03-02 善人なおもて異世界転生をとぐ、いわんや悪人をや pt.02

「おい周、君、専門家だろ!?」

「バカ言うな! ボクが専門だったのは、あの異世界のゾンビでこんなゾンビじゃない!」

「ゾンビはゾンビだろ! 走るか歩くかぐらいで!」

「数を見ろ数を! ゾンビの問題はいつだって数なんだ!」


 改札付近でゾンビに取り囲まれてしまったぼくらは、ただただ走って群れから逃げ回った。パワードスーツはゾンビの歯も爪も通さない仕様のはずだけど……周の言うように、数が問題だった。さっきまでの通勤ラッシュ並に、ゾンビが増えてる。しかもその数はまだまだ増加中。下手するとのしかかられて圧死とか、酸欠で窒息とかがあり得るレベルの数。通勤ラッシュの人混みが、丸々ゾンビになってる感じ。


「大人しくしてくれれば、別に殺しはしないよ。アイテムは壊させてもらうけど……ゾンビにもしない、だから安心して……って言ってもまあ、難しいか、あはは」


 そして逃げ回るぼくらを、ふわふわ、宙に浮いた女が追ってきてる。

 でも、直接何かをしてくる様子はない。

 ただただ、しっとりした感じの落ち着いた声で呼びかけてくるだけ。


「ゾンビにしない……って、これ、あんたがゾンビにした人達なのかよ!?」


 叫んで、駅を通り抜け逆の口に。バスターミナルみたいなかなり広々とした空間。

 エマから離れてしまったけど、今のぼくらにはそれを気にしてる余裕はない。


「そうそう、ここがオレのアイテム、この杖、ハフトゥスナフルで作った空間。ちなみにハフトゥスナフルは死霊界の王笏って字……って言えば、どういう力か、大体想像はつくかな? ここでどれだけ暴れ回ろうが現実世界に影響はないが……ここで死ぬとゾンビになってオレに従うことになる。あ、でも、地球に戻ってきてから殺したヤツはそんなにいないよ、百人ぐらいかな」


 たしかにゾンビたちは異世界風……ナーロッパ風の服装をしてるのが多い。


「ゾンビを、作、る……?」


 ぶち切れた口調で周が言った。ホントに、ぶち切れてる時の声だった。

 昨今この声を聞いたのは半年ぐらい前、片親パンは元気なアスペくんを育てます、なんてクラスのお調子者がCM風に言った時。ネットの悪ノリを現実に持ち出しオモシロを気取るただのつまんないアホが、周は、この世で一番嫌いなのだ。


「……周……?」

「ふざ、けるな……っっ!」


 ガードレールを乗り越えた周が少しの間を見つけ、ショットガンを女に向けて発射。発射。発射……まだ、発射。

 すごい、ショットガンがまるでマシンガンみたいな速度で銃撃を続けてる。弾切れを起こしたショットガンは亜空間にしまい、リロード済みの別のショットガンを取りだしてまた発射。それを三丁ぐらい続けて、でもたぶん、三十秒も経ってない。練習場でひたすら、格ゲーのコンボ練習みたいに繰り返してた動きだ。


 けど。


 銃弾はすべて、女の前に開いた空間から湧き出てきたゾンビの群れに阻まれた。

 ゾンビの噴出が収まり、山と積み重なる腐った死体を足下に、女が笑った。


「あははは、あと五十万体はいるから、尽きるまでやってみる? オレ向こう・・・で一国丸々ゾンビにするとかやっててさ。ヘタしたら百万とかいるかも。だからさ……な、おとなしく捕まっとけって。日常生活に支障は出ないようにするから」


 手にした杖が輝いてた。

 自動防御機能なのか、それとも女がそういう操作をしたのか……? どっちにしても、ちょっと多機能過ぎないかあの杖……? どれだけチカラがあるんだよ?


