05 敵

 網膜が焼け、火がついて眼球ごと燃えそうな光。


 そもそも周の異世界の中でも費用対効果はまるで無視、ジョーク武器みたいな扱いだったSF兵器の数々は、しかし、効果抜群だった。

 床がえぐれ、爆心地みたいになって、その中央、ところどころコンクリが融け溶岩みたいになってる中、深月が横たわってた。

 ぱっと見、綺麗な肌には傷一つないけど……ただの人間が喰らえば、一秒につき百回は死ねそうなSF兵器×かける八の一斉射を十秒間も喰らえばどうなるか。それも、肉体はまったく傷つかず、その痛みだけを、数十倍味わう形で。


「……あのー……今度から撃つの、半分にしませんこと……?」


 爆心地のクレーター、その縁ギリギリ、自分が作り出した脱出不可能なスキルのフィールドに張り付くようにして立ってるエマが言った。かなり間抜けな姿勢だ。


「……というか……一つだけで良かったんじゃないか……?」


 発射姿勢をといた周。

 しゅうしゅう煙をあげてる武器の数々を床に落としつつ言う。


「いや……まあ……やり過ぎでも……しょうがないだろ。苦痛で脳みそをシャットダウンさせて気絶させて、その隙に拉致って封印部屋にって手はずなんだから……」

「にしても……さすがに、精神的に何か……後遺症とか、残ってしまうんじゃないか……? エマのスキルで傷つかないのは肉体だけだし……」

「…………うーん……脳も肉体の一部って判定されると思うけど……」


 この惨状を見ると、さすがにぼくも心配になってきた。


 獲得したポイントを半分使い、アイテムとスキルをレベル2までアップさせたぼくは、改めて自分のチカラが、かなりのチートだってことを認識せざるを得なかった。成長させたスキルとアイテムに、相乗効果シナジーがあったのだ。


 《七大罪の実践編レッツ・ゴー・トゥ・ヘル Lv.02》で出てきた新たなチカラは、《永遠の怠惰コード・ベルフェゴール》。

 こいつはなんと《天国の監獄ヘブンリー・プリズン Lv.02》の中に、封印部屋を作れる。

 中に捕らえた相手を新異世界黙示録終了まで、生きたまま凍結しておける部屋。

 さらに、それで得られるポイントが、なんと、三。

 だからこそ、この戦法を会議して編み出したんだけど……。


「…………まあ、そうなったらショップのツールで、精神系のダメージ回復に使えそうなやつあったし、なんかあったらそれで治してあげよう。周、ドア出してくれ」


 ぼくが言うと周は頷き、亜空間からドアを出し、地面に横たえる。

 ポイントを費やし成長させた結果、周がスキルで作った、別にどこにも繋がってない単なる設置用家具のドアからでも、〈天国の監獄ヘブンリー・プリズン〉に行けるようになってる。ドアの記憶はさせてあるから、後はぼくが深月を抱えて転移すれば……。




 ぱんっ、ぱんっ。




「いやはや……あなた達は、本当にスペシャルです」


 なんてぼくが考えてるとクレーターの中心から、音と、声がした。


「……は?」

 「……へ?」

  「……え?」


 ぼくらは三者三様、ほぼ同時に、間抜けな声を出してしまった。


 爆心地の中心、深月がむくり、まるで普通に立ち上がった。

 体についた汚れを払い、穏やかに薄く微笑んでいる。

 とても落ち着いて、自信に満ちあふれた、彼女らしい顔で。


「私が十代なら、こんな状況では殺しを躊躇しなかったはずです。ですがあなた方はそんな戦術を選ばなかった。それは……おそらく、人類全体の進歩、とも言えるのでしょうね……」


 どこか感慨深そうに、そんなことさえ言う。


「我々はやはり、成長を……進化を、義務づけられている……あるいは、こう言った方がいいのかもしれません。人類は進歩に呪われている、と」


 まだスキルが使えないことを確認してるのか、手を振ったりなんだりして、何も起きないことを確かめながら、深月は話し続ける。その間、ぼくらは何もできなかった……いや。


「……ふッ……!」


 いち早く我に返ったエマが深月に駆け寄り、再び正拳突き。

 だが、あえなく躱され、伸びた腕の関節を逆向きに折り曲げるような手刀一閃。


「ひぐっっっ……!」

「ああ、申し訳ありません。あまりにも遅かったものですから……コンボ次第で相手を封殺できるとはいえ……少々、宮篠さんのアイテムと、食い合わせが悪いスキルですよ、これは。使い方はよく考えないと。あなたの素の格闘能力は、その年にしては大したものなのでしょうが……こちらもこちらで、備えはしてきていますから。それに……」


