07-01 Why can't we be friends? pt.01

 それから現実時間で一週間。


 集まる用にしてた周の部屋と〈天国の監獄ヘブンリー・プリズン〉を行き来しつつ、ぼくたちは策を練り始めた。こっちから攻める……ポイントを手に入れる手段を。


 でも冷静に考えるとおかしくて、笑いを堪えるのが大変だった。

 だって、いくら数年の異世界経験があるからって……根本的にはただの十四歳が三人だけで、世界に冠たるトップファイブ企業、ZOASTゾーストのCEOたちをどうやって倒すか、なんて話をしてるんだから。




「あーもー……まとまりませんわね!」


 〈天国の監獄ヘブンリー・プリズン〉のリビングで、ああでもないこうでもないと策を練り続けてたところ、ぐてっ、とエマが机の上に体を投げ出した。たしかにアイディアはいろいろ出るモノの、今のところこれと言った案はない。


「そうかな? ボクたちのスキルなら、結構やれると思うけど」


 周はそう言って立ち上がると、伸びをして歩き出す。部屋のあちこちを確認したり、指や腕で長さを見てみたり。


「……あら、何してるんですの?」

「こういう時は気分転換に限るよ。スキルをもっと使っておきたいしね……ねえシロくん、またこの小屋……ちょっと改造してもいいかな?」

「い……この前みたいなのは勘弁してくれよ」

「人間をゾンビにするチカラを持っているヤツがいたら、絶対役立つよ」

「……君も君で、かなり、異世界に頭をやられてるな……」


 つい先日のこと。生存には車が絶対必要なんだ、と謎の主張をした周によりここの一室が、なんと駐車場に改造された。物資回収用のトラック、移動拠点用の装甲バス、そして趣味のスポーツカー、と、三種類の車まで見事に作り上げた。おかげで近隣の山中にある廃屋が丸々一軒、そしてそこの廃車三台が、周によって解体、素材とされ消えた。日本の空き家問題もこいつのスキルがあったら解決するに違いない。もちろん車の使い道なんてな……あるのか……? ……いやないだろ……。


「で……今度はどうしたいんだ? ……あ、そうか、一人一人の部屋か」

「それも後で作りたいね。けどシロくん、ここって……外の空間は使えるのかな?」


 そう言うと周は立ち上がり、縁側みたいになってる窓に向かう。


「一応……畑仕事ができるぐらいの範囲は、歩けるようになってるはずだよ、出たことないからよくわかんないけど……範囲外に出るとループするはず」

「ふむ……じゃあできそうかな……?」

「え、何するんですの?」

「露天風呂、作ろうと思って」


 それを聞いた途端、エマが勢いよく体を起こし叫んだ。


「えーーーーっ!? できるんですの!?」


 この小屋はまんま、ナーロッパ異世界のようなものなので電気とインターネット、それからお風呂とキッチンもない。訓練のときは一応、周がいかにも、初期装備みたいな下着に服を着替えとして作ってくれたけど……体は水とタオルで拭くだけ。


「ああ、概念系のチカラみたいなものでね、どこでも、いい感じの温泉を作れる」


 言うが早いか周はベランダから出ると、外を慎重に歩き始めた。


「周ー、なんか材料いる? 水とかは?」

「ナシでいけるはずだ。この温泉工事……ぼくの異世界の、おまけ要素みたいなものでさ。ゲーム的なメリットは特にないんだ。だから制作の縛りも、スキルマックスってだけで材料面はほぼない。工具類はもうストックしてあるし、半時間ほど待っていてくればできるよ。のんびりしていてくれ」


 そう言うと早速、スコップを出してサクサク掘削を始める。動作は本物っぽいんだけど、掘ってる範囲が明らかに広すぎるし、掘った土は消えるしで、なるほど、周はマジで、ゲーム内転生だったのかもしれない。