「アイテムを差し出せば悪いようにはしない、ってか……?」


 言いつつ、ぼくは周囲を確認する。


 バスターミナルらしい周囲に、生きた人影はやっぱりない。

 この空間は時間が止まってるのか、車道には車が止まったまま。

 バス停には数台、乗降口を開けっぱなしにしてるバス。

 でもやっぱり中には誰もいない。

 その隙間隙間を埋めるように、ゾンビの群れ。


 幸いにして、ゾンビゲーム中盤から出てきそうなゲロをぶっかけてくるタイプとか、太ってて耐久力があるタイプとかはいなさそうだけど……まだまだ増加中。どうやら女の周囲にしか空間の穴は開かないらしく、車道の方まではみ出たぼくらの付近にはまだ、ゾンビはいない……けど、それも時間の問題だろう……ガードレールを乗り越えようとしてくるゾンビたちを、ショットガンで押し返しながら、叫ぶ。

 まだ駅付近にふわふわ浮いてる女との距離は十数メートル程度。


「そうそう。オレの目的はポイントだけじゃない……っていうか、ポイント以外の方がメインの目的でね。ポイントは自分のためと、後は仕事に使うだけで。ちょっとコインを奮発して全員ランキング閲覧すりゃわかると思うんだけど、オレ、ゼロポイントだもん」


 たしかに、ショップでそんな閲覧券も売ってたけど……。


「はあ? ……なあ、マジでぼくらがあんたを信用して投降するとか、思ってんの?」


 ぼくらがまだ掴めてない、この新異世界黙示録における常識、定番戦法みたいなのがあるのか? 何を言ってるかちょっと、わからなかった。くそ、対人ゲームはこれだからイヤだ。


「なんでそんな信用……あ、そうか、名乗ってなかったか。あはは、悪い悪い。オレは滑川幸夫なめりかわゆきお……名前言ってもわかんなかったら、アレだ、援交相手の写真をアルバムにして七千八百七十二人分作って結局捕まった大学教授……って言ったら、聞き覚えないかな?」


「…………ハァ!?」


 意味がわからなさすぎて思わず撃ってしまった。

 やっぱり、自動防御みたいにゾンビが湧いて、弾丸がそこに吸い込まれてく。


 ちなみに、知ってる。


 滑川幸夫なめりかわゆきお

 十代の時から十代が好きで四十代になってもそれは変わらなかった、って一文から始まる彼の十数年に渡る援助交際……児童虐待、違法買春記録を収めたアルバムの一部がネットに流出したことで、良い意味でも悪い意味でも、性犯罪の文脈で教授、と言えば彼のこと。ちなみに完全版もあるらしく、ダークウェブの奥底、かなりの値段で取引されるらしい。


「ふふ、拘置所で心臓発作を起こして転生したんだ。そこから戻ってきて、この杖の力で、拘置所から逃げ出した……ニュースにはなってないよ。転生者絡みの事件はこの国じゃ、そう処理されることになってるからね。警察のお偉いさんが、ほら、在郷転生者会なんだよ」

「それで、なんで、こんなこと……」

「アルバム作りが途中でね。終わるまで死ぬわけにはいかないんだ。あ、安心してくれ、オレTS転生でさ、今はふたなり状態。元々オレどっちもイけるから、初めてだって安心だよ。オレのスキルで天国にイケる……あ、これは比喩じゃないぜ? 君ら、見たトコ……十四だな? これから先どれだけ生きてなにをしようが、一生これだけでいい、って思える快楽をプレゼントできる」


 そう言うと女……滑川幸夫は、ウィンク一つ。すると……。


 ……ぐむ……ぬ、ぐぅ~……~……っ……。


 薄いニットワンピースの股間が、そういう形に、盛り上がった。


「あいつノクターンじゃねえか……!」


 思わず叫んでしまった。

 18禁版ネット小説サイトでも異世界転生は人気ジャンルだ。僕も、貞操逆転ものはジェンダーSFとして普通に面白いものが多いから結構読んでる。差し詰め滑川は「例の教授異世界転生 ~けどTSしてふたなりとか聞いてない~」かなぁ……。


 周はようやくゾンビまみれの状況に再び慣れてきたのか……あるいは、見ただけで年齢を正確に当てる彼の技術に怖気がしたのか、ぶるぶる首を振ってから、落ち着いた声で言った。


