第14話

 翌日。ブレイズとライは練習場へと向かっていた。


「いつもここでフォン達とは会うんだけど…。」


 ブレイズは辺りを見回した。


「フォン、レスタ、トア!いるか?」

〈ブレイズ!今日も来たのか?〉


 樹の根もとからレスタが真っ先に顔を出した。フォンとレスタも後から出てくる。三人とも自分達を見てくるライに気付いた。


〈ねえ、その人は誰?僕達のこと、見えてるみたいだけど…。〉

「ああ、こいつはライ。俺を助けてくれた魔術師だ。」

「初めまして。ライ・セラフィスだ。君達は樹の魔物だな?」


 ライは三つ子に挨拶した。


〈初めまして、その通り、僕達は樹の魔物だよ。僕はフォン。〉

〈俺はレスタ!〉

〈僕はトアだよ~。〉


 自己紹介をすると、フォンはブレイズを見上げてきた。


〈ところで、今日は何で僕達のところにライと一緒に来たの?〉

「実は俺、ライと一緒に旅に出る事になったんだ。」

〈何だって!?〉


 レスタが驚いた。トアも涙目で訊ねた。


〈なんで~?どうしてなの~?〉

「俺のことがロマニアの執行官―――悪い魔術師にばれたから…。魔術を学ぶためとそいつらから逃げるために、しばらくライに弟子入りして魔術を教わろうと思ってさ。」

〈そんな…。じゃあ、僕らとはお別れってこと?〉


 三つ子はしゅんと項垂れてしまった。ブレイズがどう言葉をかけるべきか迷っていると、ライが口を開いた。


「別れになるかどうかは、フォン達の選択次第だ。」

〈それ、どういう意味?〉


 フォンの質問に、ライは答えた。


「ブレイズの使い魔になるのなら、一緒に旅をすることができる。」

〈俺達がブレイズの使い魔に!?〉


 三人は驚いた。ブレイズも驚いてライに訊ねた。


「俺が、フォン達を!?魔術の知識も無いのに、そんなこと出来るのか?」

「出来るか出来ないかで言えば、出来る。…少し話が長くなるが、まずは魔術の基本から説明するか。」


 ライはそう言うと、近くの倒木に腰を下ろした。


「魔術師は一般的に自身の魔術不足を補うため、魔物と契約し魔術を行う。魔力を供給してもらう代わりに、契約している魔物、使い魔に毎日一定量の自分の魔力を与える。」

「自分の魔力を与える?でも、人間の魔力は魔物に比べて凄く少ないんじゃないのか?」

「ああ。だが、魔物にとって人間界の魔力は上質な魔力だそうだ。魔界で他の魔物から魔力を奪うよりも、人間から魔力をもらった方がより効率的に力を蓄えることができる。」


 ライの説明に、ブレイズは以前フォン達から聞いた説明を思い出した。


「魔界で生きていくために、人からの魔力が必要ってことか…。」

「そうだ。だが、魔術師が使い魔を持つと言っても限界がある。さっき言ったように人の魔力は少ない上に、毎日使い魔に一定量を与えなければならない。だから、基本的に魔術師が使い魔として使役するのは一人、多くても五人くらいが上限だ。加えて、使い魔のレベルが上位であればあるほど供給する魔力の量は増えてくるから、魔術師の魔力量によって契約できる魔物のレベルも限られてくる。」

「その魔物のレベルっていうのは何だ?昨日のロマニアの執行官も言ってたけど…?」

「レベルというのは、魔界での魔物の強さ―――階級みたいなものだ。人間界の王国を例に考えるとわかりやすいな。平民がいて、貴族がいて、その上に王がいる。こういう体制が、魔界にもあるということだ。」

「じゃあフォン達は?」

〈僕達は下の下だよ。平民の中でも下のほうだね。〉

「人間界と大きく違うのは、魔力をどれだけ蓄えるかで、その順位が変わること。上手く魔力を集めたものが、頂点に立つことができる。」

「そのための魔力集め、か。」

「それと、魔術師が使う魔術のうち、魔物の魔力を顕現させるものは、基本的に使い魔の属性と同じだ。」


 新しい言葉にブレイズは首を傾げた。


「ケンゲン?ゾクセイ?」

「昨日行った封印やロマニアの執行官が使った戦意喪失の暗示といったものは使い魔から魔術師に魔力を供給して魔術を行っていた。だが、戦闘のときに見せた炎、あれはオレの使い魔のロベスの魔力をそのまま人間界に引っ張り出して創り出したものだ。ロベスは炎属性だから、オレも炎の魔術を使える。フォン達は樹の魔物だから、使える魔術は土と水の属性になる。」

「……難しいな。」

「追々覚えていけばいい。説明だけでは理解できないだろうからな。」


 難しい表情をするブレイズに、ライはそう言った。


「さて本題に戻るが、魔術師が魔物と契約するには、本来ある程度の魔術の知識と、魔物との信頼関係あるいは主従関係の構築が必要だ。」

「やっぱり魔術の知識がいるじゃん…。」


 ライの説明にブレイズは頭を抱えた。


「話は最後まで聞け。…ブレイズとフォン達三人の間には、ここ数週間の魔力のやり取りがあったおかげで、信頼関係が築けている。基本となる関係性は問題ないし、魔力の量もこれまで出来ていたから問題ない。契約は、オレが取り持つ形で行う。」