「はー……いいですわねー、あのスキル……サバイバーズビル、でしたかしら」

「《Survivor's_Buildingサバイバーズ・ビルディング》」


 周がスキル解放で手に入れたのは、いわゆるゾンビゲームの建築スキル。

 家具は言うに及ばず家そのもの、はては要塞化した砦拠点みたいなのまで作れる。


「……ねえ、志郎さま、あのー……」


 ぼんやり周を眺めてたエマが、ふと、テーブル向かいのぼくに視線を向けた。ぼくはこう言う時に、こんな風にちょっと口ごもりながら言われそうなことはもう、本当にわかりきってるから先回りして言う。


「……はぁぁぁ……付き合ってない。ぼくはシスジェンダーのヘテロセクシャル。あいつは五歳から家が隣の幼馴染みで、ゲームと本の趣味が合うからぼくを一番よく知ってるってだけ。あとシスジェンダーのヘテロセクシャル、の意味がわからない場合は自分で調べてくれ。この時代にこの言葉を聞いたことさえないってんならちょっとヤバいから少しは勉強した方がいい。人にいきなりそういう質問をするのは、普段どういうセックスをしてるんですか、って聞くぐらいだってのも合わせて」


 一息に言い切った。


 顔のいい幼馴染みを持ったキモオタ陰キャくんには、そういう質問が来る。マジで何回も何十回も来る。総計するとたぶん百回以上来てると思う。特にその幼馴染みがジェンダー的にマイノリティの場合は、もう、てめえそれ本人に聞けないからってぼくに聞くなよ、みたいな質問まで来る。そんな質問にそのまま、本人に失礼だから聞けないことはぼくに聞いても失礼だよ、って返すと、陰キャのくせにマジメぶってなに調子にノってんの? みたいになるのはなんとも納得いかない。人の性器の行く末しか気にすることがないアホのくせになに調子にノってんの?


「はぁぁぁ……知ってますわよぅー、習いましたもの。体の性と心の性が同一で、異性愛者、でしょう。ではなくて……私たち、まだ話してないこと、ございますわよね」


 ……答えたくない。

 ぼくは椅子に座ったまま、ぼんやり、天井を見上げる。

 それでもエマが口を開かないモノだから……諦めて、言った。


「……昨日帰ってから、無人殺人事件を改めて調べてみたら……都内でそれっぽいのがまた数件、あったってさ」


 おそらく、ぼくらの行く末に、非常に関係あると思われる言葉。


「……そう、ですわよね……」




 無人殺人事件。

 SNSで調べるとすぐに出てくるし、なんならまとめサイトに検証サイトもいくつか作られてる新手の都市伝説、実話系ネット怪談の一つ。


 典型的な例はこうだ。


 あるタワマンで爆発事故が起こり、一つの部屋が炎上した。

 しかしその部屋は契約上、数年前からずっと空き部屋。

 なのに明らかに誰かが住んでた形跡がある。

 だが名前や経歴なんかは一切わからない。

 おかしなことに部屋の持ち物や監視カメラに、明かな空白だけが残されてる。

 ……まるで誰かが、存在した記録と記憶だけを雑にかき消されたかのように。


 こういう例が検証サイトにはいくつも報告されてる。警察でも調べてはいるらしいけど、被害者がいないので事件にしようがなく、本気の調査ではないようだ。似たような事件がネット上でまとめられ、無人殺人事件と名付けられ、ハッシュタグも結構賑わってて、物好きたちが今も真相解明に挑戦してる。陰謀論にもよく絡められる。




 ……そして、たぶん、これが。


 ぼくら元転生者の、末路の、可能性の一つ。

 新異世界黙示録で殺されたら……まいったね、異世界から地球に帰ってきたと思ったら、今度は都市伝説の中に消えるのか。


「いなかったことになるとは……人の記憶から消える、のでしょうか……?」


 珍しく……というか初めて、エマから不安そうな声を聞いた。


 ……あのラウンジで、あの司会は、たしかに言ってたんだ。




 『なんせ元転生者、死んだところでいなくなるだけでございますからね!』って。




「だろうね。元転生者の記憶からは……消えないっぽいけど」

「ではひょっとして……家族、からも……?」

「……検証サイトで一番盛り上がってた部分だな。当事者だって書き込みがあったよ。一戸建ての家に暮らしてて、夫婦の部屋に、たぶん高校生ぐらいの子ども部屋まであって、ついさっきまで誰かがいた形跡があるのに……自分は未婚で、童貞なんだ、って。母親と子どもが揃って転生して、帰ってきて、死んだ……殺されたってことかな」