「…………善人なおもて異世界転生をとぐ、況んや悪人をや……だな」


 ……まあ、そうかも。

 ちなみにこの言葉は、あんま苦しんでない人が極楽に行くんなら苦しんでる人が行けないわきゃない、みたいな仏教の言葉が元。異世界転生の文脈に当てはめると結構視点が変わっておもしろいな……。


「親鸞聖人も助走して殴ってきそうだな……」

「六道輪廻の中に異世界があったりしてね」

「畜生界、餓鬼界、地獄界、異世界……って違和感ないなオイ」


 ぼくと周は結構、お互いに本を貸し借りするのでこういう会話ができる。キリスト教について詳しく知ってれば、やたら十字架モチーフを出したがる中二病をバカにできるな、と思って宗教絡みの本を読んでたら面白くて、仏教本にまで手を出してた。


「相談かい? いいよいいよ、十分やりなぁ」


 滑川が手元で杖をくるりと回す。

 ゾンビの動きが止まる。周囲の数百、数千体が、一斉に。

 ゾンビによるうめき声の喧噪もやむ。

 静まりかえる渋谷駅前バスターミナル。


「……ちなみに、オレはこういうこともできるって、知っといてほしいな、うん」


 ひゅんっ、と杖を一振り。

 すると、彼の元にいた一体のゾンビがとんでもない動きを見せた。


 ぼくらが反応する間もなかった。

 ゾンビのクセして、バイクみたいな速度。

 道路を駆け、ガードレール、バス停、車、ハードルみたいに飛び越し大ジャンプ。

 棒高跳びかよって思うぐらいの高さまで跳んで……。

 ……落下。

 拳を振り上げ、地面に叩きつける。


 パァンッッ、って、何かが弾け飛ぶ音。


 何かと思ったら……ぼくらの数メートル先の道路。

 ちょっとしたクレーターができてた。


 ゾンビが爆弾に変化したのかって思うけど……違う。

 たぶん、ゾンビを超人的なスピードで駆動させ、体自体をハンマーにして、地面にぶつけさせたんだ。文字通り、肉体を武器にした。


 その武器が滑川には後、数十万体ある。見えてるだけでも数千体。


「……だからまあ、怪我しない内に、アイテム出したほうがいいと思うなぁ。さすがのオレも死姦までの趣味はカバーしきれなくてね……」


 にこにこ、温和そうに笑う。

 その笑顔の中には世界レベルの小児性愛ペドフィリア収集家コレクターが隠れてるとわかってても、見かけ上はセクシーお姉さんなので本当にもう、頭がバグる。しかもまだスカート部が見事に、もぬんっ、と膨らんだまま。確実に言えるのは……こいつは、今まで出会った人間の中で頭が一番ヤバい。なんでこの状況で……いやこういう状況だからか?


 にしても。


「……周、一分、時間を稼げないか?」


 ぼくの推理が正しければ……イケるはずだ。

 滑川のアイテムはどうして効果を複数持ってるのか、って考えてみるとわかる。

 アイテムの効果は、拡大させられる……いや、成長させられる、だろうか?

 それなら……拉致って脅迫して、なんて面倒な手順をふまなくてもいいはずだ。

 アーマーのインカムを通し、周が小声で応える。


「……どんな悪企わるだくみだ? ……いや、いい、賭けようそれに」

「合図したら頼む」

「了解。こっちはこっちで、あいつの気を引いてみる」


 そう言うと周は一度ショットガンをしまい、滑川を見つめる。


「お、結論は出たかな?」

「……滑川さんは……女子高生がメインなんじゃなかったっけ?」

「ああ、最初はそうだったんだけどね。でも安定してJCを助けられるルートを見つけて、そっちも活用することにしたんだ。そこからDCとDKのルートも見つかって、いやあ助かった、持つべきモノは友だよ」

「…………助け、る……?」


 脇で隙を伺ってるぼくの首も、周と一緒にひねられてしまった。

 助けるって……なんだ?


