02 主人公
無人。
朝九時前の渋谷、スクランブル交差点が、無人になってた。
駅前広場。
ハチ公前。
交番の中。
見渡す限り無人。
道路にも動く影は一つもない。
ただ不気味な紫色の空の下。
生気のなくなった建物の明かりだけが辺りを照らしてる。
ぼくは立ち尽くし、辺りを見回してしまう。
けどやっぱり、誰もいない。
「ああ……広い場所でやりたくてね、わざわざついてきてくれて、ありがと」
交差点中央に立った男がそう言うと、手の中に剣があらわれた。禍々しい、いかにも魔剣、ってオーラを放つそれは、何もかもが曖昧になる紫色の空の下、空間を切り裂くように鋭い、赤い光を
「おい、顔に傷つけんなよ?」
と、どこからともなく女性の声がした。
「つけない……そういう趣味はないんだ」
「切り刻むのが趣味のクセによく言うぜ」
「切り刻むのが趣味なんじゃない、切り刻んで殺すのが趣味なんだ」
「あーはいはいそっすねー」
そんな会話が聞こえたかと思うと、男の影が長く伸び……そこから一人の女の人がむくり、まるでプールから出てきたみたいに姿を現す。
「さて三人……一人分、貸しがあったよな?」
「……ん、いつの?」
「オイとぼけんな、先週だよ、戦闘系の二人だからって二人とも譲ってやったろ。せめて殺すなって言ったのに……結局バラバラにしやがったあのJKとJDの二人組だよ、ったく、せっかくの百合カップルを台無しに」
「あーはいはい……僕が一人、お前が二人」
「よーしよしよし」
薄茶色、胸元がざっくり開いたニットワンピース。
いかにも美女って感じの服装なのに……右手には禍々しい杖。
美女の身長ほどもある長い杖は先端に、燃えさかる、大きな目玉がついてる。ぎろり、ぼくらを睨んだその杖が、大きく振り上げられる。
気付かれてたって、ことなのか……!? いや……口ぶりからすると……こいつらが、アレなんだ、ホントにいるかどうかはわからなかった、金か何かをもらって他の転生者を始末する、裏社会の仕事屋的存在……!
狙われてたのはぼくらだ!
けど、その裏社会の仕事屋的存在の二人が動き出す、前。
「
ガチンっ、とエマが両手を打ち合わせる。スピード重視だという薄水色のミニワンピースに変身すると、あっけにとられてたぼくらの手を引き駅の中に逃げようとした。
「ハフナフト・ハルクスルクス・フナハフト……」
女性がなにやら意味不明の言葉を朗々と詠唱。
すると……。
……ばたっ。
ばたたたっ。
ばたんっ、どむんっ。
空中に不思議な穴が開いた。
そこから雪崩のように人が落ちてきてぼくらの行く手を塞……。
いや、行く手を阻んでいるのは、人じゃない。周が呟く。
「……ウソ、だろ……」
腐臭を漂わせる死者の群れ。
宙に開いた黒い穴から降ってきたのは、ゾンビだった。
「Grrrr...Goaaahhh...!」
融けた頬肉を滴り落とし、腐った歯茎はむき出し。
淀みきった目を向け、ぼくらに襲い掛かってくる。
「
敵がゾンビと見るや否や、防御力重視の服だって言ってた夜会服みたいな黒ドレスに着替えたエマが叫ぶと同時、思いっきり加速をつけてゾンビの群れ……というか、数十体が団子状になってる場所に体当たり。ボーリングのピンみたいに跳ね飛ばされるゾンビ。周も念じて一瞬でパワードスーツに着替え、ライフルを手にぼくを見る。
……くそ、あんまこの能力、チートじゃないかも……! ぼくはまず、ドアがいる……!
「先導する! ついてきて!」
周の後ろにくっつきながら辺りを見回す。
そこかしこの空中に穴が空き、ぼとぼと、ゾンビが降ってきてた。
数十……あるいは、数百に至るかもしれない数が、続々。
交差点中央では、悠然と杖を構えながら詠唱を続けてる女。
いつの間にか……その隣に、男がいない。
「なんだ……手強いって聞いてたけど……
気付くとぼくらの頭上にいる男が、大上段から剣を振り下ろしてる。
「シロくんッッ!」
ぼくを突き飛ばした周がライフルで剣を受け止める。
……すパりッ。
あっけなく断ち切られたライフルは両断され地面に落ちる。
周はすんでのところで身を引いて剣撃自体は回避。
今度はショットガンを呼び出して手に。
躊躇なく発砲。
「
けど。
「おい銃なんて……やめようよつまんないから」
技名らしきものを呟くと瞬きするよりも早く、いや……銃撃よりも速く男が剣を振るい、カカカカンッッ、みたいな小気味よい音が響いて、銃撃がはじかれた。一メートル前後、至近距離からの、ショットガンの弾丸がすべて。遠くの方で、ぱりん、がしゃん、みたいな、跳弾の着地音がした。
「シロくん! 走れッッ!」
腰だめに構えたショットガンで至近距離からの銃撃を繰り返す周。
そのたびに男の剣が、残像さえ見えない速度で閃く。
易々と銃撃を剣で防御しながら、周との距離を詰めてる。
「……クソッ!」
ぼくは走り出し手近の建物を見渡す。
けど手近で入れそうなドアがない。
交番の前も、電話ボックスの前も……それどころか中まで。
どこもかしこも、ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ。
入れそうなドアなんてどこにも……。
「マジか、よっ……!」
豪華なプレハブ、みたいなショールーム的謎の建物が、ハチ公口前、大きな看板広告のすぐ横に、奇跡みたいに立ってた。一体全体何する建物なのかさっぱりわからないけど……ドアらしきものは……ある! これぞご都合主義だ! なら主人公はぼくだあのイカレお嬢様め!
背中に銃撃の音を聞きながら、空から降ってくるゾンビを避けながら、ぼくは自動ドアに駆け寄りボタンを叩く。鍵はちゃんと、ズボンに縫い付けた隠しポケットの中。気が遠くなりそうなほどゆっくり、開いてくドア。背後に聞こえるゾンビのうめき声を無視して、体をねじ込む。がしり、肩口に、湿った奇妙な感触。ゾンビに捕まれてる。でも……ぼくが出口、入り口って認識してる場所に、体が少しでも入りさえすれば……フラグは立てられる……っ!
「〈
……声に出して言う必要は、もちろんない。
叫びながら心で念じると、なんとかぼくは〈
……くそ、どっかのギルドがぼくらを処分するために、あの二人を雇ったってことなのか? あの謎の紫空間はなんなんだ? いざとなったら……いざとなったら三人で逃げることも、考えておかないと……いや、でも……。
明らかに手練れだった。あの男女二人組は。だったら……。
ぼくは首を横に振る。できることは、絶対ある。
ぼくは駆け足で武器庫に駆け込み、パワードスーツとショットガン……それから、前夜に相談して作ってた武器を手に、謎の紫空間と貸した渋谷駅前に、また戻っていくのだった。
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