第6話

 数日後の午後、ブレイズが休憩のため自前の訓練場から戻ってくると、真新しい騎士見習いの装備を身に付けた長髪の人物がフェアリと話しているのを見かけた。見たことのないその後ろ姿にブレイズは一瞬声を掛けるべきか迷ったが、ブレイズに気づいたフェアリが手招きした。フェアリの視線に釣られ、その人物はブレイズの方を振り返った。


「ブレイズ。こちら、騎士団見習いで新しく入ってきたライオネル・セラトさん。」


 フェアリから紹介されたのは、眼鏡をかけ青く澄んだ瞳に整った顔をしており、街の娘達が見れば黄色い声を上げそうな容姿だった。鋭い目つきで一見冷たそうな印象に見えるが、にこりと微笑むと穏やかで知的な印象に変わった。


「初めまして。ライオネル・セラトと申します。」

「初めまして、ブレイズ・イストラル、クファルトス王国の騎士見習いです。」


 ライオネルとブレイズは握手した。


「ライオネルさんは今まで傭兵をしていたんですって。即戦力でも問題ないって採用担当者のお墨付きよ。」

「え、それなら本採用でも良かっただろうに。何で見習い騎士で採用されたんですか?」

「本採用は私から辞退したんです。傭兵業で腕を鍛えたとはいえ、剣術は我流ですし、騎士団での連携や業務には不慣れなもので。一度基礎から学ばせてほしいと採用の際にお願いしたんです。」


 ライオネルは謙遜するように言った。腕に自信がある傭兵にしては珍しく殊勝な態度にブレイズは感心した。


「へえ。傭兵上がりの騎士って横柄な奴が多いのに…。」

「ちょっと、ブレイズ!ライオネルさんに失礼よ。」


 慌ててフェアリが窘めるが、ライオネルは笑って流した。


「確かに傭兵にはそんな人が多いかもしれませんね。」

「すみません、口の悪い弟で…。」

「いえ、気にしてませんよ。ところで、お二人はご姉弟なんですね。」

「はい。それと、騎士団のゲン・イストラル顧問は私達の祖父なんです。宿舎の管理は家族でやっているんですよ。」

「そうなんですね。ではしばらくの間、お世話になります。」


 頭を下げたライオネルに、ブレイズははた、と気づいて尋ねた。


「あれ、ここの宿舎に泊まるんですか?」

「ええ。採用が決まってから下宿先を探したんですが、あまり良い所がなかったんです。下宿先が決まるまでの間、こちらに泊まって良いと採用担当の方から言っていただきました。」

「ということで、ブレイズ、ライオネルさんを部屋に案内してもらえる?それと、宿舎のルールの説明もお願いね。」

「え~!それ姉貴の仕事だろ?何で俺が…。」

「私は夕食の準備があるし。ブレイズは謹慎中なんだから、どうせ暇でしょ?」

「うぐっ!」


 容赦ない姉の言葉がブレイズに刺さった。ライオネルはきょとんとして呟いた。


「謹慎中…?」

「ええ。この子、盗賊団のアジトに一人で乗り込んで好き放題暴れて、一カ月の謹慎中なんです。」

「ちゃんとメンバーは捕縛したって言ってるだろ!」

「自分勝手に動いたのが駄目だってゲンじいからも言われたでしょ!」


 口喧嘩を始めたフェアリとブレイズに、ライオネルは呆気にとられた。だが、騎士見習いの訓練を見ていたゲンが大声で二人を怒鳴りつけた。


「何を喧嘩しとるか!」


 びくり、と二人そろって肩をすくめる。姉弟のそっくりな様子にライオネルは苦笑した。フェアリは恥ずかしそうに頬を染めた。


「すみません…。お見苦しい所をお見せしました…。」

「いえ…。案内をお願いできますか?」

「はい…。」


 ブレイズは返事をすると、ライオネルと共に宿舎の中へ入った。


「一階は玄関から入って左側に食堂、洗濯場、医務室、右側に俺達の部屋がそれぞれあります。食事は三食付いてて、朝は七時、昼は十二時、夜は十八時、昼は街から通ってきている騎士見習いの人たちも一緒に取ります。あ、朝と夜は多分有料になるけど、大丈夫ですか?」