「いやね、援交をしちゃう子ってやっぱり、どこか壊れちゃってる……というか、ノーマルな成長をできてないんだよね。言葉が未熟で自分の思考を組み立てられなかったり、あるいは、両親が壊れちゃってるけど福祉に繋がれてなかったり、でさ。そう言う子にお金を渡して稼がせてあげるのは、どれだけ言おうが、人助けになっちゃうんだよね、悲しいけど」


 ……あ、やっぱり……そうか……。


 ぼくは少し、ため息をついた。


 人間、悪いことを、悪いと思いながらは続けられないようになってるんだ……どこかで正当化して、自分は間違ってない、正しいことをしてる、って思っちゃうんだろう。


 彼の論理は一ミリもわからなかったけど、それが彼にとって救い……自分は、性欲に任せて子どもの体を金で買う犯罪ではなく、正しい、しょうがないことをしてるって根拠になってるのはわかって、妙に悲しかった。この犯罪者が切り取られた自分のちんちんを喉に突っ込まれ窒息死しますように、みたいな思いも消えなかったけど。


 助けたいなら金だけ渡せばいい話なのに。そうじゃなくても、自分で言ってたみたいに、福祉に繋げてあげればいい。要するにこいつは、善行をしてると思いながら射精もしたいしコレクション欲も満たしたい、ってだけだ。


「……それはなんとも……でもあなたみたいな人で、男もオッケーだなんて、少し意外だな」

「オレは外見差別ルッキズムには大反対さ。君の友人だって平等に天国にいかせてあげるよ」

「ああ、いや、ボクもだけど」

「……え?」

「ボクは生物学的に男だから。確認する?」


 微笑む周。瞬間、パワードスーツを脱ぎ、制服姿になってみせ……。

 あまつさえ、スカートの裾までちょっと、持ち上げてみせる。

 さすがにそこまで露骨なのは……ってちょっと、ぼくでさえ思ったけど……。


「…………オイ、オイオイ、オイオイオイオイマジじゃねえかよ……!」


 スキルか、あるいは彼自身の技術・・なのだろうか?

 どうやってか体の性別を確認したらしい滑川が……歓喜の声を上げた。


「……これで、これで完成する……! アルバムのてっぺんに……星が輝くッ!」


 意味不明な叫びが轟く。

 瞬間ぼくは周の肩を叩く。

 斜め前方、バス停に向かって走り出す。


「その星に撃たれて死ねッ!」


 周は再びパワードスーツに。

 ぼくと逆方向へ半円を描くよう走り出す。

 両手にライフルを呼び出し滑川を狙って連射。

 当然彼の目の前、ゾンビが溢れだし、ライフル弾を死体の壁で吸収してしまう。

 あの防御がある限り、学校でアイテムを撃って壊してたレーザーも無意味だろう。


 けど半円状に出来た死体の壁で、滑川の視線は塞がれた。

 ぼくはその隙を縫ってダッシュ。

 目指すは数メートル先。

 無人で停止したまま、ドアを開けっぱなしにしてるバス。そのドア。


 けど、行く手を塞ぐようにゾンビたちが立ち塞がる。

 数十体が団子状になって、ぼくに向かってきてる。構ってるヒマはない。

 最小限、通り抜けられるスペースだけを確保するようにショットガンを発射。

 当たらなかった残りは銃床でぶん殴り、それでもしつこいヤツは蹴っ飛ばし。

 周やエマみたいにカッコよくは決まらなかったけど、なんとか道は空ける。

 ダッシュを続け、ヘッドスライディングするみたいにしてドアに飛び込む。

 フラグを立てたと思ったら念じて転移、〈天国の監獄ヘブンリー・プリズン〉へ。


 一息ついて、けど、気は緩めず。


 ぼくはリビングをあさり、目的のモノを探す。いい形のモノ、周に作っといてもらえば良かった、と激しく後悔……くそ、本棚を持ち歩くのはキツいし……なんか、なんかないか……?


