03-01 善人なおもて異世界転生をとぐ、いわんや悪人をや pt.01

 装備を整えドアから飛び出す。

 ゾンビに無駄弾を使いたくなくて、蹴飛ばして周の元へ駆ける。

 けど、エマの方が先にたどり着いてた。

 雄々しい叫び声と共に。


「だあああぁぁっしゃぁぁあああっっっ!」


 筋力マックス、白黒ロリィタワンピースに着替えてるエマが叫び、思いっきり助走をつけ、お嬢様らしからぬ叫び声をあげ、男に殴りかかっていた。

 が、男はバックステップ。

 スゴい勢いで空を切った拳が、ぶぉぅんっっ、とスゴい音を立てる。

 再び交差点中央まで、ひとっ飛びに下がった男。

 剣でエマを指し、もう片方の手で、くい、くい、とジェスチャー。


「……エマ、これ」


 深緑色のバールを一本、彼女に差し出す。


「ええ」


 笑った彼女を見て、ぼくは思った。

 ……あ、これはたぶん、大丈夫なヤツだ。


 エマは、伸びをするネコみたいに脚を撓ませる。バールを掴む。

 男の待つ交差点まで、こちらもひとっ飛び。

 ぶんっっ、と一振り、手にしたバールを、男に突きつける。

 渋谷の交差点ど真ん中、数メートルで対峙する二人。

 ……見物モードに入りたかったけど。


「周!」


 改札近くでゾンビに囲まれてる周の元に、ぼくは走った。




    □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■ 




 渋谷駅前交差点、ど真ん中。

 数メートルの距離。

 バールを突きつけ、謎の男性と正対します。


「……宮篠エマ、と申します。そちら様は?」


 いつの間にか、はしたなくも上半身裸となっている男性。

 いかにも邪剣、そんな風格を漂わせる剣を肩に担ぎ、無遠慮にわたくしをじろじろ見て、ヘッ、と笑いました。


円盤えんばん異世界代表。ラフィアン・ガリグ」

「……地球でのお名前を聞いたのですが?」

「僕は……こっちじゃ死刑の予定だったけど、独房で心臓発作起こしたら転生して、それで赤ん坊から丸々二十九年、向こうにいたんだ。戻ってきて脱獄して、もう元の名前なんて名乗る気ないよ。僕はラフィアン、ラフィアン・ガリグだ」


 ……はい?

 今……死刑、と……?


「死刑って……いったい、何を……?」

「たいしたことないよ。駅前で刃物振り回して十人いかないぐらい殺したってだけ。そのおかげで切り刻んで殺すのを生きがいにできたけど」

「……ひょっとして……菊川生きくかわしょう……?」

「ああ……なんだ、覚えてる人もいるんだ」


 まだ私が小学校の頃の話ですが……。

 牛刀を駅前で振り回し、多数を殺傷。逮捕されると、人生詰んでるから最後に一花咲かせたかった、しか答えなかったという方。


「それで? お嬢さんはどこの異世界から?」

「……冷静にお考えいただきたいのですが……異世界の存在が公の事実で、行き来も盛んな場所ならともかく……世界自体の名前など、あるわけございませんでしょう」


 元より言う気はありませんし……飲まれたら、負けてしまいます。

 たとえ相手が誰であろうが、ナメられたら終わりなのです。

 宮篠たるもの、常に相手を圧倒する気構えを持たなければ。


「……たしかに」


 素直に、なるほど、という顔になる男、ラフィアン。

 ……この人ただのおバカかもしれません。


「ヤる前に、言っときたいんだけど」


 ヤる、と言った時……ラフィアンの特徴のない顔に笑みが浮かびました。彼の手にした、不吉なオーラを放つ邪悪な剣にぴったりの笑い。


 絶対……る、でしょうね……。


「なんでしょう?」

「僕のアイテムはこの〈邪剣じゃけんガラルドリング〉。斬撃を音速で飛ばせる。傷口が五カ所にできると正気を失って、そしたら僕の奴隷」


 ぺらぺら、喋り続けるラフィアン。


「そしてスキルは《剣鬼けんき》。物理法則ガン無視の技を、自分で作って使える。剣の重量を数千兆倍にしてミニブラックホールを作ったり……剣速を限りなく光速に近くしてクレーターを作ったりと……ま、わりと思いのまま……なんで説明するか、不思議?」