「はい。あの、よければ敬語でなくても構いませんよ。」

「でも、ライオネルさん年上でしょう?騎士団は年功序列が厳しいから…。」

「今は同じ見習い騎士なんですから、気にしなくて良いですよ。それに年上と言っても少し上くらいでしょうし、見習い騎士の同期になるんですから。」

「ライオネルさん、何歳なんですか?」

「二十歳です。ブレイズさんは?」

「俺は十七です。」

「じゃあ、お互いため口にしよう。流石に訓練時は敬語でないといけないと思うけど、オフの時くらいは気を抜いて良いと思うよ。あと、オレのことはライって呼んでほしい。」


 にこやかに提案してきたライに、ブレイズは安心して息をついた。


「わかったよ、ライ。なら、俺のことも呼び捨てで呼んでくれ。」

「ああ、よろしく。ブレイズ。」

「じゃあ、泊る部屋に案内するよ。二階と三階を宿泊用にしてるけど、どこが良い?」

「三階の角部屋が良いな。」

「わかった。」


 階段を昇りながら二人は雑談を続けた。


「ライは何でクファルトスの騎士団に入ったんだ?」

「元々オレは旅をしながら傭兵をしてたんだが、あちこちを転々とする生活に飽きていてね。どこかの騎士団か用心棒で雇ってもらえないかと探してた時に、ここの募集を見つけたんだ。」

「へえ。旅しながら傭兵か~。何だか面白そうだな。」

「確かに最初の頃は知らない土地に行って色々な経験をして楽しかったが、傭兵の仕事は雇主によって当たり外れが酷いんだ。」

「そう聞くと一長一短って感じだな。…あ、部屋はここだ。」


 ブレイズは三階の東側の角部屋の扉を開けた。ライは持っていた荷物をベッドの脇に置くと、部屋の中をきょろきょろと見回した。


「見習い騎士の宿舎とは思えないな。建物自体も立派だったし、ここは貴族の屋敷とかだったのか?」

「ああ、先々代の国王の住居だったのを改修したらしい。」

「こんな所に泊まれるなんて、クファルトスの見習い騎士は恵まれているな。」


 ライはバルコニーに続く窓を開け、景色を眺めた。


「泊るのは訓練の最初の頃だけだ。街の方が便利だから、皆下宿先とか見つけ次第出ていくし。」

「それなら、普段はブレイズ達家族だけが住んでいるのか?」

「ああ。」

「ここは色々不便じゃないか?買い物に行くにも、見習い騎士が訓練のために通うのも、徒歩では難しい距離だろう。」

「買い物は通いの見習い騎士に依頼してるんだ。足りなければ自分達でも買いに行くし。見習い騎士は体力づくりの一環になるってことで走って通わせてる。」

「走って…。」


 ライはちょっと呆れたような表情を浮かべた。


「歩きで一時間くらいの距離だから、大した距離じゃないぞ。準備運動レベルだ。」

「そうか…。」

「訓練のスケジュールは聞いたか?」

「ああ。午前はここで基礎訓練、午後は街に移動して巡回業務などの実地研修だと聞いたよ。訓練は明日から参加するように指示を受けている。」

「なら今日は案内だけで終わりだな。」

「自主訓練は訓練場を使っても良いのか?」

「誰かが使ってなければ良いよ。時々若手騎士の訓練とかがあるから、そういう時は避けるようにして。」

「ブレイズはどこで訓練しているんだ?その、今は、謹慎中なんだろう?」


 ライはブレイズに遠慮するように尋ねてきた。


「あ~…ここから少し離れた所に自作の訓練場があるんだ。そこで訓練してる。」

「へえ。そんな所があるのか。」

「…言っておくけど、場所は教えないからな。」

「何だ、残念。」


 冗談めかして言ったライにブレイズも笑った。


「それじゃ、夕食が出来たら呼びに来るから、ゆっくりしてたら。」

「ああ、そうさせてもらうよ。」


 その言葉を聞いて、ブレイズは部屋を出て行った。



 夕食まで時間があったため、ブレイズは自主訓練場へと足を運び、いつも通りフォン達に魔力を与えていた。


〈あ~、あったか~い…。〉

〈ブレイズの魔力は本当に気持ちいいな。〉

〈ところでブレイズ、魔術師とか他の魔物とかに会ったりしてないよね?〉

「あー大丈夫だと思う。街で変なこと聞かれたけど、誤魔化したし。」

〈変なことって?〉

「この辺で化け物見なかったか、とか。」


 ブレイズの言葉にフォンは飛び上がった。


〈何それ!?そいつまさか魔術師じゃないよね?〉

「わ、わかんねえよ。ぶつかっただけだし、すぐに離れたから…。」

〈気を着けなきゃダメだよ!ブレイズの魔力のこと、悪い奴に知られたら大変なことになるんだから!〉

「わかってるよ。気を付けるって。」


 きゃいきゃいと言うフォンにブレイズは気圧されながらも頷いた。

 その様子を、ライが樹の陰から見ていたことに気づかないまま。

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