03 Helter Skelter

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 どうしてこうなった……?


 会場主任の下山龍矢しもやまたつやは必死に思考を巡らせていた。


 昨日、都内の中学であった襲撃事件。

 これはソロで活動している元転生者によるものだと、警察内部からリークがあった。

 異世界絡みの事件は自分たちのビジネスチャンス、逃す手はない。


 オークションの前日、ほぼ当日、というギリギリの時間だったが即座に配下の、影を踏んだ相手を一定時間行動不能にするスキルの者を、たちどころに相手を押し込める力を持つアイテムのライトバンで向かわせ、首尾良く元転生者を、三人も捕獲できた。


 これで、今月捕獲できた元転生者は計十五人。


 今日のオークションは、捕獲した元転生者の集団自殺、というアクシデントがあったため十二人で開催予定だったが……なんとか予告通りの十五人を揃えられた。ボスたちも喜んで一杯おごってくれた。上がりの五割はオレからボスたちへの上納金になるから、これでようやく、オレも幹部クラス……そう、思っていたのに……。


 現実は、違った。

 そもそもから、間違っていたかもしれない。

 捕獲した元転生者を商材にオークションを開く、その発想自体が、とんでもなく。


「パーティはこうでなくっちゃいけねェなァ!」

「サイコー! サイコーサイコーサイコー!」


 ……少なくとも、この二人に招待状を出したのだけは、絶対に間違いだった。


「お先に失礼しますぅ〜なんて冷めるマネはカンベンしてくれや、なァ!?」

「サイテー! サイテーサイテーサイテー!」




 【玖珂嶋喜汰郎くがしまきたろう山嵐蘭々やまあらしらんらん】。

 ランキング上位者では異例の二人ギルド。

 こいつらと来たら、新異世界黙示録に勝つ気があるのかどうかさえわからない。




 なんでも切れる大剣を持ち帰った大男、玖珂嶋喜汰朗。

 どんな攻撃もはね返す小盾を持ち帰った少女、山嵐蘭々。


 絶妙のコンビネーションで流れるように、踊るように、嗤いながら、脱出を試みる元転生者たちの手を切り飛ばし、頭蓋を叩き潰し、体を切り刻み、狂った哄笑を場内に轟かせる。


 そもそもこの二人は、異世界がらみの修羅場にどこからともなくあらわれ、状況をかき回せるだけかき回し、殺し回り、破壊を尽くし、満足すると帰る、というふざけた連中。手懐けることはできないまでも、敵対しないように、と送った招待状だ。それに前々回、前回と、なんの問題も起こさなかったのだから、きっと、今回も……。


 だが今二人は、入り口前に立ち塞がっている。

 逃げる客たちを中に押しとどめている。

 ただひたすら、混沌を加速させている。


 襲撃者の閃光手榴弾が爆発した瞬間、ドアに駆け寄り暴れ始めた二人が、はたして襲撃者とグルだったのか、それは謎だが……賭けてもいい、こいつらに誰かと連絡をとりあって襲撃のタイミングを合わせるような高度な知能は、絶対にない。いつか起こるであろう混乱を、ただ待っていただけだ。切り飛ばした足を掴み、指を噛みちぎり、まっじーぜ何喰って育ちやがったペペペーっ! と吐き出している玖珂縞を見て下山は思った。