「それがスキルの発動条件、ということでございましょう」


 少々ありがちです。

 しかし私がそう返すと、ラフィアンはまた笑いました。


「いやー……こうでもしないと、すぐ死んじゃってつまんないからさ。僕は……人を切り刻むってホントいいな、って思ってさ。異世界でもそればっかやってたんだ。だから、なるべく悪あがきして、長く楽しませてくれるとありがたい。それじゃ、ま……人狩りいこーかッッ!」


 そう叫ぶと両手で剣を握り、上段に構えます。

 私も拳を打ち合わせ、武器戦闘用にお着替え。


武礼正装ドレスアップ! 流法モード月下令嬢ムーン・ライト・レディ!」

ちょうじゅう破断撃はだんげきッッ!」


 人間を超越した速度でジャンプしたラフィアンは、一足飛びに距離を詰め、上空から大振りの上段切り……超重破断撃ちょうじゅうはだんげき


 ギィィンンッッッ!

 私のバールが邪剣を受け止め、火花。


 そこに込められている重量は、とうてい、大人の男一人と剣一本の重さではありませんでした。今の私でも思わず膝をつきそうになってしまうほど。けれど、この程度はへいちゃらです。武器戦闘特化のこのお洋服でもある程度、一般人トップクラス程度になる身体強化は入っておりますし……何より……この人、やっぱり、ただのおバカです。


「あのー……斬撃を飛ばせるのに近接戦闘する意味、ございまして?」

「わかってないなぁ、肉を切る感触が手の中に欲しいんだ。生きてる実感とか、意味とか、そういうのでしかもう、感じられなくてさ」

「……ダっっっサっ!」


 思わず言ってしまいつつ……。

 体をねじり半歩踏み込み。

 バールを滑らせ。

 尖った先端を男の首に引っかけます。


獅翼飛心しよくひしんッッ!」


 しかし、叫んだラフィアンは急上昇。

 ロケットのように空へ舞い、一回転してキレイに着地。


「やっぱ……ただのバールじゃないね、それ」


 今度は剣を下段、体を短距離走者みたいに屈めながらの脇構え。


「……では私も説明いたしますね。私のアイテムはこの〈絶対破壊ぜったいはかい〉と〈絶対防御ぜったいぼうぎょ〉」


 バールを振り、スカートをはためかせます。


「殴ったものを概念的に壊し、私に来る攻撃はすべて自動で受け流す……そしてスキルは《絶対回復ぜったいかいふく》。即死しない限り何度でも自動回復し……あなた様を討ちます」


 正直に申し上げますと……このようなハッタリに取り合うのはどうかと思いますが……。

 それを聞くと、ラフィアンは笑いました。


「それはいいな。何回でも切れるってこと? そんなの……ああ、ちょっと、たまんないな、あ、大丈夫、四十回くらいで満足すると思うから……ウヒヒヒヒ……」


 ……ああ、やっぱり。

 幾度となく思い知らされたことをまた目の前に突きつけられ、私はため息を漏らしてしまいました。


 漫画に出てくる犯罪者には時折、とても魅力的な方達がいます。

 クールなアウトロー。粗野な荒くれ者だけど人間味溢れる傑物。そして、月夜に哄笑を響かせる狂気に満ちた理解不能の怪物……。

 異能おバトル物語を彩るそんな方々に、惹かれてきた人生でした。


 けれど……。

 現実にいる犯罪者は、そのどれでもなくて。


 情けなく。だらしなく。

 強さも弱さも、私たちと同じで。

 ええ、きっとそういうことなんでしょう。

 世の中にカッコイイ犯罪者、アウトローなど、存在しないのでしょう。

 カッコイイ狂気、などというものも存在しないように。


 狂気とは、ありふれて、みっともなく、誰の中にでもある、普通のもの……ひょっとしたらあのデスゲーム世界は、漫画じみた世界に憧れている私に、そんな現実をわからせるための場所だったのかもしれません。


「あの……言っておきますと、超重破断撃ちょうじゅうはだんげきは本当に、ダサい、ですわよ。二十年前ならアリだったのでしょうが、今だとただのギャグですわね。この令和の世の中、技名に超をつけていいのは小学生か、ネタキャラか、ギャグ漫画でしょう」

