第11話

 翌日。『ブラック・スネーク』とウェストを騎士団に引き渡した後、ブレイズ達は食堂に集まっていた。


「セラトさん、本当にありがとう。あなたのおかげで助かった。」


 ライに礼を言うと、ゲンが深々と頭を下げた。


「いえ。大したことではありません。」

「そんな…。セラトさんが助けてくれたおかげで、ブレイズも私達も命拾いしたんです。」


 フェアリが微笑んで言った。それを見て、ライが少し困ったような表情を浮かべる。


「そう言われても…。」


 気まずそうにライはため息をつくと、ブレイズ達に伝えた。


「オレの本当の名前はライ・セラフィス。冒険者をしている魔術師です。」

「え、名前、偽名だったのか?」

「ああ、ここにはブレイズ、君のことを調べるために潜りこんだ。」


 ライの言葉にブレイズ達の顔が強張ったが、ライは気にせずに続けた。


「街でブレイズとぶつかった際に、とてつもない魔力量とその緩みかけている封印のことを察知した。」

「ぶつかって…?」

「これでわかるか?」

 ライが眼鏡を外した顔を見て、ブレイズは声を上げた。

「あ!あの時の!」

「ようやく気づいたみたいだな。封印を放っておけば、今回みたいに魔力を利用しようとする魔術師や魔物から狙われるだけじゃなく、封印が解けた時に多くの魔物がブレイズの元に集まって、周囲の人たちを襲う恐れがあったからな。」

「魔物が、襲ってくるっていうのか?」


 ブレイズは青い顔をしてライに尋ねた。


「ああ。少なくとも、近くの街にも被害が出るだろうと思われた。そういう災害が起こるのはオレも避けたいからな。ブレイズに近づけて尚且つ見張れる方法がクファルトス王国の騎士見習いになることだった。」

「そういうことだったのか…。」


 呆然としてブレイズは呟いた。


「ところで、昨日魔術師が言っていた話、どこからお聞きになりましたか?」

「ほとんど最初から、でしょうか。」

「そうですか…。」


 何か考えるようなフェアリの様子に、ライは言った。


「ご心配なさらずとも、オレは彼のことを口外するつもりはありません。」

「いえ、そうじゃないんです。」


 怪訝な顔をしたライに、ゲンが言った。


「少し話を聞いてもらってもよろしいですかな。魔術師としてのあなたの意見も伺いたいのです。」

「わかりました。」


 ライの返事に、ゲンは安心したように息をつき、正面に座るブレイズに視線を向けた。


「ブレイズ、全て話す。聞いてくれるな。」

「……当たり前だ。」


 不満げな顔をしてブレイズは言った。


「お前の両親、イェールとフレアは魔術師だった。イェールは武術に長けた子で、将来は良い騎士になると期待されていたが、何を思ったのか、当時国に唯一いた魔術師に弟子入りして、魔術を学んだ。フレアは、ロマニアの魔術師貴族の生まれで、執行官に追われてこの国まで逃げてきた。フレアが追手に襲われていた所を、イェールが助けたらしい。それがきっかけで二人は知り合い、しばらくして結婚した。その後、フェアリが生まれ、そして、ブレイズ、お前が生まれた。」


 ゲンはブレイズをしっかりと見据えた。


「お前が生まれた時、イェールもフレアもすぐにお前の魔力の高さに気付いたそうだ。だが、高すぎる魔力は時に厄介事を引き起こす。昨日のことでわかったとは思うが、イェール達はお前の魔力が他の魔術師や魔物に狙われることを恐れて、お前に封印を施した。他の者から魔力が感知出来ないよう、魔力を無理に引き出されないようにするものだ。魔力を正しく使えるよう、お前が成長してから、二人は魔術をお前に教えるつもりだった。」


