第8話

ブレイズの瞳が大きく揺れる。


(父さんと母さんは、執行官から俺を守って死んだ……?)


 左胸の痣が、熱く熱を帯びる。


(こいつらが、父さんと母さんを殺した…!)


 そう思った瞬間、左胸がドクンと大きく脈打った。


「お前らが―――っ!」


 叫んだ瞬間、心臓から熱い物が一気に流れ出てくる感覚がした。それと同時に、魔術をかけられ脱力していたブレイズの体に力が戻って来た。瞳は赤く、髪の毛は黄金色に変化した。

 急激な魔力の上昇を感じて、ウェストは驚いた、


「何!?」


 ブレイズは立ちあがるとすぐにウェストに殴りかかった。だが、横から入って来たブラックに邪魔された。


「退け!」

「退く訳ないだろ。お前に思い知らせるためにこいつの話に乗ったんだからな。」


 そう言って、ブラックはブレイズの拳を掴んだまま、反対の手で鳩尾を叩こうとした。ブレイズはその手頸を上から押さえるように掴むと、ブラックの顎を蹴りあげた。ブラックは思わず手を離し、ふらついた。ブレイズが間髪いれずにパンチを入れようとしたが、ブラックはブレイズの服を掴んで頭突きを見舞った。ブレイズが怯んだ隙に、頭に蹴りを入れる。ブレイズは腕でガードしたが、ガードごと蹴り飛ばされ、壁際に置いてあった小さなテーブルに激突した。


「がっ!」


ブレイズは派手な音を立ててテーブルごと床に倒れ、頭を強く打ってふらついた。テーブルの引きだしに入っていた物が床一面に散らばる。目を回しながらも立ち上がろうとした時、フェアリの悲鳴が聞こえた。


「きゃあ!」


 ハッとして振り向いた瞬間、ブレイズの体に煙がまとわりついて来た。慌てて逃れようとしたが、煙は生き物のように動き、あっという間にブレイズを捕えてしまった。


「何だ、これ!」

「大人しくしろ。家族がどうなってもいいのか。」


 もがくブレイズにウェストは警告した。フェアリの喉元にナイフが突き付けられている。ブレイズは唇を噛んでウェストを睨みつけた。ブレイズをブラックが抑える。


「僅かとは言え、魔力を解放するとは…。最初から縛っておけば良かったな。」


 ウェストは盗賊にフェアリを任せると、ブレイズの正面に来て言った。


「両親だけでなく、姉や祖父も自分のせいで死なせる気か?」


 その言葉にブレイズの表情が強張った。


「……俺のせいじゃない。」


 睨みつけるように言ったが、その言葉にはさっき程の気迫は感じられなかった。ウェストが毒を流し込むように、ブレイズに囁く。


「君のせいだ。君がいなければ、両親が死ぬことも無かったし、今のように家族を危険にさらすこともなかっただろう。」

「…違う、俺のせいじゃない……。」

「本当にそう思うのか?心のどこかで、自分のせいで両親を死なせてしまったと、わかっているんじゃないのか?」

「…うるさい……。」

「否定しても、君のせいである事は間違いない。君が生まれたばかりに、何人もの人を不幸にしているんだ。」

「そんなこと、ない……。」

「これから先だって、例え生きていてもその魔力が原因で様々な災いを引き起こすだろう。」


 そう言うと、ウェストはブレイズの目を覗き込んで行った。


「君は、生まれてこなければ良かった人間だ。」


 ウェストのガラス玉の様な瞳に、ブレイズはのみ込まれていた。ウェストに告げられた瞬間、完全に戦意を削がれ、呆然としてその場に座りこんでしまった。

 それを見てウェストは満足そうに頷くと、懐から装飾された剣を取り出した。


「何をする気だ!?」

「何って儀式に決まっているだろう。」


 ゲンを嘲笑うと、ウェストは自分の指先を軽く切って、部屋の中心に血文字を描き始めた。複雑怪奇な文様があっという間に出来上がる。そして、ブレイズをその中心に座らせると、ブレイズのシャツを切り裂いて彼の左胸に手を当てた。