 そんな中、まったく動じていない人間もいる。

 だが狂人より恐ろしいのは、そういう人間だ。


「はい、そういうことでお願いしますね。ええ、こちらでなんとかしておくから」


 逃げ出した自分の連れたちが、喜汰郎と蘭々に次々殺されている中。

 毛ほどの動揺も見せず、ソファに座ったまま、スマホを手に穏やかに話す女。




 ランキングトップを独占する【ZOASTゾースト】の幹部が一人。

 深月みづきヴィクトリア。




 狐面をつけ顔を隠していても、輝くばかりのプラチナブロンド。

 そしてファッションモデルかと見紛うほどに細く整った体。

 彼女は第一回オークションからの常連だ。

 先月も数億円を仮想通貨で支払い、七人の元転生者を買っていった。


「ううん……それは……あら、ごめんなさい、少し待ってもらえるからしら」


 なんの仕草かヴィクトリアは顔の横、人差し指を立てる。

 するとどこからか放たれた銃弾が指に命中し、消えた。

 煙の一筋も衝撃の一欠片もなく、ただ消えた。


 銃弾を放ったのは、首の太い男たちの一人。

 チッ、と舌打ちを一つすると、いかにも、ああ肩がぶつかってしまいましたすいません、といった調子で軽く、頭を下げる。

 狐面の女、深月は鷹揚に頷くが……ぶんっ、と手を振った。


 すると、男の胸に穴が開く。


 比喩表現ではない。

 半径三十センチの穴がぽっかりと男の胸板に空いた。


 男の体の中にあった様々な臓器、血管、血液さえも一瞬、何が起こったかわからないようで、穴の向こう側の景色が綺麗に見えた。どこか、現実味の感じられない光景だった。


 だが、たしかに現実だった。


 どう、と鈍い音をたて男が倒れると、多量の鮮血と零れた残りの臓腑が床を汚す。


 しかし、周囲の男たちは毛ほどの動揺も見せなかった。ソファやテーブルを掩蔽物にして陣形を組み、身体検査の後でどこに隠し持っていたのか、自動小銃を構え、周囲の混乱に向け小気味よい、効果的な制圧射撃を続けている。


 即席陣地中央に座るのは、顔の半分を酷い火傷跡に覆われている男。

 くわえた葉巻を吐き捨て、何事かを口の中で呟く。すると……。


 胸に穴の開いた男が、立ち上がった。


 胸に穴が開いたまま、火傷男に敬礼を投げる。

 火傷男の答礼を見ると、男は喜汰朗と蘭々に向かって突撃していく。

 喜汰朗に首を切られ、蘭々に腕を潰されても、何度も、何度も。




 【在郷転生者会】。




 軍人や警官の元転生者たちが集まったギルド。

 そのトップが、大佐という名前で知られるこの火傷顔だ。

 ウルトラレアと称される正体不明のスキルを縦横無尽に使いこなし、ランキングトップのZOASTからも一目置かれる存在。在郷転生者会こそが、新異世界黙示録の本命だと言う者もいる。


 だがこの場の主役は、喜汰朗と蘭々でも、ヴィクトリアでも、大佐でもなかった。


「歌え! 歌え! 我らの時代を歌うのだ!」

「「「「応!」」」」


 まるで悪夢のように、ラウンジの中を縦横無尽に飛び回る小鬼の群れ。ナーロッパ系異世界にいた元転生者たちの記憶が疼く。


 ゴブリン。


「人間の時代は今こそ終わりを告げる! 我らの時代の幕開けぞ! 根絶やしだ! この機に乗じよ! 一人も生かして返すな!」

「「「「ウォォォォアァァッ!」」」」




 その異世界の隅々まで悪名を轟かせたゴブリン一家【泥拭峠略奪隊どろふきとうげりゃくだつたい】。

 その首領が、この、スライ・スライ・ゴグル。

 ゴブリンに転生した元日本人が、ゴブリンのまま地球に戻された希有な例。

 常軌を逸した戦術で新異世界黙示録を、喜汰朗と蘭々以上にかき回す。 だが彼らの目的は、誰よりもはっきりしている。

 地球をゴブリンのものに。




 謎の侵入者の閃光から始まったオークション会場の混乱。

 当初、喜汰朗と蘭々を中心としていた混沌の渦は、徐々に、ゴブリンたちが主役となっていく。外見偽装のチカラを解かれ、緑色の肌をあらわにしたゴブリンの一団は、時に仲間のゴブリンにさえ噛みつき、嗤い、また噛みつき、そしてまた嗤う。


 会場主任の下山龍矢は、それでも自分の使命を全うしようとした。

 少なくとも、原因の一人を捕らえでもしなければ……ボスたちが拷問のため仕入れた液体窒素を、自分の体で試すことになる。生きながら体の末端から凍らされ、砕かれていく。




 河嶋会かわしまかい




 異世界がらみの業界では、ギルド名【Club-Kingクラブ・キング】として知られている。

 新異世界黙示録に乗じた金儲けだけを目的とした、ヤクザもマフィアも道を開ける、時には警察さえ及び腰になる、東京最大、最強の半グレ集団。あと一歩でその幹部が見えてきたというのに……こんなミス一つで……。


 ……いや、まだだ、まだ挽回できる。


 そう思い、謎のパワードスーツ男が飛び込んだ、控え室のドアを蹴破った。それはまだ、スーツ男がそこに消えてから数分と経っていない素早い反応だったが……。


 謎のパワードスーツ男には、その数分で、十分過ぎるほどだった。



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