04 問い:打ち上げって何するの?

「ああもう、スキルの試運転もできませんでしたわっ!」


 ぼくらは後片付けを済ませ、元通りとなった渋谷のハチ公前広場に集まった。相変わらずの人混みの中、エマがいかにも不満そうに唇を尖らせてる。彼女のスキルはかなり限定的で、使いどころが難しい種類のヤツだから……まあ、使える機会はそもそもあまりないだろう。

 ぼくのは……使う予定は一生ない。使いたくないので。話したくもない。


「あはは、しょうがないよ、それは……にしてもあの体の滑川を見たら、警察の人たちどう対応するんだろうね?」

「さて……警察の上の方に元転生者がいるって話だから、それなりに対処されるんじゃない? もうなんのチカラもないわけだし……そのうち元の体に戻ったりしてね」


 と、そう答えながらもぼくは、まったく別のことを考えてた。


 アイテムの使い方には、かなり融通が利く。


 さっきのはあくまでも……なんていうか……解釈を拡げただけだ。

 滑川のアイテムみたいに、ゾンビ空間への行き来、ゾンビ召喚、ゾンビによる自動防御、みたいに複数のチカラを使い分けてたのとは違う……と、思う。あの〈死霊界の王笏ハフトゥスナフル〉のチカラ……できることは、明らかに、一つじゃなかった。全部ゾンビ関連ではあったけど……で、滑川は言ってた。


 自分たちはゼロポイント、だって。

 ってことは……。


「ね、皆様、今日は打ち上げしませんこと!? 新しいコインで何を買うかも考えなくてはなりませんし……お腹もすきましたし……とりあえずは皆さんでお昼、どこかで頂きましょう?」


 腕組みして考え続けてるぼくを尻目に、エマが顔を輝かせて言った。


「うん、いいね! シロくん、いいかな?」

「……ん、あ、え……牛丼とか?」


 突然だったのでそう言うと、エマは盛大に顔を歪め、周は苦笑い。

 ……どうやら間違えたらしい。


「……カラオケとかなら、死んでもいかないぞ」


 クラスの人たちはテストの後、打ち上げと称し、なぜかいつもカラオケに集合してる。大きな試練の終わりを祝し皆で薄暗い小部屋に集い歌い踊る、なんて、ネイティブアメリカンの儀式みたいに思えて常々謎だったけど……とりあえずぼくは、カラオケに行くぐらいなら殺された方がマシだ。誘われたことないし。


「行かないって。ご飯だって言ったろ、シロくん」

「カラオケでもご飯は、なんか、食べられるって聞いたけど」

「もうっ、志郎さま、打ち上げなのですから……もっとこう……ぱーっとした場所に、ぱーっとしたのを食べに行くのですっ!」

「……じゃあ……うどん?」

「……なぜ?」

「じゃあ……ラーメンとチャーハンと餃子だ」


 耐えきれない、と言った感じで周が吹き出した。


「だめだエマ、シロくん、誰かとご飯食べに行くとかそういうこと、しないから」

「……ええ、そうでしょうね、とは思っていましたが……では……そうですわね……カフェ……カフェにいたしましょう、渋谷なら私、いいお店を知っております。ちゃんとお食事も美味しいところですのよ」

「ええー……きっとそこ、コーヒーが一杯五百円以上するお店だろ」

「それは……そうですわよ、ちゃんとしたカフェですもの」

「そんなところに中坊三人が行くのって、ハタから見るとちょっとお笑い種じゃないか?」


 ぼくが大人だったら絶対……。

 ああ、このガキはきっとムリしてコーヒーをブラックで飲んでて、友達の前でその強がりのかっこ付けの引っ込みがつかなくなって、こんな通好みスノッブな喫茶店にまで来ちゃったんだろうな、ああ若いなあ、なんて思う。うへえ。キモオタ陰キャくんと思われ嘲笑われるのはどうでもいいけど、そういう生暖かい視線だけは絶対にゴメンだ。


「大丈夫だよシロくん、なんにも思われないって。補導されそうになっても、例の学校の生徒だって言えば納得してもらえる。他の元転生者に見つかったって……今のボクらなら大丈夫。むしろ、かかってこいじゃないか?」

「……ぼく、そんなにお金ないぞ。昨日ゲーム買っちゃったし」

「はぁ!? ちょ……志郎さま、いったい、いつの間に、そんな……」

「小遣いは全部電子マネーにしてあるからいつでもどこでもゲームに本が買える」

「こんな、ことに、巻き込まれてるというのに、あなたという人は……ゲームを……」

「いや、発売日だったから」


 一年前から告知されてて、クローズドβテストの抽選も受かってやりこんで、バグにバランスの不備を報告しまくって、発売を指折り待ってた新作だ。現代まで鎖国を続けた日本を舞台に秋葉原の地下に潜ってくローグライクアクションなんて、やる以外の選択肢がない。サイバーニンジャにジェットサムライ、電撃極道と野良サイボーグ、ミュータント化したオタクに殺人上等なハンターたちで溢れかえるアキバの地下迷宮でジャンクを拾い、それを組み合わせて武器防具にするってのが最高だし、プログラムのバグをモチーフにした敵を倒したらそのプログラムじみたスキルをゲットできる、ってのもいい。なにより、こんなにまでそのゲームを楽しみにしてるのはたぶん、日本の十代じゃぼく一人だろうってのも最高だ。


「あ、やりこみだしてはいないよ、最初のボスまで、十時間ちょっと」


 エマは……口をぱくぱくさせる、あっけにとられてぼくを見る、天を仰いでため息をつく、ツッコむ……四つの動作のどれからやったらいいのか、本人も迷ってる感じで、あたふたしてる。見ててちょっとおもしろい。感情表現の豊かなヤツだ。


「もう……いいですから、私、ごちそうしますから……」

「いやいいよ、シロくんの分はボクが出すよ」

「いいってば、ぼくが自分で払うよ、そこ、バーコード払いできる?」

「ならここは私に出させていただけませんか?」




 そして、そいつが、いた。

 いつの間にかじゃない。

 その瞬間にあらわれ、言ったんだ。




「それにカフェでしたら、渋谷でベストのお店をご案内しますよ」




 Total Test Techトータル・テスト・テック、通称三トン。


 アナログとデジタル、両方の世界流通を牛耳ってるに等しい企業のCEO、深月みづきヴィクトリアが、サングラスを外しぼくらを見つめ、笑って言ったのだ。

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