第13話
その日の晩、ブレイズはライの部屋を訊ねた。
「ライ、少し話があるんだが、いいか?」
しばらくの後、ライが扉を開けた。
「何だ。」
「頼みたい事があるんだ。」
ブレイズの様子をライはしばらくじっと見ていたが、何か面倒くさそうな様子で溜息を吐いた。
「入れ。ここで話をするのも何だしな。」
招かれてブレイズは部屋に入った。ライは椅子に座って足を組むと、ブレイズに訊ねた。
「で、頼みごととは何だ?」
ブレイズは拳を握って、ライを真っ直ぐ見つめて言った。
「ライ。俺を弟子にしてくれ。」
突拍子もない申し出に、ライは眉を寄せた。
「どういうことだ。」
「俺は、自分の身を守るために魔力の使い方を学ばないといけない。だけど、ライも聞いた通り、この国や近くの国には魔術師がいないから、どの道ここから出て行って魔術師に弟子入りすることになる。でも、魔術師を探す途中でも狙われるだろうし、出会えたとしてもその魔術師に利用されることもありうるだろ?」
「…否定はできない。だが、何故オレに弟子入りしたいという話になる?」
「本当は、教えてくれる魔術師を探し出すまで、俺の護衛をしてもらえないか頼むつもりだった。でも、その魔術師が本当に信頼できるのか、魔術師との戦いを知っているのか、色々不安があったし、ロマニアの執行官が襲ってきた時にはまた周りの人を巻き込むかもしれない…。そういうことを考えたら、ライと一緒に旅に出た方が安全だと思ったんだ。」
ブレイズはまっすぐライを見た。
「ライには迷惑をかける事になると思う。色々と助けてもらった上に、こんな依頼をするなんて、正直厚かましいと自分でも思う。だけど、俺はライに教えてもらいたい。魔術師と戦う方法も知っているし、魔力の封印もやってくれた。ライみたいに優れた魔術師なら、間違いはないはずだ。」
言い終わると、ブレイズはライを見た。黙って聞いていたライだったが、冷やかな目でブレイズを見据えて答えた。
「……断る。」
ライは視線を逸らして席を立とうとした。ブレイズは慌てて腕を掴んだ。
「ライ、頼む!」
「何故オレに頼む?オレ以上に優れた魔術師は世界を探せば何処にでもいる。そいつらを当たれば良い。」
「そういう魔術師に会いに行くまでが大変なんだよ。ライだってわかってるだろ!?」
「事情は知っているさ。だが、どうしてオレに弟子入りしようとする?出会って一日も経たない人間を、何故信用できるんだ?」
「あんたは俺を助けてくれたから!」
ブレイズの言葉に、ライは視線を戻した。
「…普通の冒険者は、昨日みたいな事件に遭遇したら、すぐさま自分の身を守るために逃げ出してた。一般人でも、助けようとしなかったと思う。でも、あんたは助けてくれた。それどころか、封印もしてくれたし、俺の封印が外れても魔力が漏れないように、この館の周りに陣を描いただろう。」
「…お前、それを何処で知った?」
「今日森でフォン達―――知り合いの魔物に教えてもらった。封印が外れたことにそいつらが気付かなかったから、ライが周囲の魔物に気付かれないよう対策したんじゃないかって。」
それを聞いて、ライは軽く眉を寄せた。
「言っておくが、別にお前の為じゃない。ウェストと『ブラック・スネーク』が逃げられないように陣を描くついでにやったまでだ。それに、お前の魔力が漏れたら、この地域一帯に魔物が集まって面倒な事になっただろうからな。」
ライは腕を組んでブレイズを睨みつけた。
「ブレイズ、お前は一度助けてもらったくらいで人を信頼するのか?冒険者として旅をして色んな人間を見てきた経験から言わせてもらえば、それくらいで人間を信用してはならない。人は平気な顔をして他人を裏切ることが出来るんだ。」
「わかってる。俺は魔術師にとって良いカモなんだから、全ての魔術師を疑ってかからなきゃならない。だけど、そんな事言ってたら俺は誰も信用できないし、魔術を教えてもらう事も出来ない。全くの見ず知らずの魔術師より、一度助けてもらったあんたの方が、少しは信用できる。」
ブレイズの答えに、ライは呆れた。
「わかっていないな…。信頼させて、生贄にしたり、他のウェストのような魔術師に売りさばこうという魂胆かも知れないぞ?」