 くすくす笑い、痛みに呻き、一瞬、止まってしまったエマの腹にボディブロー。


「うぶっっッ!」

「あなたがスキルを使っているのですから、当然、私のスキルも使える……ですよね。痛がる演技も楽しかったのですが……ここからは私のターン、ということで」

「周……!」

「だめだ、ここからじゃ狙えない、くそっ、どういうスキルだ……!?」


 腹を打たれ。体をくの字の折り曲げたエマの後頭部。

 組んだ両手の鉄槌が、無慈悲に打ち下ろされる。


「ぅあッッ……!」


 よろよろとした足取りで、けれど、それでも倒れようとしないエマ。

 深月は、軽く口笛。


「本当に……痛みに対して、かなりの耐性があるようですね……頭突きをしてきた時は狂ったのかと思いましたが……驚きました。私の計算によればこれは、常人ならとっくに、発狂してもおかしくないほどの苦痛なのですが……」


 ゆらり、と、エマの頬を撫でるように手が動く。

 まだ闘志を失っていないエマが、その腕をとろうと動く。

 けどそれより早く動いた深月の手がエマの耳を、前から後ろに引っ張った。


「ひぎっっっ……! あぐっ、ぅっ、ぐっっ!」

「……ああ、そうでした、身体へのダメージは無効になるんでしたね……ふふ、よかったですね。引きちぎろうと思っていたのですが。ご存じでしょうか、耳はこの方向から引っ張ると、意外と簡単に千切れてしまうんですよ」


 人間にとって耐えがたい苦痛は、殴られるより蹴られるより、つねられることだってのは、な何かで読んだことがある。体中を殴られ蹴られても声一つあげない屈強な人でも、全力でつねられると、子どもみたいに叫んでしまうらしい。今エマはそんな苦痛を数十倍、味わってる。


「……な、なにしてる、だめだ……」


 なぜか周が手を、ぼくの肩にかけてた。

 どうやらぼくは、駆け出そうとしてたらしい。


「…………何か、何かないか、周、このままじゃ……」

「やっ……やぁっ……あああああああっっ!」


 エマの耳をつねって持ち上げ、むりやり顔を上げられたエマの眼窩。

 そこに深月の逆の手がかかり、指をねじ込んでいく。


「……ああ、なるほど、今、眼球をえぐり出せるコースで指を動かしているのですが……実際には、私の指があなたの目をつついている程度で済んでいる。ですが、あなたが感じている痛みはおそらく、眼球をえぐり出されている痛み……その数十倍……これはなかなかに興味深い。レベルアップさせればさらなる進化が見込めそうですよ」

「だからっ……シロくんっ……! 今ぼくたちが、あそこに入っても……!」


 またしても、周がぼくを止めてた。

 なぜか脚が動き出してしまう。

 こんなこと人生で一度もなかったのに。


「三対一なら……なんとか……」


 あの空間の中じゃ、スキルだけで勝負するしかないにしても……十代の若者三人もいればあんなおばさん……。


「……ああ、そうそう、私のスキルについて、説明し忘れていましたね。私のスキルはマインドレスネス・・・・・・・・。肉体と精神を完全に切り離します。あらゆる感情はパラメーターとしてのみ存在し、痛みもまた、アラートの一つとして処理できる……言ってみれば、そうですね、自分自身をSF映画で見るような、高性能アンドロイドと化してしまえるスキル、でしょうか」

「ひぐっ、やっ……そっ、あぎゅっっっ!」


 エマの頭を完全に両手だけで掲げ持ち、親指が両目にかかる。彼女がじたばたと手足をばたつかせ、かなりいい蹴りがみぞおちに入ったりしてるのに、深月の体はびくともしない。

「だ……だから、シロくん、おね、お願い、だから……っ! 止まって……ッ!」


 もはや周は、ぼくを後ろから抱き留めてぼくを止めてた。

 体が、体がどうしても、言うことを利かない。

 痛みに叫ぶエマを見てると、駆け出してしまう。

 なんだ、なんだよこれ……!? くそっ、くそっ、くそっくそっくそっ! 捨てゲーすんな! 考えろ、考えろ考えろ考えろ……! 明らかにあいつは煽ってる……竜化による物理無効、スキルによる精神攻撃無効、たぶん、素の格闘能力もかなりあるはずだ。これだけぼくらを誘うってことは絶対そうだ。SF映画じみて、達人クラスの格闘技の動きを自分にインストールして使えるようにしてある、ってオチでも納得はできる。