 ブレイズの左胸にあったはずのバツ印の痣は、跡形もなく消えていた。それを見てゲンとフェアリが驚く。


「封印が、解けてる!?」

「やはり、先程の魔力解放で完全に外れたか…。まあ、その方がこちらも都合が良い。」


 ウェストはそう言うと、短剣をブレイズの前にかざした。それを見て、ゲンが青い顔をして叫んだ。


「貴様、まさかブレイズを生贄にするつもりか!?」

「当然だ。こんなに魔力の多い人材を放っておく馬鹿はいない。」

「ふざけるな!ブレイズを殺す気か!」

「殺しはしないさ。死ぬまでずっと、ロマニアの魔力庫として使ってやる。」


 ニイッと恐ろしげな顔で笑うと、ウェストはブレイズに向き直った。ふと、薄く笑って呆然としたままのブレイズに話しかけた。


「この儀式で君は呪われた運命から解放される…。母親の故郷であるロマニアの発展に貢献できるのだから、誇りに思うと良いさ……。」


 ウェストが魔力を込めようとした時だった。


 ゆらり、と館の蝋燭の火が一斉に揺らめいて消えた。館の中は完全な闇に包まれた。


「な、何だ!?」

「おい。明かりを付けろ!」

「は、はい!」


 慌てて盗賊たちが火を灯そうとするが、全くつかない。


「あれ、何でだ?」


 盗賊たちの間にざわめきと共にかすかな不安が広まる。その瞬間、悲鳴が上がった。


「ぎゃあー!」

「うわあっ!」

「どうした!?」

「き、斬られた!」

「おい、何が起こってる!?」


 ウェストが慌てて訊ねたが、混乱した盗賊たちの声に消されて誰の耳にも届いていない。怒鳴ろうとした時、ウェストの前を何かが横切った。その気配に、ウェストは驚愕した。


(まさか…!)


 慌てて魔術で館の蝋燭に明かりを灯した。ふわ、と部屋の様子が見渡せるようになる。


 いつの間にか、ウェストの目の前に居たはずのブレイズがいなくなっていた。盗賊達の方を見ると、ゲンもフェアリもいない。その代わり、彼らの近くにいた盗賊達が、手首から血を流していた。


 ウェストはさっきの気配を追って、館の奥の方へと目を向けた。そして、ブレイズ達三人の他に、別の人間がいるのを見つけた。


「貴様、何者だ!?」


 ウェストの咆哮に、盗賊達もそちらへと目を向ける。

 長い黒髪を翻して、ライが振り返った。


「今夜ここに泊まっていただけの見習い騎士だ。」

「ただの見習い騎士だと!?ふざけるな!」


 ウェストが怒り狂って叫び、ライを指差した。


「貴様、魔術師だろう!?何故こんな所にいる!?」

「貴様も魔術師なら、俺が魔術師かどうかなんて、わざわざ聞かずともわかるだろう。」


 ライは呆れたように言いながら、ブレイズを捕らえていた縄を剣で乱暴に切った。暗闇の中で斬った盗賊の血が剣を伝って床を濡らす。それを見てブレイズが不思議そうな顔で訊ねた。


「何でお前がここに…逃げたんじゃなかったのか?それに、魔術師って…?」

「こいつらの気配を感じてバルコニーから外に脱出はしたが、逃げてはいない。外の見張りを戦闘不能にして色々準備した後、隠れて隙を窺っていた。…魔術師云々の話は後だ。」


 それを聞いてフェアリが驚いた。


「窓から脱出って…三階から降りたんですか?」

「ええ。別にあれ位の高さ、何て事ありませんから。」


 十メートル以上の高さを何て事ないと評すると、ライはブレイズの目を覗き込んだ。そして少し眉を寄せる。


「戦意喪失の暗示か…。目を閉じろ。」

「え?」

「いいから早く。」


 ライに急かされ、ブレイズは目を閉じた。ライの手が瞼の上に重ねられると、そこからジワリと暖かい魔力が染み込んで来るのがわかった。それと同時に、ウェストがかけていた魔術が解け、ブレイズは気力が回復するのを感じた。魔術を解きながらライはゲンに声をかけた。


「今から少し暴れますが、構いませんか?」

「構わない。あいつらを捕まえてくれ。」


 ゲンが力強く頷くと、ライも頷き返した。


「では、皆さんは外に避難していて下さい。」


 ブレイズにかけられた魔術を解き終わり、ライは盗賊達に向かい合った。


「待て。俺もやる。」


 ブレイズが立ち上がりながら言った。


「ブレイズ!」


 フェアリが呼びとめたが、ブレイズはもう目の前の敵に集中していた。それを見て、ゲンがブレイズに言った。


「お前も好きにやれ。」

「さんきゅー、ゲンじい。」


 ブレイズは二イッと笑った。


「無茶、しないでね。」


 心配そうに言うフェアリにも笑いかける。


「大丈夫だって。早く外に出とけよ。」


 二人が出て行くのを見送ると、ライがブレイズを一瞥して言った。


「無理はするな。」

「大丈夫だ。さっきは姉貴達に気を取られたけど、今度はやられない。」


 意気込むブレイズの言葉に、ライは軽く息を吐いて言った。


「捕まったりして足を引っ張るのだけは止めてくれよ。」

「誰がそんなヘマやるか。」


 二人が、盗賊達と向かい合った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る