02 巣
「やはり……異世界で何年を過ごしていようが結局は十四歳、ですね……」
巨大な倉庫らしき場所。
その中央に佇む、二人の深月。
「希望的観測と予想を取り違えてしまう点は、致命的です。言い換えれば……ふふ……妄想と現実の区別がついていない。そんな考え方は……私の頃はゲーム脳、なんて言葉がありましたが今は……スマホ脳、でしょうか?」
深月の隣にもう一人、深月がいる。
その横にさらに、俯いた、顔の見えない二人。計四人。
顔の見えない一人が虚ろな表情をした深月を一撫ですると……まったくの別人がそこにあらわれる。黒髪ショートカット、黒スーツの女性。深月と目を合わせ、少しだけ唇を合わせ……地味な女性とおまけのような二人が、消えた。
「……変身と、相手を操る、あるいは、憑依するチカラ……ってトコですわね」
エマは言った。ぼくのチカラは、触れた相手自身のスキルやアイテムにしか利かないんだ。
「ご明察。さきほどの私は、私のパートナー兼秘書、
「……ふん……ご丁寧に、ドアのない、こんな広い場所を、わざわざ作ったんですの? あなたこそ、税務署にこの存在をつつかれたらマズイのではなくて?」
学校の校舎、敷地も丸々入りそうに広大な、倉庫らしき場所。
窓もドアも、一つもない。遙か頭上の天井に、校庭の投光器みたいな照明とエアコンらしきもの。こいつのチカラ、転移系だと思ってたけど……呼び寄せるタイプの使い方も、できるのか……?
「ああ、これは手狭になったので移転した、弊社の元流通倉庫の一つです。まだ三トンが小さかった頃に買ったものでして……立地が悪かったものですから売るに売れず、どうしたものかと持て余していたのですが……私が個人で買い取って、訓練場として改造したんです」
深月が喋ってる間、周はパワードスーツに着替え、ショットガンを構える。ぼくは生身のままだけど……これも、想定の範囲内。
「訓練場……兵隊を鍛えてるわけですか?」
「いえ……処分場、あるいは……矯正施設、といった方が実態に即していますが。さて……」
彼女の手に、いつの間にかメダルが握られてた。金に輝く、魔法陣が刻まれたメダル。
メニューのショップで見たことある。
五百枚って法外な額のコインが必要になるものの……。
何回でも使える、自分が異世界で出会ったことのある怪物の、チカラと姿が手に入るツール。
彼女がそのメダルに息を吹き入れると、足下に魔法陣が浮かぶ。
そこから漏れ出した薄赤い光が彼女を包み、やがて。
ぴしっ、ぴしっ……びりっ……と、不吉な音。
「私のアイテムは体に埋め込んでいますから、殺さない限りとれません。腕の良い心臓外科医のお知り合いがいれば別ですが……」
びりぃぃっ……深月のスーツが破れる。
内側から金色の肉が盛り上がり、はみ出てく。
「それから、お逃げになるようでしたら例の脅迫は即座に実行させていただきます。なので……」
ばきっ……ばきばきばきっ……。
体中の骨が組み替えられていくような音。
「早めの降伏をオススメしますよ、今なら例の条件はまだ、生きてますので」
そこから人間が、消える。
あらわれるのは、金の鱗に覆われた肌。
「私の異世界で、最も古く、最も美しく、最も強いと呼ばれていた、
車、軽トラ、ダンプカー……いや、もはや日本の路上では見られないほどの大きさの、アメリカの荒野をひた走っていそうなコンボイ、並の巨体があらわれる。
「しかし少々理性も緩くなるものでして……殺してしまったら、ごめんなさいね。なにせこの体になると……」
張り出した翼。
床にこすれただけで、地響きを起こす尻尾。
一本が人ほどもあるかぎ爪。
「……虫けらを踏み潰すのが、快感になるものですから……」
熱の籠もる声。
体長二十メートルを越す金竜となった深月ヴィクトリアが、二本脚で立ち上がり、竜の口でそう言った。
ぼくら三人は一瞬だけ顔を見合わせ、そして……頷いた。
数百は予想したパターンの内、どれでもない現実が、今、目の前にある。でも、予想が外れるなんて、そんなの予想の内だ。
ぼくらは中二病だ。
でも、妄想と現実の区別はついてる……いや、元々そこには、そんなにたいした違いはない、って思ってる。ぼくら中二病にわかってるのは……重要なのは自分の妄想だってこと。そしてもし、それを潰されそうになったのなら。
アホな老害に、ゲームは子どもに悪影響を及ぼす、みたいに言われた時と一緒だ。クソな司書に、ラノベなんか読書の内に入らない、みたいに言われた時と一緒だ。
そこには、戦いしか、ない。
「い~き~ま~す~わ~よ~……!」
エマが肩をぐるぐる回す。
「ま……下手に策を練るより、こっちの方がわかりやすくていいよ」
やれやれ系主人公みたいな感じに周が言う。
「【エッジロード・アライアンス】、初陣だ……!」
と、ぼくは言った。
けど、あんまりキマらない感じだし、恥ずかしいことこの上ないしで、なんとか言ってないことにできないか、と思って反射的にエマと周を見たけど……二人ともぼくを見て、にこり、と笑うのだった。
「Grrrrrrr!」
そして、金竜と化した深月が地獄まで届きそうな咆哮を天に上げ、戦いが始まった。
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