「あぐっ……ひっ……ぎっ……ぎぅっ……!」


 床にエマを投げ捨て、深月の足が、ゆっくり、彼女の腹を踏む。

 徐々に体重をかけてる、ってのがぼくの目からもはっきりわかる。


「提案です、宮篠さん。今あなたが、負けを宣言してくれるのが一番、手っ取り早くて助かります。あちらのお二人にもこれ以上辛い思いをさせないで済みますが……いかがです?」


 だめだ。

 そんなこと、聞いたらだめだ。

 どすんっ。


「ひぐっっっ……!!」


 答える前に一発。思い切りのストンピング。エマのお腹に。


「ああ、でも、まずは、よくよく、考えやすいようにして差し上げますね」


 もう一発。さらに一発。

 殴り返そうとした肩に、蹴り飛ばそうとした膝に。体中に。

 誰よりも気高い、あのエマが、為す術無く、深月に踏みつけられてく。

 痛めつけられてく。


「ぁぁぁぁぁっっっっ!」

「……エマ! エマ、言っちまえ! ぼくが……ぼくがなんとかするから!」

「シロくん……っ!」


 ウソだった。

 頭には、なんにも思い浮かばなかった。

 この場を解決する戦術、戦法、そんなものは、なんにも。

 その時ぼくの頭の中にあったのは、ただただ、逃げることだけだった。

 百六十八時間、逃げ続けられれば、なんとかなるんだ。そうだ、まいったって言った後、なんとか隙を作って、二人を抱えてドアから逃げればいい。逃げることなら、新異世界黙示録でだって、ぼくの右に出るヤツなんていない。


 けど、エマは踏みつけられながら、弱々しい笑みを浮かべ、ぼくを見た。


「できない、ん、ですの、よ……志郎、さま……」


 しないんじゃなく。


「私……降参は……できないん、ですの……」


 したくないんじゃなく。


「……バカな女と、お笑い、くださいまし……」


 できない。


「でも……暴力カワイイも、武力キレイも、降参、しません、もの……」


「なんとも……不思議なお答えですね。もう少し深くお尋ねしても?」

「ふふ……つまり……」


 問いかけられ、深月を見上げ、エマが言った。


「あなたのようなお三下に、宮篠の一人娘であるこの私が、頭を下げて軍門に降るなど……天地がひっくり返っても、ございませんのよ……」

「……それで、あの異世界の拷問より辛い目が待っているとしても?」


 深月が、足に体重をかけていく。

 エマは苦痛に顔を歪ませ叫ぶ。


「あぁぁぁっっ! ぁぐっ……ぁっ……」

「どうです? まだ同じ事が言いたいですか?」


 けど、そこで彼女は、笑った。笑って、少しだけぼくを見てから、言った。




「…………くそ、して、寝や、がれっ……!」




 その時。

 ぼくとエマが、繋がった気がした。そして、ぼくは生まれて初めて、わかった。


 世の中には……他人じゃない人が、いる。


家族なんてシステムのやつじゃない、友達なんてレッテルのやつじゃない、なんだかよくわからないけど、自分の一部なんじゃないか、って思える人……そして……そういう人がいるからみんな、人間は一人じゃ生きてけない、なんてクソみたいなことを言うんだ、って。


 そして、だからこそ人生はクソゲーなんだって。


 だって……自分一人でも持て余してるのに、自分以外にも自分と同じぐらい気を配らなきゃいけない相手が存在する、だなんて……アクションゲームで自機以外に、殺されたら自動的にゲームオーバーになるキャラがいるようなもんじゃないか……? クソゲーすぎる。あるあるクソ要素すぎる。


 けど。


「……ふふ、かわいらしいお答えですね。彼の言葉でしょうか? にしても、お見事。十分後にもう一度聞きますよ。その時あなたがなんと仰るか、楽しみにしていますね」


 ストンピングの雨あられが始まり、エマの絶叫が響く。

 頭の中が、すっ、と冷えてく。

 そして最大限に、ゲームの攻略時間を勘定するみたいに、実績の全解除はどういうルートでやったら一番効率が良いかを計算するみたいに、頭が動き出した。


 そしてはじき出した結論は、なんともばかばかしい、ばかばかしすぎる……でも、それ以外には絶対にない、って結論。できるかどうかはわからない、成功するかどうかはもっとわからない。クソゲー極まりない方法。


 でも、それ以外にない。

 でも、それなら大丈夫。




 クソゲーは慣れてるさ。




「周、シャッターも、出しといてくれ……」


 困惑する周に作戦を説明し、ぼくは転移した。

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