「そんな契約の仕方、ありなのか?」

「一応な。魔術師が新米魔術師に契約させるときの方法がある。本来はサポート程度の魔術だが、今回はフルで必要だろう。」


 ライはブレイズに訊ねた。


「それで、昨日言っておいたもの、用意して来たのか?」

「ああ。こんな感じで作ってみたけど、これでいいのか?」


 そう言ってブレイズが取りだしたのは、ブレスレットだった。葉っぱの形をした木製のモチーフが三つ並んでいる。


〈これ、ブレイズが作ったのか?〉

〈上手だね~。〉

「まあな。ナイフで削るだけだから、簡単だよ。」


 ライはブレスレットを手にとって眺めた。


「問題ないな。」

「なあ。それ、何に使うんだ?」

「魔物は魔術師と契約している間、人間界に留まることになる。だが、人間界で長いこと実体化するのは魔力を大量に消費するから、使い魔にとっても魔術師にとっても負担がかかる。そこで、人間界での使い魔の器が必要になる。」

「器?」

「使い魔の休憩場所、と言った方がわかりやすいか。器となった『物』は魔界とつながっているから、使い魔は器の中で魔力を回復することができる。ロベスの場合は、この剣だ。」


 そう言って、ライは腰に差した剣をとんとん、と叩いた。


「基本的に使い魔一人につき、一つの器が必要となる。三つのモチーフを作れと言ったのは、そういう訳だ。」

「なるほどね。」


 説明を終えると、ライはフォン達に訊ねた。


「さて、フォン、レスタ、トア。君達は、ブレイズの使い魔になってくれるか?」


 三人は顔を見合わせた。少し迷っているような雰囲気に、ブレイズは不安を覚えた。


「…俺じゃだめか?」

〈そうじゃないよ!ただ、僕達が助けになるのかなって思って…。〉

 フォンが不安げに言った。レスタが続けて言った。

〈さっきも言ったけど、今の俺達は、魔物の中でもかなり低いレベルだ。ブレイズは魔術師になるため、旅に出るんだろ。俺達で、ブレイズを守ってやれるかどうか、正直わからないぞ。〉

〈僕達がブレイズと契約するのはすごくメリットがあるけど、ブレイズにとってのメリットってあるの…?〉

「お前達…!」


 自分のことを一生懸命考えてくれている樹の魔物達の言葉に、ブレイズは胸が熱くなった。


「確かに今の時点では、フォン達だけでブレイズを守れというのは無理だろうな。ブレイズは魔力を十分持っているから、魔力供給を受ける必要もないし。」


 ライの宣告に、ブレイズはがっくりと肩を落とした。


「ライ、お前、そこまではっきり言わなくても…。」

「今の時点では、と言っただろう。ブレイズの魔力は封印が外れるくらいだから、三人まとめて契約していても問題ない。むしろ、封印が解けないよう多少多めに供給する必要がある。他の魔術師と契約するより、早くに力を蓄えられるだろう。そうなれば、フォン達の力だけでブレイズを守ることも可能になる。

 それに、魔界では単純に魔力の多少で強さが決まるが、人間界では魔力が少なくても優れた魔術師というのはいくらでもいる。彼らは技術と知識で、魔力不足をカバーしているんだ。ブレイズが魔力の使い方とコツを覚えれば、戦闘でフォン達の力を十二分に引き出すこともできる。

あと、ブレイズの魔力は十分すぎるほどだが、使い魔がいない状態で魔術を使ったら、魔力が多いことが一発でばれる。他の魔術師や魔物の目を欺くためにも契約は必要だ。」


 ライは続けた。


「だが、一番の目的は、ブレイズに魔力の使い方を覚えさせることだ。これまでブレイズは簡単な魔力のやりとりしかしてこなかっただろう。魔力の流れを感じ、意識的に使って顕現させるという基本的な魔術を覚えるには、使い魔がいた方が手っ取り早い。」


 ライの言葉にフォン達は頷いた。


〈わかった。ブレイズと契約することで役に立てるのなら、使い魔になるよ。〉

「いいのか!?」


 ブレイズは顔を輝かせた。


〈逆に聞くけど、ブレイズは俺達でいいのかよ?〉

「当たり前だろ!フォン、レスタ、トアがいてくれたから、俺は自分の魔力について知ることが出来たんだから。一緒に来てくれたらすごく嬉しいし、心強いさ。」

〈ブレイズ~!〉


 ブレイズの笑顔に、トアは目を一層潤ませた。その様子に、ライは表情を緩ませた。


「……なら、契約するということで、良いな。」

「ああ。」

〈うん!〉


 ブレイズと三つ子の返事を聞いて、ライは立ち上がった。近くに転がっていた木の枝を拾うと、地面にガリガリと魔法陣を書いていく。あっという間に、昨日よりも若干小さめの陣が書き上がった。