 と、焦り始めたところでぼくは、ふと思い出した。ここに本や毛布を持ち込んだ時、たしか使ったはずだ。たしか……たしか……くそ、ぼくにできないことは山のようにあるけど、その中の筆頭が捜し物なんだ……でも、焦るな、焦るな、ここで一日探したって、外では一秒。なんならちょっと寝て、一風呂浴びたっていい……と、本棚の最下段、ホコリがたまりそうだから本を入れなかった段に、それを見つけた。それを抱えると息を整え、少しテスト。頭の中ではうまくいくはずだったけど、現実は頭の中と違う、ってことならぼくは、重々承知してる。


「……よしっ……!」


 テストが成功して小さく叫んだぼくは、それを抱え、バスのドアに駆け戻った。


「ってうわっ!」


 ドアを飛び出した勢いが良すぎたのか、体勢を取り戻しつつあったゾンビの群れに激突してしまう。なんとか堪え、片手に持ち直したショットガンで道を作る。かちゃんっ、と弾切れの音がしたので息をついてそれをしまう・・・


「周!」


 叫んで、ショットガンを中にしまいこんだ、右手のそれを見せつける。

 あいつなら、ぼくのやりたいことは全部、わかるはずだ。


「バ、バカか君はっ!? そんなことっっ!?」

「いけたんだ! 試した! ぼくごと行く!」

「……くそっ、君のタイミングでやれっ!」

「了解!」


 パワードスーツのアシストを最大限に働かせ、ガードレールの円柱部分を踏みしめ、ぼくは最高速でジャンプ。ゾンビの群れに囲まれた、滑川に向かって、一直線。


「……は?」


 周の銃撃がやんで、死体の壁は下がってる。

 滑川がぼくを見る。

 一瞬その顔に緊張が走る。けど、すぐに緩む。

 ぼくが手にしてるのが武器でもなんでもなく、ただチャック全開にしたぺらぺらのボストンバッグだってことで、半笑いにさえなった。


 けど。


 そのボストンバッグの中、見えているのはバッグの中じゃない。

 いかにも居心地の良さそうな、リビングの景色。


 異常を察した滑川は慌てて杖を上げる。空間に穴が開く。

 でも、ぼくはもうその横を通り過ぎた後。

 風の音がびゅうびゅう、耳元で喚く。




「おおおォォオオオオッッ!」




 叫んで、バッグを大きく開き、杖をがぶり・・・

 中に呑み込む。


 一瞬だけ中で杖が蠢く感触があったけど、それはすぐに消えた。というか、勢い余って滑川の手ごと呑み込みそうになって、ぼくは慌てて手を離す。二メートル近い杖の全部は飲み込めず、半分ぐらいまでだったけど……強く、イメージ。


 このドアを、閉める。

 同時にチャックを閉める。

 次の瞬間。


 ……からら、らん……。


 すぱり、バッグに展開した亜空間に飲み込まれ断ち切られた滑川の〈死霊界の王笏ハフトゥスナフル〉、その残骸が、地面に転がった。勢い余ったぼくは、周囲にいたゾンビの群れに突っ込む。死体の壁は、こんどは死体のクッションとなって衝撃を吸収。でもパワードスーツ越し、ぐじゅり、ぼきゅり、みたいな、なんともイヤーな感触が伝わってきて寒気がした。


「な……う……うそ……」


 地面に落ちた自分のアイテムを見つめ、呆然と呟く滑川。

 そして紫色だった空に、光が戻ってくる。


 ヤコブの梯子じみた光に照らされゾンビたちが、蒸発するように消えてく。

 きらきらした光の粒子となって空に立ち上ってく。

 その様子はまるで、死滅した滅亡後ポストアポカリプス世界に春が訪れ、自然が回復してく様、みたいな感じでなんとも感動的だった……その前景にまだ股間が、もぬっ、としてる滑川がいなきゃだけど。


「まったく……無茶しすぎだよ、シロくん……」


 制服姿に戻った周が駆け寄ってきて、ぼくのスーツも収納してくれる。


「……で……考えてなかったけど……この人、どうしよ?」


 地面に膝をつき、死体に抱きつくようにして杖の欠片を握り締めてる滑川。


「……それなんだけど、今のうちに縛って、向こうのヤツと合わせて、あそこに届けておく、ってことで、どうかな、ちょうど近場にあることだし」

「あそこ?」

「うん、あそこ」


 周が指さす方向を見る。


「あ、ああ、あああ~……」


 ぼくらが戦っていた駅前から、大通りを挟んで向こう。

 渋谷警察署、と大きく書かれたその建物も、徐々に、死霊空間の紫が晴れ、通常の輝きを取り戻しつつあった。

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