 そこで、ゲンは疲れたように息をついた。


「だが、そこでロマニアの追手に見つかった。ロマニアの奴らは、お前の存在を知って、誘拐しようとしたんだ。……イェールとフレアは、お前とフェアリを守って、死んだ。」


 吐き出すように言われたゲンの言葉を、ブレイズは黙って聞いていた。


「イェール達が殺されてから、ここへ引っ越した。お前にかけられた封印は、魔力が安定する十八歳ごろには完全なものになるとイェールから聞いていた。それまではせめて人目につかない場所で、お前達を育てようと思った。本当なら正しい魔力の使い方や、魔術師から身を守る方法を教えるべきだったんだろうが、この国には魔術師がいなかった。それに、当時の俺には魔術師が信頼できなかった。……イェール達のように、お前も狙われて、殺されてしまうんじゃないかと…。だからせめて、自分の身は自分で守れるように教えてきた。魔術は教えられなくとも、武術なら俺が教えてやれる。お前が十八になって街に出た時、お前の魔力を悪用するような奴らから身を守れるように。そう思って、ずっとここで過ごしてきた。お前に魔力のことを言わなかったのは、余計な不安を抱かせたくなかったからだ。十八になれば伝えるつもりだったが…、こうなる前に話せば良かったのかもしれないな。」


 ゲンは静かに冷めたお茶をすすった。その姿が、ブレイズにはいつもより小さく見えた。



 しばらくして、じっと話を聞いていたライが、不意にブレイズに尋ねた。


「ブレイズ。君はどこで自分の魔力のことを知ったんだ?」

「え?」

「ウェストに襲われた時、君は魔力について既に知っていた様子だった。家族から教えてもらっていないのなら、どこで君はその事実を知ったんだ?」

「その、少し前に森で魔物に遭ったんだ。魔物って言っても小人みたいなサイズの奴らで、俺の魔力についても色々教えてくれたんだ。封印のことも、魔力が増えて外れかけてることも、そいつらが教えてくれた。」

「魔物が見え始めたのはいつからだ?」

「そいつらと初めて会った時だから……、三週間くらい前、かな。」


 ブレイズの答えを聞くと、ライは考え込むように口に手をあてた。フェアリが心配そうに尋ねた。


「何か、気になることでも?」

「その、彼の魔力の増え方が、少し…。」


 ライは少しためらう素振りを見せたあと、話し始めた。


「どんな人間でも魔力は成長に従って増加し、一般的に十八歳前後でその増加は止まります。増加すると言っても普通の人間の魔力は微々たるもので、大した量ではありません。ですがブレイズの場合、元々の魔力が高いためにその増加量も大きいようです。封印が外れかけたのも、魔力が増えすぎたためだと思われます。もう一度封印を施せば魔力を隠して他人が勝手に引き出すこともできなくなるでしょう。」


 それを聞いてゲンとフェアリはほっとした表情を見せた。しかし、ライは続けてこう言った。


「ですが、それは彼の魔力がこれ以上増えないと仮定したときの話です。僅かではありますが、彼の魔力は昨日より増加しているようです。魔力量が確定する年齢は個人差が大きいですし、今も魔力が増え続けているのだとしたら、封印をしてもまた外れる事が考えられます。」


 二人は息を呑んだ。ライの答えを聞いて、ブレイズは訊ねた。


「俺は、どうすればいい?」


 ブレイズの問いに、ライはまっすぐ目を見て答えた。


「魔術師に弟子入りして、魔術を学ぶことだ。魔術を学び使えるようになれば、魔力の制御方法も自ずとわかる。魔力を制御出来るようになれば、今回みたいに感情を昂らせて封印を外してしまうことも無くなるし、魔術を使えるようになれば、魔力を狙ってくる魔術師から自分の身を守ることも出来る。」


