04 Fury
「いいか? 目的はアイテム二つの確保。今回はそれだけだ。確保したら即撤退。深追いしない、出過ぎない、それだけを念頭に」
「ええ、お任せあれですわ!」
どむっ、と力強く胸を叩くエマ。
「……わかってなかったら、死ぬんだぞ」
強い言葉を使って彼女を諫めようとするけど……あんま効果はなかった。
エマときたら、明日から夏休みだ! って小学生じみた表情のまま頷く。今にも一人で飛び出しそうで、ぼくはため息をついてしまう。
……ぼくらはやっぱり、死生観が異世界でぶっ壊されてる。
「大丈夫だよシロくん、この二ヶ月、訓練を繰り返したんだ」
「まあ……そうなんだけどさぁ……」
「ハハ、心配しすぎだよ。ミッションはアイテム二つの確保。ボクらなら、大丈夫」
「そうだけど、こいつ……!」
目が、輝きに輝きまくってる。
「心配しすぎですのよ、志郎さま! 殴って拉致って帰る、それだけでございましょう!? どうせ激しい戦いの最中なのですから、アイテムを出しっぱなしの方もいらっしゃるでしょうし! 大丈夫です、私、先ほど中の様子をチェックいたしました! 抜かりはありません!」
ぼくは、再びため息。
〈
つまり外で六十秒経過する間に、中でほぼ二ヶ月を過ごせる。
冷静に考えるとこのアイテム、超チートのウルトラレアなのかもしれない。
だからぼくは二人が回復するのを待ち、三人で突撃することにしたのだ。
そのため、周の指導で訓練もした。おかげでぼくが中に貯めてた食料はほぼなくなっちゃったけど。くそ、後で実費は請求するからな……缶詰とお素麺しかないんですの、お風呂はどこですの、ちょっとお待ちになってこの壺がおトイレなんてあり得ませんわ、とか贅沢言いやがって……周が色々整えてくれたからいいけどさ……。
「よし……じゃあ、行くぞ……」
部屋の開閉はぼくがやらないとならないので、一応、今回はぼくがリーダーみたいになってる。先頭に立って、カウント開始。二人は無言で頷く。
「3・2・1・Go!」
ドアを押し開け、あの混沌の場内、その入り口ドアに。
入ったらすぐに脇にどき、二人が侵入するスペースを確保。
冷静に、冷静に、周囲の状況を把握しつつ……。
その冷静がかき消える。
「…………ゴブリン」
緑色の肌の小鬼。
……うそ、だろ……。
訓練前……部屋から、確認したときは……普通の人間、だったのに……。
スーツを着て、ナイフや斧、拳銃、ショットガンを持ち、縦横無尽にラウンジ内を飛び回ってる。少なく見積もっても数十匹いる。
棒立ちになって、その姿に見入ってしまう。
一方、ぼくの後ろからは予定通りにエマと周がなだれ込む。
エマはすでに変身を終えてて、黒と白、溢れんばかりのリボンとフリルとレースで構成された、見事なまでのロリィタワンピースに身を包み、突進。例の脳筋スタイル。打ち合わせ通り、ドア前に陣取ってた二人組、男の方を思い切り殴る。着てる人がそんな動作をするなんて絶対に想定してないロリィタ服で、まるで昭和の野球アニメなみに腕を思い切り振りかぶって……ただ、殴る。武術系スキルはあの服装だとないらしい。けど、極限までブーストを受けたエマの腕力はすさまじく、ごぉぅんッ! って風切り音がこの喧噪の中でも聞こえるぐらい。男の肩口辺りにエマの拳が吸い込まれて……盾を構えた小さな女の子が間に飛んできて阻む。
がぃぃぃぃぃぃんっっ! と、ものすごい音。
女の子と男、二人合わせて弾き飛ばされ壁に叩きつけら……っていうか二人とも半ば、壁にめり込んでる。
「
二人を殴り飛ばしたエマは、自信満々に叫び、両拳を打ち合わせる。
異世界アイテム、メリケンサック〈
今度はヴィクトリア朝の貴族……
を、「おひめさま」に憧れ続けてる女性がイメージした、みたいなドレス姿。なお当然のことだけど、変身時のセリフは別になくてもいい。彼女が言いたいから言ってるだけだ。訓練の合間合間にいつも、漢字とルビに込められた意味と思いを語られたけどもう覚えてないっていうか覚えたくない。脳のムダだ。それでも、服装のディテールについてどこが素晴らしいのかいちいち説明するものだから、それは覚えちゃったけど。
サテンリボンとはしごレースのヘッドドレス。
姫袖のリボンブラウス。
豪華な薔薇や蔦、何かの紋章をプリントしたジャンパースカートドレス。
同系統のプリントが入ったニーソックス。
全体的に
それからレースアップのロングブーツ。
もちろん、どれもフリルとレースとリボンは満載。
エマが言うには、自分の気分を高めてくれるお洋服でないと効果が薄いらしい。
「宮篠慧舞……推して参りますッ!」