「……はぁ?」


 ……でも、何より一番ガッカリしたのは技名でしたが。


「けれど獅翼飛心しよくひしんは、なかなかです。獅子に、翼、で、飛ぶ心……詩的ですわ。ただ惜しむらくは、邪剣と釣り合いがとれていませんのよね……そも、どちらかといえば称号や二つ名でしょう。最後に……人狩りいこう、は、ちょっと、あなた……二十万人ぐらいが書いたことや言ったことあるのではないかしら? 決め台詞はもうちょっと作り込んだ方がよろしくてよ?」

「あーはいはい……クソガキがっ! 縮地しゅくちッ!」


 ……あー、どうしてそこでそれを……!? オリジナルで押すべきでしょう邪剣なんですからコンセプトがブレブレではありませんか……!? なんて思いつつ、私は息を整えます。


 このバールは〈天国の監獄ヘブンリー・プリズン〉にかかっていた、志郎さまの異世界で伝説級レジェンダリーだった剣を素材にし、周さまに作ってもらったもの。


 効果は単純にして明快。

 決して壊れない。それだけ。


 ですがそれだけで、十分なのです。

 こんなお三下の、お雑魚相手には。


「なっ……?」


 がちんっ。


「私とあなたでは、立っている場所が違うのです」


 GMグランドマスター級の武器戦闘スキルは、ラフィアンが接近してくる軌道、剣をどこに入れてくるかの予想をしてくれます。


 音速に近いのではないかと思う速度で突進してくるラフィアン。

 下段の右脇に構えた邪剣が、私の下から真っ二つにすべく、振り上げられます。

 邪剣の切っ先が地面を離れたと同時。

 私は地面にバールを刺し、邪剣の進路を塞ぎ。

 打ち合わせた衝撃で、バールを支点に宙に舞い上がり。

 半回転。

 ラフィアンの背後に着地。


 そして無言でお着替え。


 私がわざわざ拳を打ち合わせたり、技名や、変身ワードを言ったりするのは、このためです。そうしなければ使えないチカラだと思い込むおバカな相手を釣るため……が、半分。後はその、はい、趣味でございます……! ですが。




 技名を叫べない人生になんの意味があるでしょう!?

 人を中二病と笑うより、人から中二病と笑われる方が愉快な人生ですわ!




 ……ですが私とて、今がその時ではないとは、心得ております。


「勝つための勝負には、殺しこそ不純物」


 無言の瞬間お着替えは完了です……まあその、勝ちセリフだけは、言わせてもらいましたが……。


 カナリアイエローのPVCレインコート。

 ピンクメッシュのつんつん髪。

 じゃらじゃらつけたギラギラのアクセサリー。

 エナメルのタンクトップ、エナメルのホットパンツ。

 レースアップのエナメルのハイヒールロングブーツ。


 いかにもサイバーパンクな格好……というか、サイバーパンク世界の治安の悪い路上、ストリートで、ハッキングや空き巣や……スリなどをして、生計を立てていそうな女子の格好です。


「なっ……」


 私たちの目的はポイントであって、誰かを殴ることではございません。ましてや殺しなど、この新異世界黙示録では、策としても下の下。


「『掏摸ピック・ポケット』発動っ……!」


 すちゃっ。

 服装によってGMグランドマスター級となった『掏摸ピックポケット』スキルで、手にした邪剣を奪い取ります。

 手の中に収まった邪剣で、私の精神がどうにかなってしまいそうなのが少し、怖かったのですが……どうやらそういう効果はないようです。


「もう、これではスキルのお披露目もできませんわ。弱すぎて……」


 こちらもGMグランドマスター級となった『軽業アクロバティック』スキルで、ラフィアンの背中に片手をつき、跳び箱みたいにジャンプして飛び越えます。


「ま、弱いのも当たり前ですわよね。あなたが殺したのは赤ん坊、小学生、その母親……しかも全員女性。殺しが生きがいだの、肉を切る感触だの……オレサマはイカれた狂気の殺人鬼だぜ、と仰りたいようですが……」


 くるんっ、空中で一回転してから、たんっ、と着地。

 我ながらキレイに決まりました。


「自分より弱いと思う相手でなければ、ちょっかい一つかけられないのですよね」


 あっけにとられているラフィアンに、あっかんべえ。


「小学生にタイチョーって呼ばせてる中学生みたいですわ~~っ!」


 叫んで、邪剣を抱え走り出します。

 志郎の部屋のゴミ箱にポイすればお終いです。


 あー、楽勝すぎてつまりませんわ!




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