第四章 大人vs子ども

01 罠

「どうやら、お話を前向きに検討していただけたようですね」


 再びあのビルの、Midミッド


 一週間後、直通電話をかけるとここに来るように指定され、お店に着くと個室に案内され……はたしてそこに、深月はいた。個室の中はレストランじみてて、ぱりっとした白いテーブルクロスのかかった四人がけテーブルに深月が座ってる。見る限り、個室の中に一人きり。


「一つ疑問なんですけど……深月さん、お仕事は大丈夫なんですか?」


 ぼくは何か言われる前、彼女の前に座る。

 テーブルの広さはそこまでじゃない。

 お互いに手を伸ばせば、テーブル中央で握手ができる広さ。


「私がいなくても会社が正常に回るシステムは既に、構築していますからね。広告塔……というより、象徴、としての仕事を一日に数時間こなしたら、あとはもっぱら、生まれた時からずっと考えていることをまた考えるだけですので、時間の融通はきくんです」


 今日はかっちりしたスーツの深月。それだけで少し緊張する。


「というと……新しいビジネスのことですか?」


 けど周は物怖じせず、ぼくの右隣に座り、笑顔で言う。


「私にとってビジネスは、あくまでも手段の一つに過ぎません。考えているのは、どうやったら人間はもっと幸福になれるか、それだけです。三トンを作ったのも結局は、どこでもなんでも買えるようになれば、人間はもっと幸福になれる、そう思っただけですから」

「……それで世界中で書店さまを消しつつあって、さぞやご満足でしょうね」


 あからさまなほど敵意を滲ませたエマが、左に座る。


「いいえ。到底足りません」


 即答。そんな言葉なんて聞き飽きてるよ、と言わんばかりに。


「あらゆる職業は、テクノロジーに合わせて生まれ、そして消えていくものです。読書家の方々の書店に対する想いは十分に理解しているつもりですが……私は書店にアクセスできない人々に対し、書店以上のものを提供できている自負がありますよ。それも、極々安価に」

「……今の言葉を、マッチポンプの用例に入れておくべきですわね」

「ええ、是非お願いします。我々三トンは、世界のあらゆるものを売ります。ですから当然、マッチもポンプも豊富に取り揃えていますよ。なにせ書籍だけを売っていたら到底、数千万人の安定した雇用を作り出せる企業は成立しませんので。ですから、あらゆるものを売るのです」


 にこり、と、大きく微笑む深月。

 だめだこりゃ、役者が違う。


「それで……お話、なんですけど」


 ぼくが切り出すと、深月はぼくに向き直る。


「ええ、考えていただけましたか?」

「お話を受けるにあたって、絶対に必要な条件が一つ、あります」

「というと?」

「ぼくらがなんらかのチカラで洗脳されない、という保証ですね」


 あくまでも、論理的に。ただの論理の帰結として、話す。

 まあ、それならいつもやってるから得意だ。

 というか、普通のことなので特に意識しなくてもできる。


「おや……しない、を、どうやって保証すれば信じていただけるのでしょう?」

「簡単です。あなた方の弱味の一つを、ぼくらに握らせてくれれば、それで平気です。後は万一ぼくらが正気を失った時、自動的に【在郷転生者会】か、あるいはあの……イカレた二人組にでも、あなた方の弱味が知られてしまう、そんなシステムさえあれば」


 まあ別に、どっちの連絡先も知らないけど。


「面白い提案ですね。ただ……弱味、に何が該当するか、というのは……」

「それも簡単です。スキルの詳細だ。あなた方は……ぼくらが異世界でどう過ごして、どんなアイテムを持ち帰ったのか、掴むチカラのある仲間がいる。調査系のアイテムかスキル……おそらく、対象が過ごした異世界を調べるとか、そんなチカラ……けど……そのお仲間も、スキルについては掴めない。違いますか?」


 もしスキルについてさえZOASTゾーストは掴めるのだとしたら、〈天国の監獄ヘブンリー・プリズン〉の中で合宿みたいにして延々考え続けてきたこの作戦はあえなく失敗だけど……。