周が背後から投げた六尺棒を受け取り、くるくる回し、ビシッとキメたかと思うと手近のゴブリンを打つ、打つ、打つ。その動作はまるきり中国武術の演武。こちらの服装は武器戦闘に特化したスタイル。大方の流れは、訓練通りに進んでる。
けど、ぼくはまだ立ち尽くしたまま。
……殺され、た。
「……シロくん……?」
ぼくと同じパワードスーツに身を包んだ周はドアをしっかり閉じる。
エマの背後から飛びかかるゴブリンを射撃で牽制しながらも、ぼくをちらりと見る……エマがボコボコにした元転生者を、ぼくがふん縛ってドアの中に拉致する、ってのがぼくたちの作戦の、大まかな流れなんだけど。もう、そんなこと、ぼくの中で、どうでもよくなってた。
……殺された。
場内を飛び交うゴブリンが、目に映って、しまうと。
頭の中で爆弾が炸裂したみたいに、記憶が破裂し、ぼくの中に飛び散る。
「ギャギャギャッ!」
スーツのゴブリンが一匹、床を蹴り飛び上がり、ぼくの首をナイフで突いてくる。
「ゴブリン」
ぼくは無感動にショットガンを撃った。
ゴブリンの頭を、しっかり狙って。
……極力……いや、絶対に。
相手の戦闘不能を目的に動き、ドアの中に拉致し、アイテムをカツアゲして壊す。殺しはしない……倫理的にも、効率的にも、悪いから。ぼくら最大のアドバンテージである〈
殺そうと思って撃った。
「シロくんっ!?」
周が叫ぶ。ゴブリンは空中で体をよじる。弾丸は左脇腹に。体に穴を開けながらも狂った笑い声を響かせ、ゴブリンは着地。
ああそうだ。
こいつらは。
しぶとい。
いやんなるぐらい。
「ゴブリン……ゴブリンッッ!」
異世界の記憶がさらに、鮮明に、蘇ってく。
「シロくん……シロくんっ、どうしたんだい」
「志郎さま!? どうしたんですのっ!?」
殺された。殺された。生きながら殺された。首を切り裂かれた。腹を開けられた。はらわたに噛みつかれた。燃やされた。食われた。血を流しながら踊らされた。骨が削れるまで命乞いさせられた。生きながら死ぬまで殺された。何回も何十回も何百回も。
「ゴブリン……ッッッ!」
緑色の肌。悪魔みたいな顔。
拷問大好きゴブリンども。魔王軍の下っ端。
「お……あ、おぉ、あぁぁぁァァッッッッ!」
殺さなきゃいけない。
そうしなきゃ殺されるから。
殺され続けるから。
頭の中が真っ赤になった。
最後にちゃんと聞こえたのは、雨みたいに連なるコッキング音と射撃音、それからゴブリン達が撃たれる声……それに、二人がぼくを心配する声。でも、そんなのもう、どうでもよかった。ラウンジ内の混沌を、ぼくは、血煙と硝煙と銃声、それから止まらないぼく自身の絶叫で、さらにかき乱してく。
「あああああああああああああああッッ!!!」
……異世界でぼくが授けられたチート能力は、リセット。
死んでも転生した時点からやり直しになる力。
これだけでもチートだけど、その世界の認識もラッキーだった。
百年続く争いが、もう百年続くだろうと思われてる世界だったんだ。
だからチカラのある転生者は味方として自陣に引き入れよう、ってのが常識だった。
でもぼくは、争いなんてどうでもいい。
誰が勝った、負けた、なんて、くっだらないことこの上ない。
そんなこと言うと、ゲーム好きなのに……? と首をかしげる人もいるかもしれないけど……ゲーム好きには二種類いるんだ。ゲームを使ったコミュニケーションが好きなんであってゲーム自身にはそこまで魅入られていないタイプ。それから、ゲームだけに魅入られてるタイプ。ぼくは後者だ。
人と関わる、なんて無意味なことをしなくていいからゲームが好きなんだ。
どんな名作だってオンライン機能がついてるだけで買う気が失せる。
誰の味方にもなりたくない。誰の敵にもなりたくない。
ただ一人、孤独な世界に埋没して、一生そこで過ごしたい。
誰も、僕に、関わらないでくれ。
それだけが、ぼくの願いだ。
だから当然、異世界でもそんな態度を貫こうとした。
……その結果……。
こちらの味方にならないなら、あちらの味方にならないよう殺しておこう、って考える異世界の連中によって、ぼくは殺され続けた。何回も、何十回も殺されてようやくどれかの陣営に属したけど……そうすると今度は、別の陣営により強く、激しく殺されるだけだった。死に戻りで得た未来の知識を元にそんな未来を回避しようとしても、ムダだった。どうやらその異世界はダークで本格派なので、ランダムに起きるどうでもいいような出来事がカオス理論的に重要イベントの結果を左右し、毎回毎回、予定表は激しく狂う。
で、千二十九回。
ぼくは死んだ。殺された。
そのたび、生き返ってやり直させられた。
記憶を保ったまま。
