第15話 ライク村の落とし前①

【語り手:イザリヤ】


 クレスを出て、クリムゾンの脚力で7日。

 あと1日もあればラクーンデス王国ピントの町に着くのだが。

 退屈なのは何とかならんものか。

 わたしにはレイズエルのやっている「超瞑想」などという趣味はない。

 いや、普通の瞑想ならするが、レイズエルのやっている熱せられた針の山の上で、ピクリとも動かず長時間瞑想をする趣味はない。

 誰だってないと思うが。

 しかもレイズエルは、こんなぬるい苦行じゃなまっちゃう、と言う。

 ガクガクゆさぶって瞑想から覚まし―――針が刺さっていたが知った事か、本人の文句もなかったし―――暇だと訴えた結果、私好みの本を量産してから苦行に戻ったので良しとしよう。

 ちなみに戦史、戦略、政治などの本である。


 そんなことをやりつつ、あと1日でピントの町の位置まで来たのだが。

 そこには清涼な空気をまく大瀑布と実に寝心地良さそうな芝生があったのだ。

「寄って行くよね?」

「滝行は私が寝てる間だけにしろよ?お前は滝行目当てだろう?」

「さすがイザリヤ、よく分かってるね」

「わからいでか」


 そして気持ちよく芝生に寝転んでいると、ドドドドド、という足音が地面を通じて伝わってきた。滝の音とは違う。レイズエルももう気付いているようだな。

「何か来るね」

 着替えてきたレイズエルが、起き上がったわたしに並ぶ。


 やって来たのは数百体のトロールだった。


【語り手:レイズエル】


 普通の冒険者なら絶望する光景だろう。

 が、私とイザリヤ相手にトロール数百体(324体)じゃあね

 せめて数千体来たら危機感もわくのだけど。

「『戦技:千剣百華』!!」

 イザリヤが対多数用の、数百体相手なら致命的な戦技を放つ。

 これでトロールの大半が致命傷を負ったが、トロールなので回復の兆候を見せる。

 そこで回復不能の効果のある「『教え:血族毒:再生阻害 拡大×324』」を私が血の麦で回復しながらも放ったことで、趨勢は喫した。

 トロール達の死体は気持ちいい芝生を汚染して横たわっている。

 死後も迷惑なんてなんて奴らだろう。


 さて、これが自然現象の訳はない。

 付近には気配がないが、必ず仕掛け人がいるはずである。

 ピントの町に急ぐとしましょうか。


 で、目の前の光景である。

 場所はピントの町のど真ん中。

 領主館の真ん前という大胆ぶり。

 目の前には大きなクレーターができていた。なかなかのものである。

 クレーターを作ったのは、私たちの基準でも屈強な戦士と思しき武闘着姿の青年の拳を超剣で受け止めたイザリヤの足である。

 青年はオリハルコン製の超剣を殴って出血しているが、それでも追い打ちとばかりに連撃をイザリヤにかけている。

 そこそこいい勝負―――と思っていた私の前に新手が現れた。


 それは自分の周囲に8本の剣を浮かべた青年だった。

「お嬢さんは私の相手をしてもらえませんか?」

 そう言って8本の剣を同時に私に向ける青年。

 いいでしょう。多少情報も引き出せるといいな。


【語り手:イザリヤ】


 わたしは久しぶりに手ごたえのある攻撃を捌きながら、歓喜していた。

 だが惜しい!もっと育った状態で出会いたかった。

 私は拳を捌くのを止め、武器をオリハルコンのレイピアの双剣に持ち替える。

 レイピアは刺突剣だ。相手の拳を全て突いていく。

 だが相手はバーサーク―――狂戦士化しているらしく、それでも止まらない。

 バーサークには理性を無くし、痛覚を無効にするという作用があるのだ。

 拳を使い物にならなくし―――ぐちゃぐちゃだ、あまり正視したいものではない―――心臓を貫いたところで青年はようやく膝をついた。

 心臓の傷は塞がりかけている、なかなかの生命力だ。

「完敗だ………色彩花刃・黄の観測者共が逃げようとか言いだすはずだぜ」

 色彩花刃・黄は、確かライク村でレイズエルが行った蘇生を感知した連中のはず。

 わたしたちを捕らえるか殺すか知らないが、指示したか上奏したのもそいつらだろうことは、想像に難くない。

 それが、逃げる?認められるかそんなもの。

「おい、負けを認めているようだから命は助けてやる。何なら拳も再生させてやる」

 青年の目が輝いた。

 主に拳の再生という言葉に食いついたようだ。

「………対価は何だよ?」

「物分かりが良くて助かる。色彩花刃・黄の連中が逃げそうな場所を教えろ」

「俺の心当たりでいいならな」

「ないよりマシだ」

「はは………そりゃどうも。心当たりは………」


 青年ことガレンと情報と名前を交換したわたしは、レイズエルを待ちに入る。

 あいつの事だから、早いとは思うのだが。


【語り手:レイズエル】


 私はやや苦戦していた。

 なにしろ8方から剣が飛んでくるのである。