 こうして、対面して会ってるってことが何よりの証明だ。発声して触れば相手をただの人間に戻せるスキルを持ってるぼくと、躊躇無くこんな至近距離で会話する、なんて。


「…………事前に……あなたのIQがかなり高い、ということは調査済みだったのですが……その程度では、おさまらないようですね……」

「考えてみれば当然の話ですよ。ZOASTゾーストに匹敵する組織があるっていう事実自体が、それを……スキルの中身は実際に戦わないとわからない、ってことを証明してる。もし仮に相手のスキルがわかるなら、あなた方はきっと、さっさと相手を潰すはずだ。相手のチカラの底が知れない、って状況がお互いにあるからこそ、僅差の対抗組織が並立できてる。誰がどんなスキルを持っているか……その情報こそが、この新異世界黙示録の生命線となる」

「仮に……そうですね、あなた方三人と釣り合うため、私がZOASTゾーストの五人の内、三人のスキルを教えたとして、その真偽をあなた方はどうやって判定するのでしょう?」


 え、うそぉ? ……普通に乗ってきたぞ……?


 予定通りに話はすすんでるんだけど……社会人としてトップの経験を、十年近く積んでるはずの彼女相手に、ぼくら中二の三人が考え出した作戦が、うまくいってるなんて……どうにも……悪い予感を抑えられない。負けフラグの予感がびんびんする。


「……その言葉の真偽がぼくらに判定できない、と、あなた方はどうやって判断するんです? あなた方の態度がどうあれ、偽だとぼくらが判断すれば、お話はなかったことにします。そして……ぼくらはもう、あなた方には絶対に捕まえられない場所に行って……そこで、新異世界黙示録の終わりまでを過ごすことにしますよ。すると、ぼくらが勝つことはないでしょうが、あなた方もぼくのチカラは絶対に使えなくなってしまう」


 ぼくがそう言うと深月は少し驚いた顔をして、くすくす笑った。


「では……取引、ですね? ZOASTゾーストトップの三人のスキルを教える……代わりに、あなた方三人のスキルを教えていただく。嘘だった場合は交渉決裂……でしょうか?」

「基本線はそれでいいと思います。その他協力方法や、詳細な手順についてはちょっと、こちらでも準備が必要なので、また後日。こちらからまた連絡する、という形で」

「大変結構です。では、交渉の第一段階目をクリア、ということで」


 深月が立ち上がり、ぼくに向かって手を差し出してきた。


 ……いや、マジか……?


 おおむね〈天国の監獄ヘブンリー・プリズン〉の中で重ねに重ねた、想定問答通りに話が進んでる。握手を求めてくるだろう、求められなくても年の半分は海外で過ごすという深月の身に染みついた習性で、こちらから手を差し出せば断らないはず、ってところまで。


「ええ、よろしくお願いします」


 ぼくも立ち上がり、彼女の手を握る。

 内心の不安を顔に出さないように。


「……そうだ、手付け、としてぼくのスキルを明かしておこう、と思うんですが?」


 手を握ったまま、言う。

 深月は鷹揚に頷き、言う。


「あら、そうしていただけると助かりますが、よろしいのですか?」

「ええ、是非そちらで検討してください。ぼくのスキルは《七大罪の実践編レッツ・ゴー・トゥ・ヘル》。チカラの一つに、《叛逆の憤怒コード・サタン》があります。効果は……」




 能力は、発動した。




「効果、は?」

「……おわかりに、なりませんか?」


 発動、したはずだ。

 切腹したくなる恥ずかしさに耐えてスキル名、コード名までちゃんと口にした。〈天国の監獄ヘブンリー・プリズン〉中で、二人を相手に使い方も訓練した。わかりやすいアイコンも出ないし、効果音も鳴らないけど、発動してる。はずだ。


 けど、深月はただ微笑んで言った。


「ああ、申し訳ありません。この私には効果がないのかもしれません」

「……へ?」

「ここにいるのは徹頭徹尾、なんのチカラもない、ただの地球人ですから」


 そして、金持ちでおしゃれな個室は、一瞬にして消え去った。

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