06 主人公・メインヒロイン

 元転生者を殺害すると一ポイント。

 元転生者のアイテムを破壊すると二ポイント。

 アイテムを破壊された元転生者はただの人間に戻り、黙示録は敗退。

 なお敗退した元転生者が所持してたポイントは消滅。


 破壊や殺害でポイントを手に入れると同量のコイン、システム内通貨が手に入り、それを使ってステータスメニューのショップから、様々な効果のツールを購入できる。ぼくはショップのツール一覧を眺めながら、また考え込んでしまう。


 ランキング閲覧チケット(十枚綴り)。

 ショットガン+弾丸十発セット。

 最も近くにいる元転生者を地図に表示できるスマホアプリ(一時間使用権)。

 などなど……コイン一枚で買えるヤツから、千枚超えのモノまで。




 けど、一番目を引くモノはタダだった。


「スキル解放……ときたか……」




 ショップ最上部。

 オススメ、と書かれてる。

 注意書きによると、所属していた異世界と自身の資質によりそれぞれ異なったスキルが解放される、とある。何をどう考えても、最初に買うべきはこれだろう。


 ……でもそんな必須能力をわざわざ、メニューを開いてショップから買う仕様……しかもそのメニューは誰かを殺すかアイテムを壊すかしてポイントを得てからでないと開けない……ってことは制作者に悪意があるか、無能だったか、もしくは……。


「……初狩しょがり推奨、って……マジかよ……?」

「どういうことですの?」

「……このゲー」

 ム、では……ないな、うん。


 少なくともここは現実世界(ぼくの〈天国の監獄ヘブンリー・プリズン〉の中だけど)だ。ひょっとしたら「ここは現実じゃなくて仮想現実だったんだ!」オチが待ってる可能性もないではないけど……今のところ、そんなこと考えててもしょうがない。まさしく杞憂だ。


「……この、新異世界黙示録のルールを作ったヤツは……初心者、僕たちみたいな捨てゲー勢を、積極的に狩ってポイントを手に入れるのが、オーソドックスなやり方だ、って考えてる」


 おそらく……捨てゲー勢ではない勢力は、帰ってくる前にこのシステムについて、すべて聞いてるはずだ。ならこれは……そういうこと。


「…………はぁ……!?」


 前世でどういう善行をしたらこういう品のある美少女に生まれられるんだろう、ってエマさんの顔が、怒りに歪む。でも、それを聞いて周は、どこかほっとした顔。


「ま……参加者はたかだか数万人だ。そうでもしないと、百年以内の決着がつかないんだろう。それに神様なんて連中にとってみればボクたちなんて……違いすぎて、蟻か何か……いや、そこらの雑草ぐらいにしか思えないのかもしれないね」

「な、なんですのそれ……! 腹立たしいっ!」


 ……怒りで地団駄踏んでる人を、リアルで初めて見てしまった。マジでなんていうか、感情を表に出すのに、なんの躊躇もないな、エマさん。


「周、早速スキルを解放してみてくれ。それと……現状、ぼくとエマさんはポイントがないからステータスを開けない、スキルを解放できない。でも、最低限自衛手段がないと、いつ死んでもおかしくない。エマさんはアイテムで……」

「あら、さん付けなんて、およしになってくださいまし。どうか気安く、エマ、と」


 おほほほ……と笑いながらエマ……さん、は言うけど……。


「ぼくは……人を呼び捨てにはしたくないんだよ、あんまり……」

「あら、どうしてですの?」

「距離感を間違えないだろ、そうしとけば」

「……どういうことですの?」


 この女、イギリスじゃなくて原始時代からの転校生なのか?


「だから……」


 ぼくが言葉を探して手をぐるぐる回してると、笑った周が助け船を出してくれた。


「ふふっ、シロくんは、一人で部屋に籠もっているのが一番幸せで、その時間を邪魔されたくない、と思うタイプでね。人と必要以上に親しくならないように、自分から距離を置く。だからどんな相手にもさん付けするんだ。徹底していてね、幼稚園児相手でもするんだよ」


 マジで本当に、こいつと幼馴染みで良かった。

 ぼくの説明書を、ぼく以上によくわかってる。

 おまけにぼくより言葉……っていうか、社交がうまい。マジでありがとう。


 けど、エマ……は、ぼくと周の顔を見比べ、マジで……? みたいな顔。

 一方周も、うんマジなんだよスゴいだろ、みたいな顔。なんだってんだ。


「……き……君だって、さま付けで人のこと呼ぶだろ、いいじゃないか、別に」

「あら、それは宮篠の娘として当然のことをしているまでですわ。恵まれた境遇にあっても他者を敬い心を通わせること忘れるべからず。なので志郎さまは志郎さまですし、周さまは周さまです。けれどそれは敬して遠ざけているのではないのです。むしろ、親愛の表現ですことよ」

「じゃあいいじゃないかよ……」


 そこでエマがずいずいっ、と顔を寄せてきた。

 やめてくれ、なんていうか……単純に、顔のパワーが強すぎる。かわいいは正義……じゃなくて、暴力だ、絶対……そうか、あの名前はそういうことか……?