 だが1度たりとして私には当たっていない。

 『絶対能力:未来予知』の効果だった。

 もちろん予知したものをかわさないといけなかったので、私はそれなりに忙しい。

「くそっ!なぜ当たらないんだ!」

 焦った敵がコントロールを直線的にしたので私は楽になった。

 と、同時に反撃のチャンスが発生する。

「『最上級:水属性:ダイヤモンドダスト』!!」

 男は全身を苛む痛みに叫び、口から入ってくるダイヤモンドダストに血を吐く。

 私は男に触れ『絶対能力:マインドリーディング』を発動させる。

 すると混乱した思考の中に色彩花刃・黄の観測者たちの情報があった。

 逃げようとしている?

 私を観測して告発したから、復讐を恐れているのね。

 許されるはずがないでしょうに。

 とりあえず男の思考から、逃げそうな場所はピックアップさせてもらった。

 これぐらいは軽いものよ。

 それよりいまだもだえ苦しんでいる8剣使いの男を楽にしてやるべきだろう。

 よほど自信があったのか、ダイヤモンドダストをもろに喰らい苦しんでいるのだ。

 私は男の武器であった剣を、男の心臓に突き刺してやった。

 男は死んだ。

 マインドリーディングが途切れたので確信したのだ。

 さあ、イザリヤの所に戻らないと。


 戻ってみるとイザリヤは、敵だった男と何やら談笑していた。

 なになに、拳の硬質化のさせ方、ねえ………

「あら、仲良くなったの?」

「そっちは………殺してきたのか?」

「厄介な相手だったからね」

「俺たちから喧嘩を吹っ掛けたんだ、仕方ねえよ」

「コイツはガレン。いいやつだぞ」

 私とガレンは握手した。

 確かに後に引かない、いい男かもしれない。

 言っておくけど私が敵の男を殺したのは向こうが確実に殺すつもりだったからだからね。マインドリーディングで読んだ。

 イザリヤは得な性格をしているわ。


【語り手:イザリヤ】

 ガレンと別れてピントの町を夕方に出立した。

 目指すはクリムゾンでも4日かかる、ラクーンデス王国の首都ルーディド。

 そこに色彩花刃の他のメンバーの根城が教会の地下にあるそうだ。

 これはレイズエルの情報だ。

 マインドリーディングは怖いな、私でも塞げない。

 外にいるときのあいつは全世界の人間にそれを仕掛けているのだから恐れ入る。


 ルーディドに行く道筋には、普通の旅人に配慮してだろうか、普通の兵士しか襲って来なかった。単純に向うのリソース不足とも考えられるが。

 まあとにかく、クリムゾンにも何とかできる質の連中しか襲って来なかった。

 まぁ、クリムゾンも普通、強い部類に入るんだ。

 質不足ではないのかもな。

 何だか魔法使いの集団も撃退したようだし。


 とにかくクリムゾンとコンテナハウスで私たちは目立つ。

 殴り込みをかける心持ちで行かないとな。


 そしてルーディドの手前まで来た時。

「これ以上はクリムゾンでは捌けないでしょう、森に置いていこう」

 レイズエルの提案で森に馬車を隠した。

「賛成だ、手ごわい敵が出たらいいな」

「私は根性のない敵でいいよ………」


【語り手:レイズエル】

 「手ごわい敵」が出た。

 私たちは神殿の地下に続く階段を駆け下りていた。

 地下に続く部分の神殿を守る敵を軽く蹴散らして―――間違えて衛兵まで蹴散らしたけど―――あとは色彩花刃・黄と白をとっ捕まえるだけという時。

 まあ黄は逃げたかもしれないけど、白は神官だからここからは逃げられないはず。

 ここに来た理由は、黄に天誅を下す為と、白を捕まえて神を呼ぶ事だからね。

 白が神殿から動く気がないのは都合がいい。


 だけどそこに行くまでに、酷く厄介な敵がいた。

 最初は敵とは分からなかった。

 階段の底に、薄紫のドレスを着た淑女が立っていたのだ。

 足は床に釘で戒められている。

 その釘を無理やり引き抜きながら淑女は私たち目がけて動いた。

 なんと『絶対能力:貫通』のかかった槍を無数に放ってくる。

 これを防げるのは『絶対能力:防御』だけ。

 私たちは2人共使えるが、手数の分威力負けしてしまって貫通を許した。

 致命傷ではないけど、私は肩に、イザリヤは太ももにダメージを受けた。

 以下は淑女の台詞だ。

「ああ、ああ、なんて喜ばしいのでしょう。”黄”のビジョンで見た時から恋焦がれていたのです。黒の堕天使様。アナタを滅する事こそ私の喜び。私はそのためにいるのです。さあ殺し合いましょう黒の堕天使様アナタ

 こいつは私に執着しているのか。

 正気は残っていないように思うけど………


 相手にされてないと理解したイザリヤが、気に入らないという感じで鼻を鳴らしたのが聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る