それで狂っても精神ってやつは本当に不思議なモノで、そこから数回改めて死ぬと、死を普通の出来事として捉え始め、気が狂ったままでもいられなかった。よかったね。
最後に三年間生き延びられたのは、千回死んだぼくを哀れんだ異世界の神がくれたアイテム〈
……ぼくだって考えてなかったわけじゃない。
……異世界に行ったら、きっとぼくも。
こんな、キモオタ陰キャくんのぼくだって。
なんとか普通の生活が、できるようになるかもしれない。
暖かな家族がいて。
信頼できる友達がいて。
誰よりも大切な恋人がいて。
いつかはきっと自分も家族を作って。
そう思いながら、幸せに暮らせて。
そんなことを考えてた。けど。
……異世界に来たのに。せっかく、異世界に来られたのに。
地球と同じ生活だった。
ああ、当たり前かもね。
だって、異世界に行ってるのは結局、ぼくなんだもん。
家族はただ、最初に会っただけの他人で。
友達ってなんなのか、いまだにさっぱり、わかんなくて。
恋人っていうシステムについても、さっぱり理解できなくて。
だから一生、一人で生きていくしかないって納得するしかなくて。
どれだけ頭をひねっても、そんなことしか思えなくて。
世捨て人にならなきゃ、生きてけない生活。
ああ、そうなんだろう。
そういうこと、なんだろう。
ぼくはそういう生き方しかできない欠陥品だ。
生まれてきたのがそもそもの間違いなんだ。
「……ああああああッッ!!」
かちんかちんかちんっっ。
弾切れを告げる音がしてもぼくは叫び続けた。
ショットガンをぐるりと回し両手で持って棍棒にして、手近に殴りかかる。
「……ぼくがッ!」
今やぼくはパワードスーツのアシストで、伝説の
殴られたゴブリンの頭蓋がへこみ耳から血が吹き出る。
それでもゴブリンは笑ってる。何が楽しいってんだ。
なあ。殺した殺されたの、何がそんなに楽しいんだよ。
「ぼくが何したってんだよッッ! なァ!?」
銃のフレームが歪む勢いでゴブリンを
壁に叩きつけられ、ずるずる落ちてくゴブリン。
けど、それでもまだ笑ってる。
ぼくの知ってるゴブリンとは少し違うみたいだ。
ぼくの知ってるゴブリンは、主に魔王軍の拷問吏、下っ端を任されてて……ぼくの腸でできた首飾りを作って、ぼくに見せつけても笑いはしなかった。命乞いをできるだけ惨めにやれば助けてやるというから、助けてください踊りをしてもくすりともしなかった。そしてざらざらの壁で顔からゆっくりすりおろされて殺された。
でも、もうそんなこと、どうでもよかった。
ゴブリンだけじゃない。
勇者に殺された。
魔王に殺された。
傭兵団に殺された。
聖騎士に殺された。
闇の四天王に殺された。
村人に殺された。
聖職者に殺された。
盗賊に殺された。
衛兵に殺された。
酒場の店主に殺された。
魔王軍、勇者、傭兵連合による、三つ巴の激しい争いが続いていたぼくの異世界じゃ、誰も、転生者を放っときはしなかった。味方にならないなら、敵。敵を殺さなきゃ、自分たちが殺される。それが真理の、ダークで本格派な異世界だった。命の値段はだいたい食費半月分程度だった。ああまったく、本格ファンタジーな異世界だった。
ああ、ああ、ああ。
「あああああああああぁぁァァァッッッ!!!」
「難敵ぞ! 難敵ぞ! 者ども、ゴブリン
まだ無傷のスーツを着たゴブリンが叫ぶ。
散らばってた群れが彼の周囲に集まって、ぼくに対して矢印めいた陣形。
「……どいつも……ッ! こいつもォッ!」
ばきばきに歪んじゃったショットガンを投げ捨てる。
叫び、飛び上がり、右拳を振り上げ陣形の中に突っ込む。
「なああアアア!! ぼくが何したってんだよぉオオオオオオッ!」
ぼくが何したっていうんだよ。
なあ、あんな異世界で、くそみたいな目に遭わなきゃいけないほど、ぼくが悪いことしてたって、言うのかよ? だから転生させられたのか? それとも、異世界ならうまくやれるかも、ってこっそり思ってたぼくに、思いしらせたかったってわけなのか?
ぼくの居場所は世界のどこにも……異世界にだって、ないんだって。
「志郎さまっっ……! お気を、お気をたしかに……っ!」
エマの叫びが聞こえる。
「シロくんっ! くそっっっ! どけっ! どけよっ!」
周が毒づくのも、ちゃんと聞こえる。
けど、ゴブリンの群れに沈んでくと、二人の声はすぐに、聞こえなくなった。
でも、もう、どうでもいい。
馬乗りになったゴブリンの首を締め上げ殺す。
それしかしたくない。
殺す。殺す。殺す。
殺さなきゃ、殺されるんだ。
永遠に、殺され続けるんだ。
次の瞬間。
どすんっっ。
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