第三章 おバトルでしてよ!

01 オーバー

「目標を肉眼で捕捉。これより追跡に入りますわ。オーバー」


 耳元で囁く声に、少しため息をついてしまう。


「……なあ、それ意味ある……?」


 小型のヘッドセットに向かってそう囁くけど、返ってくるのはイラついた声。


「……三者通話なんだからこうしないと混乱いたしますでしょ! オーバー!」

「にしたって……ぼくらにも位置は見えてるんだぜ」

「オーバー!」

「……そもそも余計目立つだろ、オーバー……」

「あはは、たしかに。目的地が確認できるまで通信は極力控えよう、オーバー」


 冷静な周の声。


「……わかりましたわ。降りる合図は咳払い二回ですわよ。オーバー」


 不満そうなエマの声に、ぼくは少しため息をついた。




 〈天国の監獄ヘブンリー・プリズン〉で温泉にゆったりつかり、お泊まり会をしたりしながらも、ぼくらは作戦を考え続け……そして今日、それを実行に移してる。


 コインを使い手近の元転生者を探すアプリ利用権を買ったぼくらは、通勤ラッシュ時刻の駅前に集まり、いつの間にかスマホに入ってたアプリを起動させた。もう大概のことには驚かないけど、スマホの中じゃなく、現実の視界に直接かぶさってく、ステータスのデザインに似たインターフェースには少しビビる。大まかな地図が出て、その上にピンが立ってる。これが、もっとも手近にいる元転生者の位置ってことだろう。


 けど、その位置を拡大してくと……。

 ぼくたちと同じ場所に、いた。


 朝八時半、JR大崎おおさき駅。

 学校の最寄り駅であるここは乗り換えハブでもある。

 平日のこの時間帯は当然、すごい人混み。

 でも、この中にいるらしい……元転生者が。

 アプリによれば、パーティメンバーには反応しないようになってるらしいし。


 そして、はたして、いたのだ。

 ふっつーに、駅前の喫煙所から出て駅に向かって歩いてた。


 ツンツン頭で、ジーンズにTシャツの、二十代ぐらいの青年。

 これといって特徴はない。顔立ちはどことなく楽しそう、ぐらい。

 尾行されてるって気付いてる様子はない……と、思う。

 視界に被さってくるアプリの表示によると、この男こそ「▽元転生者」らしい。

 人の頭上、通勤ラッシュの駅ナカ、そんな表示が出てるのはかなりシュールだった。


 ぼくらは周の作った無線通信機を三者通話で繋ぎっぱなしにして連絡を取り合いながら、つかず離れずの位置で男を追いかけた。尾行を続け、人気のないところに来たら……どこかのドア伝いにぼくのアイテムで拉致。抵抗されてもエマのチカラで無理矢理押し込む。〈天国の監獄ヘブンリー・プリズン〉に入れたら後はこっちのもの、周が作ったゾンビ用拘束具で、アイテムをこちらに差し出すまで閉じ込める。なんとも乱暴極まりない、穴だらけに思える作戦だったけど……冷静に考えて、ぼくらがポイントを稼いでくにはこれしかなかった。こっちには現実世界での人脈とか、お金とか、そんなもんない、単なる十四歳が三人きり。多少泥臭くてもやるしかない。




 ぼくは少し緊張してた。

 ターゲットにした元転生者の男のアイテム、スキル、何もわからない状態だ。

 一駅、二駅、電車は過ぎる。

 心を無にして満員電車に耐えてると、エマの咳払い二回。

 いつの間にか渋谷に到着してた。

 なんとか満員電車を降りてほっと一息ついたのもつかの間、耳に周の声。


「……ハチ公口に向かってる、オーバー」

「それどっち?」

「もうっ……! 案内板に書いてありますわよ! オーバー……!」


 辺りをきょろきょろ見回し……人混みの遠くに標的を示す「▽元転生者」の文字列。

 電車を降りてもキツい人の流れに、なんとか混じってく。


「ハチ公口、改札を出た。交差点に向かってる。オーバー」


 周はやっぱり、冷静な声。ぼくと違って渋谷にはよく来るらしい。


「それって改札出てどっち……? オーバー」

「左、左出たらすぐですわ! オーバー!」


 駅を出ると、なんとか一息つける……かと思いきや、駅前広場みたいなところにも人、人、人、で、交差点とやらも見えたけど、そこもやっぱり、人、人、人。一体全体、みんな、渋谷になんの用があるんだ? 平日なのに……リモートじゃだめな仕事ってこんなにあるの?


「ほぼ先頭位置で信号を待ってる。オーバー」


 ぼくはなんとか人混みをすり抜け「▽元転生者」の表示に近付いてく。


「って、おい、ちょっ…… ちょっとっ……!」


 珍しく慌てた周の声がして、ぼくはまた慌てて人混みをかき分ける。


 すると……男がすたすた、赤信号の車道に歩み出てる。

 まだ車が走ってる中、当たり前のような足取りで。

 ブレーキ音、クラクション、車同士がぶつかる音、周囲のどよめき、悲鳴……。

 そんな中、男は平然と歩みを進めてた。

 信号が見えないか、車が見えないか、あるいは……。


 車程度じゃ自分は死なない、と確信してるかのように。


 そして、振り向いた。目が、あった。にやりと笑って男は言った。


「よし、やろーか」


 男が両手を拡げると、世界が紫に包まれた。

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