 新異世界黙示録で死ぬといなかったことになる……そういうこと、なんだろう。


「まあ……アイテムを壊された場合はたぶん、そうはならないっぽいから……殺されそうになったらアイテムを差し出すといい……いや、みんなそうするはずだよな……?」


 冷静に考えれば殺されるより、アイテムは失うモノの生きてる方がいいはず……。

 とも、言い切れない、ってわかってしまうのが、なんともイヤだった。


「異世界のチカラを失うなら死んだ方がマシ、ってヤツはたくさんいたってことか……一回お金持ちになっちゃうと生活レベルが落とせなくなるって言うけど……」


 ぼくが言うと、エマは呆れた顔。


「志郎さま。あなた……怖くありませんの?」

「逆に、なんで……何を怖がってるんだ?」


 マジでよくわからない。


「当たり前でしょう! いなかったことになるって、消えてしまう、だなんて……! 私の大好きな方たちが、皆、私のこと、忘れてしまうなんて……」

「ぼくは別に、自分を覚えておいてもらいたい相手なんていない。それに、いなかったことになったところで……それを悲しがるぼくがいないんだ。なんともないだろそんなの。君はあれか、死の概念を初めて知って泣く子どもかよ? ……あ、死後の世界の……アレ? そういう宗教なら……ごめん、配慮のない発言だった。謝罪します。ぼく個人としては、どんな宗教も同様に尊重していこうと思っています」


 割と、っていうか、普通に本気で言ったんだけど……。

 からかわれてる、と思ったみたいだ。

 エマの顔が、みるみるうち怒りに歪んでく。

 ……くそ、どうやらぼくはまた、なにか失敗したらしい。


「志郎さま、もし強がりで仰ってるのでしたらこの上なく、幼稚な言動ですわよ」


 でも、その言い方が妙にカチンと来て、言ってしまう。


「……みんなが自分と同じ価値観を基準に行動してるって考えるのも、むちゃくちゃ幼稚な言動だぜ。ぼくみたいなキモオタ陰キャくんは、キモオタ陰キャくんなりに人生を楽しもうと必死でやってるんだ。このキモオタ陰キャくんは死ぬなら死ぬでしょうがないし、いなくなるならそれはそれでって考えてるだけさ」

「志郎さま!」


 急に、エマが声を荒げた。強い、強すぎる目でぼくをにらむ。

 くそ、今度はぼくは、一体全体なんの失敗をしたってんだ……?




「ご自分をキモオタ陰キャくんなどとお呼びになるのはおやめなさい!」




 でも、予想してなかった角度の怒り方に、きょとん、としてしまう。


「……なんで?」


 まったく理由のわからないぼくを見ると、エマは大きなため息一つ。


「…………周さまに、悪いでしょう」

「……あのなぁ! だから! 付き合ってるわけじゃないって」

「違います! 恋や愛などでなくとも、周さまが、志郎さまを大切に思われているなど、見ていればわかります! 志郎さまは、思わないのですか? 周さまに理解されている、その上で、尊重されている……大切に思われている、と!」

「……それ……は……まあ……」


 周がぼくについて知ってることは、たぶん、ぼくより多い。否定しようがない。


「そう、だね……」

「大切にしている方が自らを粗雑に扱う様を見たら……悲しくなります、とても。志郎さまは、周さまに悲しい思いをさせたいのですか?」

「それ、は……違う、が……」

「では、おやめなさい」


 ……くそ。もっともで、まっとうすぎて、反論が、できない。でも。


「自己認識がそんなに簡単に変えられたら苦労はしないんだよ……」

「心の中で思うだけにすればよろしいでしょう、まったく……」


 ぼくらは二人、少し黙った。かちゃかちゃ、十秒飛ばししてるみたいな速度で露天風呂を作ってく周を眺めながら、少し息をつく。


 沈黙が怖くて、ぼくは口を開いてしまう。

 ……今度は失敗しませんように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る