06 扉

「ずらかるぞエマッ!」


 〈天国の監獄ヘブンリー・プリズン〉から、周が床に転がしておいたドアで戻ってきたぼくはそう叫び、駆け出した。パワードスーツにショットガンの完全武装。周も一緒に、準備は済ませ二人に向け突撃。


「……数百、展開はシミュレートしていたのですが……少し、がっかりしましたよ、春日さん。まあ……けれど、良い選択肢かもしれませんね。あなたのアイテムの中はどうやら、老化が発生しないようですし……この戦いが終わるまでそこに逃げ込んでおく、というのが、一番無難な選択肢でしょう」


 まるでプールに飛び込むみたいな、どぷんっ、って妙な音がして、駆けるぼくの体がエマのフィールドに入る。試しに〈天国の監獄ヘブンリー・プリズン〉を発動させ転移しようと念じてみるけど、まったく何も起きない。


 これでよし。


「しかし、私がそんな選択肢を許すと思っているのなら……少々、あなたに対して甘く接し過ぎましたね……」


 痛みに横たわるエマを背後に立ち、ぼくら二人に正対する深月。




 勝負は、ここからだ。




 ぼくはショットガンを乱射、乱射、乱射。

 けれど深月は防ごうともしない。散弾が彼女の体にぶち当たり、生きながら撃たれる苦痛の数十倍を今、彼女は味わっているはずだけど、今度は顔をしかめもしない。マジで痛みとか、どうにでも処理できる状態らしい。


 けど、それも今はどうでもいい。


「周ッ!」

「任せろッ!」


 ぼくの横を走ってきた周が、八つの補助腕を翼のように広げ、深月の前に飛び出る。ぼくはエマに向け深月を大きく迂回する。


「……ああ……やはり、十四歳の限界、ですね」


 深月は、すべてはもう、数度は見た映画であるかのようにため息をつき、ゆらり、体を滑らせた。それだけで周の補助腕から逃れ、ぼくの背に手をかけようとする。

 お得意のシミュレートとかいうヤツで、補助腕の可動範囲と周が動ける範囲を予測したんだろう。


 でも、それは織り込み済み。


 ぼくはショットガンを投げ捨て、エマの体に飛びついた。

 伸ばした右手がかろうじて、彼女の手首を掴む。

 同時、深月の手がぼくの右足を掴んだ。


 それも、織り込み済みだ。


 たしかに、ぼくは今、二人同時に触れてる。

 だから、叫ぶ。思いっきりの、技名シャウト。




「《七大罪の実践編レッツ・ゴー・トゥ・ヘル》・《叛逆の憤怒コード・サタン》!」




 パリンッ……って音と共に、ぼくらを覆っていたエマのスキル空間が、割れた。

 これで、アイテム縛りの制限は解除されるし……ダメージが、通る。何より……。


 触れてる相手を、十五分間ただの地球人に戻すぼくのスキル。

 それは深月にもばっちり、効果があるはずだ。

 これでこいつは、逃げられないし、痛みも通る!


「ああ……やはり封印系スキル……!」


 けど深月は歓喜の声。ウルトラレアなアイテムを持ってるぼくの、おそらく同じようにウルトラレアであろうスキルを確認することが、一番の狙いだったに違いない。


「ますます、逃せなくなりましたよ、春日さん……! もはやZOASTゾーストもどうでもいい! 私と組みましょう、そして二人で、この新異世界黙示録を蹂躙しましょう! あなたにはそのチカラがある!」


 それすら予見してたのか、深月はそう言うと再び、竜へと変身。ショップで買ったツールの効果までは防げない。今度はほぼ数秒で、完全に竜への変身を遂げた。


 くそっ、ちょっと予定が違う……!


 前回じっくりと変身してたのはじゃあ、ぼくたちの心をへし折るための、おどろおどろしい演出効果だったってことかよ…… どんだけ計算してんだこいつ けどここまで来たらもう、やるしかない!


 ぼくは瞬時、転移を発動させ〈天国の監獄ヘブンリー・プリズン〉に再び飛ぶ。




 今度はリビングや武器庫にじゃなく……ちょっと暴走した周が作ってた、車庫に。




 一台の車に乗り込むとエンジンをかけ深呼吸。

 リモコンから車庫の扉を開く。

 焦れったいほどの速度でしか開いていかないシャッターの向こう、あの倉庫の惨状が見える。ありがたいことに、シャッターから一直線上、ドラゴンの深月がいる。


 ぼくはまた一つ、深呼吸。


 この作戦が成功するかどうかは……正直、わからない。

 でも、やるしかない。

 自分の妄想を、信じる……信じられれば、ぼくの勝ち。

 ……それなら生まれてからずっと、やってきた。


 それに……。


 ぎゅっ、とハンドルを握り締める。


「……お約束ほど強い妄想はないもんな……」


 なんせお約束ってのは数千数万、下手したら数十万数百万人が、一緒に見てる幻覚だ。少し、笑いさえでてしまう。




 ああ、絶対に成功する。




 シャッターが完全に開き、ぼくはアクセルをべた踏み。


 数トンの荷物を積める、っていう周特製物資回収用トラックは、けたたましいエンジンの唸りと、スポーツカーみたいなスキール音をあげ、冗談みたいな加速で車庫から飛び出し、シャッターを通って倉庫の中に飛び出した。瞬間、現実世界に戻って時間は再び流れはじめる。


 トラックを見た深月は一瞬、虚をつかれたのか、あらゆる動作が止まった。

 けどそれは本当に一瞬で、次の瞬間、けたたましく笑いはじめた。


「プッ……プププッ……アハ……アハハハハハハハハハ! そ、想像力が……想像力が、貧困すぎる! 私を倒すため何を持ってくるのかと思えば、く、車……ッ! 車ッ……! 物理無効を突き破る、魔法の車、というわけでしょうか…… ああ……!」


 どっしりその場に構え、受け止める体勢。


「いいでしょう、付き合ってあげますよ……! 物理無効の範囲を上回る衝撃を与えれば……という目論見なのでしょうが……ああ! まったく! 若さと愚かさは同義とはいいますが……! ああまったく!」




 ああ、よかった。

 こいつが大人で。

 トラックを見ても、あの可能性が思い浮かばない、ちゃんとした人で。




 そう思うと、ぼくはぼくで、げらげら笑い出してしまった。




「ひ……うひひ……うひゃ……ウヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!」




 思いっ切りの、キモオタ陰キャくん笑い。しょうがないだろ、普段笑い慣れてないから、こういうキモい笑い方しかできないんだ。




 でも、ねえ、深月さん。

 あんた、こんなキモオタ陰キャくんに負けるんだぜ。




「ウヒャヒャヒャヒャヒャ! バ、ババ、バーーカ! バァーーーーカ! トラックに、トラックに、トラックに轢かれたらどうなるのか知らねーのかよバぁーーーカ! これだからちゃんとした大人はダメなんだ! もっとコーラをがぶがぶ飲んで、転生モノを読みやがれ!」


 アクセルをべた踏みして深月の元へトラックを突っ込ませながら、窓から叫ぶ。衝突のコンマ数秒前、深月はようやくその可能性に思い当たったようで、体をねじろうとしたけど……。




 もう遅い。




「トラックに轢かれたら、異世界転生するに決まってんだろうがッッ!」




 ドンッッッッ。

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