第7話

 夜遅く。リンゴーン、と玄関のチャイムが鳴った。


(こんな時間に誰だ?)


 ブレイズは不審に思いながらもベッドから出て一階へと向かった。二階に降りると、フェアリが眠そうな目をこすりながら自分の部屋から出てきた。


「ふあ…。こんな遅くに一体誰かしら…。」

「姉ちゃんは戻ってなって。俺が出るよ。」


 そう言うと、ブレイズは玄関に向かった。扉を閉めたまま、玄関の向こうにいるはずの訪問者に声をかける。


「はい。どちら様?」

「すみません。旅の者ですが、道に迷ってしまって…。泊めて頂けませんか?」


 男の声にブレイズは警戒した。盗賊が押し入るのによく使う手口だ。


「……こんな遅くまで何してたんだ。」

「旅に出たばかりで勝手がわからなくて…。街を出てから今まで道に迷っていたんです……。」


 その声を聞いて、ブレイズは扉に付けられた覗き窓から相手を確認した。マントを羽織った神経質そうな男が一人、心細そうに立っている。どう見ても盗賊には見えない。周囲にも他に人影が見えなかった。


「ちょっと待ってろ。今開ける。」


 ブレイズは声をかけると、扉にかけてあった閂を外した。扉を開け、男を中に招き入れる。


「どうぞ。もう真夜中だから、食事は出せないけど。」

「いえ、お構いなく。入れてもらえただけで十分ですよ。少年君。」


 そう言うと、男はにやり、と笑った。男の不気味な表情にブレイズがぞっと寒気を感じた瞬間、男はブレイズの目の前に掌をかざした。その途端、ブレイズは全身から力が抜けた。何が起こっているかわからないまま、ばたん、と大きな音を立てて床に崩れ落ちた。


「な…!?」

「ブレイズ!」


 フェアリが叫んでブレイズの側に駆け寄ろうとした瞬間、男は言った。


「あの女を抑えてくれ。」


 すると、今まで誰もいなかったはずの男の後ろから、何人もの男達が現れた。男達はそれぞれ手に剣や銃を持っている。それを見た瞬間、ブレイズとフェアリは青ざめた。


「盗賊!?」

「姉ちゃん、逃げろ!」


 ブレイズの言葉を聞いて、フェアリは息を呑んだ。


「でも…!」

「早く!」


 フェアリは泣き出しそうな顔で必死に叫ぶブレイズを見ると、奥の勝手口へと走って行った。

嘲るように、盗賊の一人が言った。


「おいおい逃げるのかよ。薄情だな。…お前ら、あの女追うついでに上も見て来い。」


 盗賊の頭領らしき大男が支持を出すと、男達はあっという間に館の中に散って行った。


「邪魔されないようにしてくれよ。」

「大丈夫。心配ご無用だ。」


 大男がマントの男に向かって、にいっ、と笑って言った。ブレイズは力の入らない体を必死に動かして、男達の顔を見た。走っていく盗賊の中に、一週間程前に見た小太りな男と細身の男を見つけ驚いた。


「お前ら、まさか『ブラック・スネーク』!?」

「は。覚えてくれてたみたいだな。」


 そう言って、大男がブレイズの前に屈みこむ。


「どうも。部下が世話になったな。俺が『ブラック・スネーク』頭領のサミュエル・ブラックだ。」


 ブラックはブレイズの頭を乱暴に掴みあげると、忌々しそうに言った。


「全く、こんなガキに二十人も務所送りになるとはな…。お前のせいで『ブラック・スネーク』はいい笑い者だ。」


 ブレイズは痛みに顔をしかめたが、ブラックを見もせず、側に立つマントの男に目をやった。


「『ブラック・スネーク』の頭領ね……。そこのマントのおっさんは、盗賊じゃないだろ?俺に報復するためにそいつに泣きついたのか?」


 馬鹿にしたブレイズの言い方に、ブラックは表情こそ変えなかったものの頭を掴む手に力を入れた。


「おい、口のきき方に気をつけろ。自分の立場はわかっているんだろ?」

「ぐ……。」

「あまり苛めないでくれ。しばらくは俺のものになるんだから。」


 マントの男がそう言うと、ブラックは舌打ちをして乱暴に手を離した。ブレイズは支えを失い、顔面を床にぶつけた。


「っ!」


 ブレイズが呻いていると、どたばたと騒がしい音がして四方に散っていた盗賊たちが戻って来た。勝手口のある台所の方からはフェアリとゲンが後ろ手に手を掴まれ、盗賊たちに引きずられるように連れられて来た。二人とも抵抗していたらしく、ゲンは息が切れていたし、フェアリも口の端から血を流していた。二階から降りてきた盗賊たちは誰も連れておらず、金目の物を持ってきていた。


「これで全員か?」

「はい、上には誰もいませんでした。」


 その言葉にブレイズはほっとした。


(ライの奴、騒ぎに気付いて隠れたか…。ここから逃げ出していれば騎士団の応援を呼んで来てくれるはず…。)


