可しているからできる芸当だな。当然他の魔術師にはブレイズの魔力に干渉できない。まあ、封印術の目的の一つは本人以外が勝手に引き出せないように制限をかけることだから、封印術をかけたオレでもブレイズの魔力を引き出して魔術を行使することはできない。あくまで、ブレイズの体の中で循環させるだけだ。」

「ふーん…。」


 理解できたのかできてないのか曖昧な相槌を打って、ブレイズは手を握ったり開いたりを繰り返した。


「明日からはオレが封印された魔力に干渉するとき、どういう風に引き出しているのかを意識してみろ。お前なら、一度感覚を掴めばできるはずだ。」


「ああ。わかった。」

「よし。もう体力は回復したな。今日中に次の街まで行くぞ。」


 二人と魔物達は山を下りて行った。


◇◇◇◇◇


 ブレイズがライと旅を始めて既に二か月が経とうとしていた。素材集めや荷運びなどの簡単な依頼をこなすことにブレイズも慣れてきていた。


「はい、素材収集依頼と荷運び依頼、完了確認です。」


 仲介所の若い青年がはきはきと伝え、報酬を渡してきた。


「ああ、ありがとう。」


 ライが報酬を受け取ったのを見てブレイズは声をかけた。


「終わった?じゃあ、宿に戻るか。」

「お、ライじゃねえか?」


 名前を呼ばれて振り向くと、栗色の髪の人懐っこそうな青年がブレイズとライに歩み寄ってきた。その顔を見て、ライは警戒を解いた。


「テオか。久しぶりだな。」

「おお。前一緒に仕事したのはモストンの町だったから・・・ほぼ一年ぶりか?」

「そうだな。」


 親しげに話すライに話しかける青年に、ブレイズは目を丸くした。テオと呼ばれた青年は傍で立ち尽くすブレイズに気づいた。


「ああ、ごめんごめん。俺は商人のテオ・ハンクスだ。君は?ライの仕事の依頼人?」

「こいつは…。」

「俺はブレイズ・イストラル。ライの弟子だ。」


 ブレイズの答えにライは苦虫を噛み潰したような表情をして舌打ちした。一方で、テオは目を丸くした。


「ブレイズ、余計なことは言うな。」

「弟子!?仕事仲間も作らず一匹狼で通してたお前が?一体どんな心境の変化があったんだよ!?」

「止むを得ない事情があっただけだ。」

「へえ~。ちなみに止むを得ない事情ってどんな?」

「……お前に教える義理はない。」

「えええ~!俺とお前の仲なのに?」

「お前とは仕事上の関係があるだけだろう。」

「冷たい!」


 ライの冷たい視線にもめげずしゃべり続けるテオに、ブレイズは内心感心した。


「ライ、この人は仕事仲間なのか?」

「テオは情報屋兼商人だ。二~三回仕事を一緒にやったり、情報提供してもらったことがある。」

「よろしくね!」


 人懐っこく差し出された手をブレイズは快く握り返した。


「こちらこそ。」

「で、何でライの弟子になってるの?」

「それは…。」

「ブレイズ、こいつにべらべらとしゃべるなよ。情報屋は情報を売り買いするからな。下手なことを話せばあっという間に広がるぞ。」


 言外にロマニアの執行官にも伝わる可能性を仄めかされ、警戒心を解きかけていたブレイズは即座に黙った。


「おま、人の商売邪魔するようなこと言うんじゃねえよ!」

「お前こそ、オレの情報を目の前で集めようとするな。」


 ライは呆れた様子でため息をついた。


「まあ、ちょうど良い。お前に依頼したい仕事がある。」

「え、何々?」


 目を輝かせたテオを余所に、ライは仲介所のカウンターからメモ用紙とペンを借りると、さらさらと書き留めた。ぴらりとメモの切れ端をテオに見せるが、ブレイズからは何を書いているのか見えなかった。


「これについて、情報を集めてほしい。」

「ふむふむ…。とりあえず、現時点での情報で良いのか?」

「できるだけ最新の情報が良い。他の情報屋にも同じ依頼をしているから、そこで得られてない情報があれば報酬は上乗せする。」

「え、他の奴らにも依頼してんの?」

「情報は複数から収集するのが鉄則だ。」

「何だよそれ~。俺乗り遅れじゃん。」

「他の奴らが持っていない情報を渡してくれれば報酬を弾むと言っただろう。それとも何か?お前は自分の情報収集能力に自信がないのか?」

「ああ、もう!わかったよ!集めればいいんだろ?」


 テオが引き受けたのを確認し、ライは切れ端をテーブルに置かれたランタンの炎で燃やした。


「期限はいつまで?」

「現時点での情報なら、一週間以内で良い。この街には三~四日程度いるつもりだ。それ以降は北の街に移動することになる。」

「オーケー。それなら何とかなる。情報集まったらいつもみたいに仲介所に伝言しとくぞ。」

「ああ。頼む。」


 ライが答えると、テオはブレイズの肩を叩いた。


「じゃあ今度会う時はブレイズくんとも一緒に飲もうぜ。色々話聞かせてくれよ。」


 そう言うと、テオは仲介所を出ていった。後ろ姿が見えなくなった後、ライが呆れた様子でブレイズを睨んできた。


「ブレイズ…。」

「お、俺何か余計なことした?」

「……まあ、情報屋について話をしていなかったオレの落ち度もあるか。」


 ため息をつくとライは説明した。


「情報屋はあちこちから情報を仕入れて売る仕事だ。ある人物の人となりや経歴、国の情勢などの他にも、弱みや地下組織の情報といった裏情報も扱っている。気軽に話したことが、いつの間にか情報屋から売られていたなんてこともざらにあるから、雑談レベルでも気をつけろよ。」

「あんなに気さくな雰囲気なのに…。」

「あの人懐っこい性格で相手が話しやすい雰囲気を作るのがテオのやり方だ。仲介所や酒屋にいる冒険者や店員からもあの調子で情報を引き出している。若手の情報屋としての腕は確かだ。」

「俺がライの弟子って言ったの、まずかった?」

「依頼人と言っていればまだ良かったがな。テオが言っていた通り、オレは今まで特定の人間と一緒に行動をしたことがほとんどないから、そういう人間が弟子を取ったなら興味を惹かれるのは当然だ。弟子になった理由が情報屋に流れるとまずいだろう。」


 その答えにブレイズは自分の失言を呪った。


「だが、もう数か月一緒に行動を共にしていたから、興味を持たれるのは時間の問題だったかもな。あいつには弟子になった理由を適当に伝えることにするぞ。」


 がしがしと頭を掻きながら、面倒くさそうにライは言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る