「フォン達は陣の中に、ブレイズはここに。ブレスレットを持って魔法陣のここに左手をつけ。線を消さないようにしろ。」


 言われるまま、フォン達は魔法陣の中央へと立った。ブレイズもライの隣に来て、跪いて陣の中に左手を置いた。ライもブレイズの隣に跪き、同じように右手を置いた。


「よし。始めるぞ。」


 ライの言葉と共に、温かな空気が、ピンと張りつめ始め、魔法陣が光り始めた。ライが呪文を紡ぐにつれて、空気は一層鋭さを増す。ブレイズは肌がピリピリと泡立つのを感じた。


「ブレイズ、右手を出せ。」

「え?」

「いいから、早く。」


 言われるがまま、ブレイズはライに右手を差し出した。その瞬間、ピリッと指先に痛みが走った。


「痛っ!」


 思わず手を引っ込めると、いつの間にかライの左手にはナイフが握られていた。


「何すんだよ!」

「浅く切っただけだ。血を、ブレスレットのモチーフ全部につけろ。」


 渋々、ライに従う。綺麗に磨かれていたモチーフは、ブレイズの血を吸った。


「そのまま両手を重ねろ。動かすなよ。」


 ブレイズが両手を重ねると、ライは再び呪文を唱え始めた。その瞬間、ブレイズは指先が熱くなるのを感じた。


(何だ!?さっき切られた傷口から、何か流れ出してる…!これが、俺の魔力なのか!?)


 魔力が出て行く一方で、指先の熱は次第に手全体へ、手頸へと広がっていった。魔法陣が放つ光も強くなり、中央にいるはずのフォン達の姿は光に包まれて完全に見えなくなっていた。


「……そろそろ仕上げだ。」


 ライはそう言うと、魔法陣の中央からブレイズへと直線を引いた。その瞬間、ブレイズはさっきまで魔法陣へ流れていっていた魔力が自分の手元へ―――ブレスレットへとすごい勢いで戻ってくるのがわかった。


「うわ!」

「手を離すな!」


 ライに言われて、ブレイズは衝撃で離れそうになる手を必死に抑えた。次第に、魔力の流れが弱まり、光も収まって来た。しばらくして、ブレスレットから放たれる光が、完全に消えた。


「…終わったぞ。」

「あ、ああ…。」


 ライに声をかけられるまで、ブレイズは呆然としていた。そろそろと、魔法陣から手を離した。


〈無事に成功したみたいだね。〉

「フォン!?」


 どこからともなく聞こえてきた声にブレイズは驚いた。


「このモチーフの中にいるのか?」

〈そうだぜ!〉

〈思ってたよりも居心地いいね~。〉


 かちゃかちゃと小さく鳴るモチーフを見て、ブレイズは感心した。血を付けたはずのモチーフは元の綺麗な表面に戻っていた。


「は~…。こんな感じなのか…。」

「そのブレスレットは身に着けておけ。絶対になくさないように。」

「わかってる。」


 ブレイズはすぐに左手首にブレスレットを着けた。


「よろしくな。フォン、レスタ、トア。」



◇◇◇◇◇



 そしてその日の昼前。支度を終え、ブレイズは玄関に下りた。玄関の扉を開けると、ライが既に待っていた。ゲンとフェアリも見送りに出てきている。


「体には気をつけてね。」


 フェアリがどこか寂しそうな笑顔を浮かべて言った。


「ああ。姉ちゃんも気をつけてな。」

「ここはもう危ないから家は街の方に引っ越すわ。帰ってきたらそっちにおいで。」

「うん。」


 力強く頷いたブレイズの目を見た途端、フェアリは泣き出しそうな顔になってブレイズに抱きついた。ブレイズが顔を真っ赤にして慌てる。


「ちょっと、姉ちゃん!?」


 引きはがそうとフェアリの肩に手をかけた時、耳元ですすり泣く音がして、ブレイズはそれ以上動けなくなった。ブレイズはどうすべきかしばらく迷っていたが、フェアリの背中に腕を回すと、ポンポンとあやす様に背中をさすった。


「…また心配かける事になるけど、ちゃんと帰ってくるから。」

「……絶対、帰ってきてね。」

「ああ。約束する。」


 フェアリは体を離すと、ブレイズの顔を見て言った。


「約束、破ったら食事抜きだからね。」

「それは嫌だな。」


 ブレイズは笑って答えた。

 ゲンは黙ったまま二人の様子を見ている。それを見てフェアリがゲンを促した。


「ほら、ゲンじいも。ブレイズに何か言わなくていいの?」

「特にない。言うべきことは言った。」


 その言葉に、ブレイズとフェアリは顔を見合わせて苦笑した。


「じゃあ、そろそろ出発するよ。」


 そう言うと、ブレイズは身を翻して歩き出そうとした。


「……元気でな。」


 ぽつり、とゲンが呟いた言葉に、ブレイズは動きを止めた。だが振り返ることはせず、ゲンに背を向けたままで答えた。


「…ゲンじいも、俺が帰るまでにくたばったりするなよ。」


 それから、ブレイズは小さく言った。


「行ってきます。」

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