「志郎さま? 私たちはもう一蓮托生ですのよ? 心理的に距離を置いたままではいざという時、不都合が出るやもしれません。ですから気安く、エマ、とお呼びください……カタカナの感じで」


 ……最後のヤツで台無しだなぁ。


「……エマ、は、近接に関しては大丈夫だろうけど……逆に、遠距離系のスキルでハメてくる相手がいたら無力ってことだ。僕にしても回避はできるけど、チカラを割られて出口で待たれるとヤバい。準備しないと危険だ。周が作れるモノで使えるの、ない?」


 呼び捨ての気まずさは話す必要のあることを話して流すしかない。少し早口になってしまう。それでもエマは口に手を当て、おほほ……それでよろしいですわよ……みたいな感じでちょっとムカついた。


「ふむ……それならボクの専売特許だな。ただ……ボクが作ったものを、持ち帰ったアイテムみたいに、キミたちが意図に応じて亜空間に出し入れ、っていうのはできない。それができるのはたぶん、ボクだけだ」

「なら……ここの一部屋を武器庫にすればいい。練習場だって作れる」

「よし。ならスキルを解放したら確認して、早速武器庫の建設と行こうか」


 話がようやく生産的なパートにさしかかったので、内面をつつかれそうでそわそわしてたぼくも落ち着けた。そして、考えてたことを提案しようと口を開く。


「で……他の元転生者のアイテムを破壊して勝利を目指すってことでいいかな? 誰にポイントを集中させるかは決めないとだけど……いや、譲渡はありそうだな……」


 メニューには、ギルドを組む、的なコマンドもあったのだ。もっとも、同じようにステータスの開ける相手としか組めないらしいけど……ともあれ、まだまだシステムのすべてを解明できてはいない。こりゃあ……検証にかなりの時間がかかりそうだ。


 ……で……ぼくの言葉にエマが目を丸くした。


「いいかな、って…………いいんですの!?」

「なんでそんな驚いてるの?」

「え、いや、そ、それは……」


 もごもご、語尾を濁す。まあきっと……ぼくみたいに性格の終わってるキモオタ陰キャくんなら、殺人でポイントを稼ぐって言い出すと思ってたとか、そんなとこだろう。


「アイテム破壊で殺人の二倍ポイントが手に入るなら、効率的にアイテム破壊できるルートを探すべきだ。このルールだと、一位以外に意味がないんだから」


 倫理より、効率の問題だ。

 まだ驚いてるエマを尻目に、ぼくは続ける。


「最後まで隠れて争いに関わらず過ごす、ってのが……たぶん無理だろうしね。探す手段がシステム的に用意されてるみたいだし、作者的にはぶつかり合いを推奨したいだろうから……他の転生者と関わらずに隠れてるとペナルティがある可能性も強い」

「立ち入り禁止区域……が、時間と共に拡がっていく……とか、でしょうか……?」


 ここら辺なら、昨今のバトルロワイヤル系ゲームでもある設定だ。エマにもかろうじてわかるんだろう。


「ぼくならそうする。というか現状でも、東京以外がそうなってる可能性が強い」

「なぜですの?」

「なぜですのって……地球全域が舞台だと、まず見つけるのに一苦労だろ。君も……いや、待てよ、エマ……聞くの忘れてたけど、なんで日本に来たんだ? ひょっとして……」


 父親の仕事の都合とか言ってたけど……。

 ひょっと、したら。


 新異世界黙示録を運営してる、異世界の神々の不思議なチカラで自動的に、なんだか東京に来たくなるように、差し向けられてたのかもしれない……けど。


 ようやく聞いてくれましたわね……! みたいな顔をしたエマ。右拳を突き上げ、叫ぶ。




「異能おバトルのためですわっ!」




 ……。




 …………。




 ………………。




「……………………な……なぜですの……?」




 十数秒の沈黙の後、ぼくは尋ねてしまった。尋ねなきゃよかった。




「私たち、チカラがあるんですのよ!? それで十代なんですのよ!? でしたら異能おバトルと相場は決まっておりましてよ! そして異能おバトルは日本でやるものとも決まっておりますわっ! ですから私、日本に来たんですの!」


 だからそれはなんでなんだよ、と問おうにも……彼女の満面の笑みを見ると、ああこれは論理の通じないヤツだ、と気付き、ぼくは問うのをやめた。


 ……そもそもお嬢様口調で喋ってるヤツに、異能おバトルなんてイカれた日本語を使ってるヤツに、論理は……。


「でも……人を殺したくは、ないんじゃないのかよ……」


 しかしどうしてもそんなツッコミは、呟かずにはいられない。


「あら、異能おバトルで殺すのはラスボスを仕方なく、ぐらいですわよ、主人公サイドは。その時も大抵、封印だの追放だの、言い訳はちゃんとありましてよ? 特に、主人公にしてメインヒロインたる私は、正しいことのため、自分の好きを貫くため、華々しく闘うんですの!」