「生贄にする気なら、封印をし直す時にやれただろ。それにあんたはそんなことしなくとも十分な魔力を持っているみたいだし、冒険者としてもうまくいっているみたいだから、金に困ってもいない。そもそも、本当に俺を生贄にしようと企んでいるのなら、こんな風に俺を拒絶する訳ないさ。」
「……ずいぶんと生意気な口をきくな。」
ライはひどく不機嫌そうに言った。
「お前が俺に魔術を学びたい理由はわかった…。だが、オレがそれを引き受けるメリットはあるのか?」
「え、メリットって…。」
思いがけない言葉にブレイズは答えに窮した。
「お前は、オレを誰でも助けるお人好しだとでも思っていたのか?それなら大間違いだ。オレが昨日お前を助けたのは、さっき説明したとおり面倒事を避けるためだ。それに『ブラック・スネーク』にかけられていた賞金を街で受け取れるよう騎士団に話もしてある。……随分オレの事を高く評価してくれていたみたいだが、オレも所詮は冒険者だ。自分の利益の為にしか動かない。」
黙り込んだブレイズを見て、ライはフンと鼻を鳴らした。
「わかったなら、俺にそんな馬鹿げたことを頼むな。他人に頼ってばかりいないで、少しは自分で努力しろ。」
ライは今度こそ椅子から立ち上がった。
「―――ライの仕事をサポートする、というのは?」
ブレイズのその提案に、ライは立ち止まった。
「何?」
「俺の魔力は魔物と同じレベルだって言ったよな。なら、俺が魔力を自在に使えるようになれば、ライの仕事のサポートだってできるはずだ。」
「お前、魔術をまともに使えるようになるまで何年かかると思っているんだ?どれだけ優秀な魔術師でも、基礎を習得するのに一年はかかる。そこから更に魔術師との戦闘を想定した魔術の使い方を教えるとなれば、最低でも二年は必要だ。その間、お前の面倒を見ろというのか?」
「無茶な頼みだっていうのは十分わかってる!」
そう言って、ブレイズはライの正面に回り込んだ。
「それでも、荷物運びでも雑用でも、何でもするから。俺の魔力を自由に使ってくれてもいいから。魔術師相手じゃなければ大抵の奴らとは戦えるから、足手まといにはならないはずだ。だから、俺を弟子にしてくれ!」
必死に頼み込むブレイズに、ライは言った。
「執行官から逃れるために旅に出た方が安全だと言っていたが、本当に旅の危険性を理解しているのか?」
腕を組んでライは続けた。
「旅をしていれば、盗賊や山賊はもちろん、同じ旅人に襲われることも、泊まった先の家の者に騙される事もある。移動中に狼や熊に遭遇する事もあるし、大雨や台風、豪雪を自分で凌いでいかなければならない。人の居住区から離れれば、水や食料を十分に確保できず餓死する可能性だってある。お前はそういう現状を知っても、旅に出たいと思うのか。」
ライの問いかけに、ブレイズは力強く答えた。
「何も出来ず、執行官から逃げるように暮らすよりもずっとましだ。確かに俺は、物心ついた時からずっとこの場所で過ごしてきたから、外の世界について何も知らない。でも、普通の人間との戦い方や、自然の中で生き延びる方法は今まで十分に教わって来た。ライの足手まといにはならない。」
ブレイズは真剣な表情でライの目を見て言った。
「俺は自分を守れるだけじゃダメなんだ。周りの人が俺のせいで危ない目に遭わないように、俺が守りたい。――もう、誰かに守られて生きていくのは、嫌だ。」
しばらくの間、ライはブレイズの決意を見定めるかのように、じっとブレイズの目を見つめていた。ライは青い瞳を伏せて、溜息を吐いた。
「……オレにも都合があるからな。明日の午前中にはここを出発する。期限は一年だ。それまでにお前を一人前の魔術師にしてやる。」
その答えにブレイズは顔を輝かせた。
「本当か!?」
「ただし!指導は厳しくさせてもらう。お前が魔術を習得できていようといまいと、一年経った時点で契約終了だ。オレの旅についてくる以上、オレの言う事には絶対に従え。邪魔をするな。もし、旅の邪魔だと判断したら、即座に放り出すからな。」
ライは表情を険しくして注意したが、ブレイズは明るい表情で答えた。
「ああ。よろしく!」
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