04 道

 まったくもって、ふざけたスキルだ。

 でも、これ以上、エマらしいスキルもない。


「逃げておけば良かった……と、思うことになりますわよ……」


 エマと深月を中心に薄青い、アニメ的表現のバリアみたいな空間が覆ってる。


「これ……は……」


 バリアに阻まれ地面に押し戻された深月は、不可解そうに言う。


「私のスキルです。発動すれば半径二十メートルの空間内に閉じ込められ、どちらかが相手の目を見ながら、まいった、というまでその空間は解除されません。あなたのアイテムも使えないでしょう。ですがご安心なさってくださいな! 私のアイテムも使えませんので」


 エマは元の私服、紺碧色ネイビーブルーの半袖ワンピース姿。

 両手のメリケンサックも今はない。


「ここでは、互いの肉体のみで決着をつけることになります……ふふ、やはりそちらのお姿の方が、お美しいですわよ、深月さま」


 深月の姿も、元に戻っていた。

 ただの、人の姿……変身した時に破れてたから、全裸だけど。

 けど……いきなり全裸になっても動じる様子一つない。どういう精神だ?

 まさかぼくらのことを人間とは思ってないとか……ありそうだ。


「発動中はどんな攻撃を受けても、肉体的なダメージは発生しません。絶対に。内からは出られませんが、外から入るのは自由ですので、お仲間をお呼びになるのでしたら、どうぞ……」

「あら……それはご親切に……発動条件は……そうね、互いに拳を数度は受け止め合ってから……といったところでしょうか? けれど……あなたがアイテムを使えないのは、困るのではありませんか? 武術的な、魔法的な動きはすべて、服装による強化でしょう? 私は素人の手習いですが少々、護身術は習っておりますよ」

「ええ、そうですわね……ですが……まだございます」


まだ余裕の表情の深月。

 ゆっくりと歩み寄るエマ。


 二人が一挙手一投足の間合いに入る。


 先に動いたのはエマ。上段気味の正拳が深月の顔面に。

 だが深月はなんの武術か、上半身をひねりそれをかわし、伸びきった腕をとる……いや、とろうとした。が。


「ぐぁっ……!?!?」


 正拳が顎先をかすっただけなのに、まるで、銃で撃たれたかのように深月が呻いた。狂った野良犬じみた、壮絶な笑いを浮かべたエマは、深月の首をとり、思い切り体を反らせ……。




 頭突き。




「ひぐぅっっっっ!?」


 思わず耳を塞ぎたくなるような悲鳴。

 深月は鼻を押さえ、その場に倒れ込み、のたうち回る。

 たかが十四歳の、たかが頭突き一発だとは思えない痛がりよう。


「……っっ! はぁぁっ!」


 歯を食いしばり耐えるエマ。

 そしてまた、おしとやかな微笑みを浮かべ、言うのだ。


「……スキル発動中、私とあなたの痛覚は数十倍になります。ふふっ、痛い、でしょう? 痛さに耐えかね、相手の目を見てまいったと言えば……その後百六十八時間、相手の言うなりです。なお私にもこの空間の意図的解除はできませんので、あしからず。ま、要するに……」


 今まさにほころぶ、大輪の花じみて微笑む。


「お我慢比べ大会ですわね!」

「あぎゅっっっっっっ!」


 思い切りのサッカーボールキックが、深月の腹に、深く、入った。


「ああ……懐かしいですわ、その顔……私、よく、内臓を引っ張り出されながら、それを鏡で見させられていたのですが……今の深月さま、とてもよく似たお顔になっていますわよ……」


 キック、キック、キック。


「あぐっっ、ぐぅっっ、ひィィっ!」

「おほほほ……おほほほほ……おほほほほほ……ッッ!」

「ヒッ、やっ、やめっ……ふぎゅっっっ!」

「おーっほっほっほっっほっほッッッ!」


 世界トップクラスのお金持ち、三トンのCEO、深月ヴィクトリアが、十四歳の少女に……お嬢様キャラの私服みたいな格好の女の子に、まるでアニメみたいなお嬢様高笑いと共に……。


「お、おねっ……やっ……まっ……まいっ……あギゅっっっ!」


 ボコられてる。


「……なァーにお喚きになってらっしゃるんですのッ!? 蹴った私の足もとォーっても痛むんでしてよッッ!? あなたちょっとお我慢が足りないのではございませんことッ!?」