 ……。


 ……ぼくはまず……自分の正気を、疑った。


 百歩譲って千歩譲って、万歩に億歩、譲りまくってお嬢様口調はいいとして。

 ……まあその、学校に一人ぐらい、キャラ付けが暴走して妙なことになっちゃってる人ってのは、いるもんだろう。だから、それはいいとして……。


 今彼女は、エマは、自分を、何の気負いも衒いも無く、当たり前の事実を当たり前に言うように、自分は主人公にしてメインヒロインだと言った。言ってからも、当たり前ですわよねって顔。


「ねえ、ですから、まずギルド名をつけませんこと? 黄昏防衛団たそがれぼうえいだんと書いて黄昏防衛団トワイライト・ガーディアンズ、夜を歩く者たちと書いて夜を歩く者たちナイト・ウォーカーズ……など、いかがでしょう! 気分が昂揚するギルド名、そのまま異能おバトル漫画のタイトルにできそうなギルド名が必要なんですのよ!」


 目を爛々と輝かせ語るエマ。本当に好きな人が、本当に好きなことを語ってる時特有の、有無を言わせない説得力=迫力の籠もった口調。


「ああでも、異世界と入っていた方がいいかしら、でしたら、異世界……夜を想う会、と書いて異世界夜想会いせかいやそうかい……ああ、しかし異世界夜想曲アナザーワールド・ノクターンも捨てがたいですわ! それでそれで……」


 それでぼくは、ようやく気付いた。

 気付きすぎて、実際に口に出してしまった。


「そうか、君が、一番、イカれてるのか」


 ぼくより。

 周より。

 ずっと、遙かに、桁違いに。


「あら失敬な! 私は少しだけ異能おバトル漫画が好きなだけの、まっとうな十四歳の女子でしてよ! 大体スキルですのよ! スキル! これで昂ぶらないであなたどうしますのそれでも日本人ですの!? 日本人なら異能おバトルですわ! ちょっとあなたおかしいですわよ!」


 ……ぼくは……。


 ぼくはこれでも、自分で、気付いてる。


 世間じゃぼくは単なる変人……って言うと、変わってるオレ様カッケェ~、的な中二病だと思われるから言い直すと……周囲の人から見ればぼくは、付き合うのにちょっと気遣いが必要で面倒くさい上に大して面白くもないヤツだから関わらないようにしよう、って人間だ。でも、だから……だからってことでもないけど……。




 自覚があるぶんこのお嬢様よりまともだ!




「まともな十四歳の女の子は自分のこと主人公にしてメインヒロインって言わねーしそんなアホな角度から人種差別しねーしそんな口調でしゃべんねーんだよ!」

「おほほほ……なーにを仰ってるんですの、お互い中身はもう少し上でございましょう、そも、マトモナオンナノコーなど、頭が昭和のままの方じみた言い草はおよしになって? それに海外産で世界的に大ヒットした異能おバトル作品がございまして? ということは畢竟ひっきょう、日本人は異能おバトル大好き民族ということですわ! QEDですわ!」


 カチン、って音が頭の中で響いた。ジャンルの定義論とかはマジでどうでもいいけど……ジャンルを雑に語るヤツは、マジで許せない。それがぼくの、異世界並みに愛するアメコミジャンルに降りかかってくるなら、絶対に。


「ヒットしてるアメコミ映画の原作はほぼ異能ヒーローだっての!」

「おバトルがないようなものでございましょうアメコミは!」


 カチカチカチンッ!

 わりと当たってるだけに、マジの本当に許せない。


「アメコミのバトルは思想のぶつかり合いなんだよ! 日本のクソガキ向けくっだらねー異能バトル漫画みたいに見開きで中二臭い技名叫んで殴ってやっつけて終わりーじゃねえんだ深いんだよもっと!」

「はぁぁぁぁぁぁぁ!? 異能おバトルはキャラクターの存在すべてがぶつかるおバトルですのよ! 十二分に思想の戦いですわよ!? アメコミの思想の戦いなど所詮政治思想の戦いではありませんか! でしたらニュースサイトのコメント欄でなさったらいかがです!?」


 ……と、ぼくらはギャーギャー喚き続け。


 周は呆れた顔をしながらぼくらを眺め、肩をすくめるのだった。一番中二くさいやれやれ系主人公なのはこいつだな、くそっ。


 まあ……何はともあれ……ギルド名もともあれ……こうしてぼくら三人は、新異世界黙示録攻略に向けて、動き出したのだった……つきませんように、ギルド名つきませんように、つくにしてもエマのやつには絶対なりませんように……!

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