 その答えを聞いて、ゲンが戸惑ったように言った。


「だが、セラフィスさん。このクファルトスには魔術師が一人もいないんです。」


 ライが眉をしかめた。


「一人も…?それは本当ですか?」

「はい。クファルトスだけでなく、この辺りの国には魔術師がほとんどいない。イェールの師匠だった魔術師も亡くなった後は、この子達の両親が唯一の魔術師だったんです。」

「それは、まずいですね…。」


 ゲンの言葉にライが腕を抱えた。フェアリがおずおずと声をかけた。


「あの、封印だけでも、お願いできませんか?」

「ああ、わかりました。では、先にやってしまいましょう。陣を描く必要があるので、外に出て頂けませんか?」


 そう言って、ライは席を立った。ブレイズ達もライについて外に出る。


「そこに立ってくれ。今から陣を描くが、動いたりして線を消すなよ。」


 そう言うと、ライは落ちていた木の枝を拾って、ブレイズの周辺に色々と描き始めた。ブレイズが不思議そうな顔をして訊ねる。


「そんな物で描いてもいいのか?ウェストの奴は血文字だったのに。」

「陣を描くのは何でも良い。ウェストが血を使ったのは術の効果を高めて自分の魔力不足を補うためだ。」


 しばらくして、ライは陣を描き終えると、剣に触れた。


「ロベス。魔力供給を頼む。」


 すると、空気が一変して黒犬のロベスが現れた。ゲンとフェアリは目を見開いて驚いた。


「セラフィスさん、その犬は?」

「俺の使い魔のロベスです。」


 ロベスと共にブレイズの前に立つと、ライはブレイズに声をかけた。


「力を抜いて。リラックスしろ。」


 ブレイズが深呼吸すると、ライがブレイズの左胸に両手をかざした。ライが呪文を唱え始めると、魔力が陣の中に満ちていく。ブレイズは左胸に魔力が集まってくるのを感じた。


 魔力の高まりと共に、ライの青い瞳が深みを増していく。ロベスの目が赤く煌めくと、陣が眩く光った。


 光が収まると、ブレイズの左胸にバツ印の封印が刻まれていた。


 ライが軽く溜息をついてブレイズに告げた。


「終わりだ。動いていいぞ。」


 そっとブレイズは左胸の印に触れた。今まで自覚できていなかったが、自分の魔力がしっかりと自分の中に留まっているのがはっきりとわかった。


「封印は魔力が増えても大丈夫なようにしてある。」

「ありがとう。ライには世話になってばかりだな。」

「大した事じゃない。根本的な解決は出来ていないしな。」


 ライは陣の中から出ると、フェアリに声をかけた。


「すみませんが、もう一泊しても大丈夫ですか?」

「ええ、もちろんです。」

「ありがとうございます。少し疲れたので、夕食まで部屋で休ませてもらいます。」


 ライはそう言うと、館に戻って行った。その背中を見送った後、ブレイズははっと思い出した。


「あ!」

「どうしたの、ブレイズ?」

「ちょっと用事思い出したから出かけてくる!」


 その答えにフェアリは驚いた顔をした。


「何言ってるの!あなた、昨日危ない目にあったばかりでしょ!」

「大丈夫だって。ウェストもブラック・スネークの残党も全員捕まったんだから、襲ってくるやつなんか……。」

「ダメ!」


 珍しく声を荒げるフェアリの迫力に、ブレイズはたじろいだ。


「だいたい用事って何!森の中に何があるって言うの?」

「いや、魔力のことを教えてくれた魔物達に会いに行こうかと……。」

「そんなの絶対ダメに決まってるでしょ!魔力を狙われたばっかりなのに…。」

「別にフォン…あいつらは危なくないって。俺に色々教えてくれた、気のいい奴らだし。」

「そんなの、ブレイズの魔力を狙って大人しくしてただけじゃないかもしれないでしょ!」


 フェアリの過保護加減に、ブレイズも次第にイライラしてきた。


「フォン達のこと全然知らないくせにそういうこと言うなよ!」

「私はブレイズのことが心配なの!」

「落ちつけ、二人とも。」


 姉弟げんかに突入しかけたのを見かねて、ゲンがとりなした。


「俺も一緒に行く。それなら心配ないだろう。」

「ゲンじい!」

「どの道薪を拾ってくるつもりだったんだ。ついでに行けばいい。」

「でも、魔物が襲ってきたりしたらどうするの。せめて、ライさんに一緒に行ってもらったほうがいいんじゃ…。」

「部屋で休んでいるのを邪魔しては悪いだろう。それに、封印はブレイズから無理矢理魔力を取り出すのを防いでくれている。魔力を絞りとられるようなことはないはずだ。」


 ゲンの言い分に、フェアリも渋々ながら納得した。


「……何かあったら、すぐに知らせてね。」

「ああ。」


 そう答えると、ブレイズとゲンは森へと向かった。

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