 フェアリがマントの男をキッと睨みつけた。その視線に気付き、男は唇をゆがめた。


「お前がフェアリ・イストラルか…。髪の色は違えども、本当にフレア・ラピズに生き写しだな。」


 男のその台詞を聞いた瞬間、ゲンが目を見開いた。


「貴様、ロマニアの執行官か!」

「ご明察の通り。俺はスティーブン・ウェスト。ロマニア国の執行官だ。」

「ロマニア…?執行官って…?」


 聞き慣れない言葉にブレイズが眉を寄せた。事情をわかっていないブレイズを見て、ウェストが馬鹿にした様子で言う。


「君の母親の故郷だよ。何も知らないのか?」

「母さんの?」


 眉を寄せたままのブレイズに、ウェストが呆れた表情を作った。


「知らないとは…。本当に箱入り坊ちゃんだな。」


 ブレイズはムッとしたが、何も言い返せなかった。


「まあいい。せっかくだから説明してあげよう。ブレイズ、君は自分の両親が魔術師であったことぐらいは知っているよな。」

「父さんと母さんが、魔術師?」


 ブレイズは思いがけない事実に衝撃を受けた。


「ゲンじい、本当なのか?」

「………ああ。」


 ゲンが渋々頷いた隣で、フェアリが顔を背けた。その様子から、知らなかったのは自分だけだとわかった。


「………自分の親のことも知らされていないのか。」


 ウェストは何処か憐れむような目でブレイズを見た。


「君の母親、フレア・ラピズはロマニア国のとある魔術師の家の生まれで、今から二十年以上前に魔術師狩りで国を追われてクファルトス王国に逃げてきた。」

「魔術師狩り?」

「魔術師を異端として駆逐することだ。ロマニア国では三十年ほど前に魔術師による大きな事件が起こって、法律で国に仕えていない魔術師は拘束・処刑することが定められた。」

「何だよ、それ?別に魔術師全員が事件に関わったわけじゃないんだろ?」

「その通り。しかし、国民達は事件をきっかけにして魔術師に非常に強い恐れを抱いたから、この法律を批判する人は誰もいなかった。法律が制定されると、国から逃げた魔術師を処刑する為に『執行官』と呼ばれる者達が世界中に散らばった。俺もその一人だ。」


 ウェストの説明にゲンは怒りを露わにして言った。


「何が『執行官』だ!ただの殺戮集団のくせに。それに魔術を否定しておきながら自分達の魔術使用は棚に上げる姿勢も気に食わん!」

「それは仕方ない。魔術師には魔術で対抗するしか手が無いのだから。」


 ウェストが見下して言った。


「ま、それは置いといて…。十七年前、フレア・ラピズがこの国に逃げ込んだ事を突きとめた執行官は、彼女を処刑しようとしたが、魔術師である夫のイェール・イストラルに阻まれて失敗した。その時、執行官は面白い物を見つけて、国に報告した…。何かわかるか?」


 十七年前という年に、ブレイズはハッとした。


「まさか…。」

「そう、君だ。」


 ウェストは不気味な笑いを浮かべた。


「金髪赤眼の子供…。ラピズ家に限らず、魔術の名門の家には金髪赤眼の子は生まれつき魔力が高いという言い伝えがある。ほとんどそういう子供は生まれないから、眉唾ものの迷信だと思われていたが、君の誕生で言い伝えが事実だとわかった。ロマニアの発展のため、強大な魔力はぜひとも欲しい…。そこで、執行官達にはフレア・ラピズと共に、君を捕獲・連行する指令が出された。」


 そこまで話すと、ウェストは額に手を触れた。


「だが、彼女もまた優れた魔術師だったから、君の存在が知られた後すぐさま夫と共に魔力に封印をかけて察知できないようにした…。おかげでしばらくの間見つける事が出来なかった。しかし、発見から三年立った時に再び見つける事が出来た。」

「え?」


 その時系列の流れに、ブレイズは固まった。


(今から十四年前って…。)


 左胸の痣が、疼いた。紅い瞳が、胸騒ぎを感じて揺れ動く。


(その年は確か、盗賊に襲われて、父さんと母さんが殺された年…。)

「街外れに住んでいた君達を襲撃してフレア・ラピズとイェール・イストラルに重傷を負わせたところまでは良かったが、二人が防護壁を発動させて君とフェアリ・イストラルを閉じ込めて…。」

「止めて!それ以上言わないで!」


 黙って聞いていたフェアリが叫んだ。ぼろぼろと涙をこぼしながら、ウェストに訴える。


「お願い…。これ以上、言わないで……。思い出したくない…。」

「…ねえ、ちゃん……。」


 泣き崩れるフェアリ、呆然としているブレイズ、沈黙しているゲンをウェストはしばらく観察していたが、ああ、と合点がいった様子で口を開いた。


「両親の死に様すら教えていないのか。なら、教えてやる。」

「ブレイズ!聞かないでいい!」

「君の両親は――」

「ブレイズ!」


 フェアリの制止も聞かず、ブレイズはじっとウェストの顔を見ていた。


「君を守るため、執行官五人を道連れにして死んだのだよ。」

 


 ウェストの言葉が、やけに大きく聞こえた。


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