 綺麗な顔に狂った表情を浮かべ、かわいらしい唇から狂った笑い声を轟かせ、細くしなやかな体であらん限りの単純暴力を横たわった体中に叩き込んでいくエマ。深月のさっきまでの勢いというか、無敵の強者じみた態度はどこへやら、瞳に涙が浮かび、口からは泡。今まで散々ここで、物理無効で痛みのない戦いを繰り返して快勝してきたんだろう。けど今は違う。自信に満ちた顔がゆがみ、均整のとれた美しい体が芋虫のように這いずり回る。


「こんなものでは、こんなものではございませんのよッ! 痛みはッ! 苦しさはッ! 地獄はッッ! 泣いて感謝してくださいませッ! この程度で収める私の優しさにッ! ほらァ! 私の脚にッ! すがりついてェッ! 泣いて感謝するのですわッッ! 早くッ! 早く早く早くッ! 私の御御足おみあしに頬ずりをしてェッ! ぺろぺろお嘗めになって感謝するのですッッ!」

「ひゅぐッ! ぐぎっ……あぐっ、ぐゥッ……!」

「卑しい下衆めッ! 毛無の類人猿めッ! 負けワンちゃんめ! 負けワンちゃんの汚いお顔で私のお靴に触れるんじゃございませんッッ! ワンちゃんならッ! ワンちゃんらしくッ! その大きなお尻を愛らしくッッ! ふりんふりんと振るのですッッ! ほらッ、ほらぁぁッ!」


 ……ぶっちゃけこの様子なら、何をしなくてもただ、深月がまいったと叫ぶまで待ってればいいんじゃ、って気がするけど…ここは絶対確実な手段を選ぼう。


 周に呼びかけ……亜空間から取り出し、床に並べてくSFじみた武器の数々。


「なァにをなさってるんですのはしたないッッ! 一人前の淑女レディがそのようにはしたなくお尻を振るなどとッッ! お仕置きですッ! お尻ぺんぺんですッッ! ほら、ほらァッ! 痛みを、痛みを愛しなさいッ! 世に愛するに足るものは痛みだけなのですッ!」

「あいつ……何かしらのカウンセリングとか、いるんじゃないかなァ……」


 狂乱し続けるエマの声を聞きながらも作業を続け、ぼくは呟いてしまった。


「そんなの、ボクらみんなそうじゃないか」


 ……ま、それもそうか。っていうかこんな時代、みんなそうかもな。


「エマっ! できたぞ!」


 ぼくは叫ぶ。

 エマは深月に殴る蹴るを続けながらも片手をあげ、それに答える。

 イキイキと暴力を振るいつつ狂ったことを叫びながらも、ちゃんと返事する理性は残ってるのがまたヤバい感じがして、アイツは怒らせないほうがいいなぁ、なんて、ぼくは思った。


「だァーから私、最初に申し上げましたでしょうッ お仲間をお呼び、と! 月に叢雲花に風、喧嘩は横入テメーはオシマイッッ! ソロ! サバイバー! やっておしまいッ!」


 そう言うと、一際強く、地面に横たわり痙攣する深月の頭を蹴り上げ、その反動で、可能な限りの距離をとる。ぼくは、周のパワードスーツに取り付けた、八つの補助腕を最終確認。角度をちょっとでも間違えると自爆気味になってしまうので慎重に……。


「火器神経接続針コネクト」

 「接続針リンク、接続開始」


 周と二人で決めた手続きを、逐一踏む。

 マジで本当に……やばいのだ、これは。

 八つの補助腕をつけ阿修羅みたいになった周。

 そのパワードスーツが身じろぎする。


「弾薬接続開始」

 「全エナジーセル駆動……接続。送電システムオンライン」


 きゅるるる……と、パワードスーツ後方のエナジーセルが不思議な音を立てる。

 それに反応し、補助腕の先にある武器が、薄赤い光を放ち始める。


「一斉射準備開始」

 「準備開始。火器管制システムを全手動に設定。完了」


「最終安全装置解除」

 「第一から第四、解除。第五から第八、解除」


「斉射同期システム起動シーケンス開始」

 「……シーケンス正常終了。斉射準備完了」


「カウントダウン開始」

 「……3……2……1……」


 ぼくは口を開け、耳を塞ぎ、可能な限り周から離れる。

 そして、周が叫ぶ。




ゼロッッ!」




 閃光。




 レーザーライフル。ガウスライフル。テスラライフル。プロトンキャノン。プラズマグレネードランチャー。レールガン。荷電粒子砲。周が作り出した、冗談じみたレトロフューチャーSF兵器の数々が一斉に火を噴き、床に横たわりぴくぴくと蠢いてる深月の体を直撃した。

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