05 新異世界黙示録

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 新異世界黙示録しんいせかいもくしろく。あるいは、グレーター・リセット。


 ボクたちが今巻き込まれているのは、数万の異世界をそれぞれ司る、数万の神々によって争われるイベントだ。


 自らの異世界に地球から一人を転生、あるいは転移させ、異世界経験を数年積ませた後、アイテムを一つだけ持たせ地球に帰す。元転生者はその異世界を代表し、他の元転生者と争う。敗北した異世界は、黙示録終了後に消滅。その中で生きているすべての生命、モノ、共々全て消え失せる。


 そして勝ち残った元転生者の異世界だけが残り、新たな、数万の異世界のいしずえとなる。礎となる異世界を司る神は、地球時間で次の百年、主神となって他の神々を従える存在となる。


 そして黙示録の勝者となった元転生者は、どんな願いでも一つだけ叶えてもらえる。


 地球時間で百年ごとに、百年の時間をかけて争われるこの新異世界黙示録。二千年に始まった今回は、開始から二十四年が経過しているそうだよ……。


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「勝敗に興味がない神さまは、どうやら適当に選んだ転生者に、ロクな説明もしないで地球に送り返すってだけらしい……キミたちみたいにね。だからボクは捨てゲー勢って呼んでる」

「スタート時間が揃ってないってのはなんのハンデ……いや……シード、か」


 突如始まった宇宙規模の異世界並行世界マルチバース設定解説。エマさんは首をひねってたけど、ぼくはだいたい予想がついたのでそう尋ねた。


「ああ。前回の順位順に、好きな時間を選んで元転生者を地球に戻すそうだ」

「勝敗の条件は? やっぱ……殺し、で、ポイント制?」

「殺害すると一ポイント。他にもあるそうなんだが……」

「……教えてくれなかった?」


 ぼくが尋ねると、少しため息をつく周。


「……これについてボクが聞いたのは、地球に帰る直前でね……とにかくボクはもう、早く家に帰りたくて仕方なくて……最後までは聞かなかったんだ、すまない……」

「いや、いいよいいよ。ぼくでもそうする。しかしそうなると……ふむ……帰ってきた元転生者に対して神自身が直接干渉するのはナシ、ってルールは一応、あるっぽいな……誰が監視……あ、前回の優勝神ゆうしょうしん……今の主神、ってことか……?」

「ちょ、ちょっと、お待ちになって……あの、では……あの……元転生者が、たくさんいらっしゃる、ということですの? 私たち以外にも? 数万人?」


 目を白黒させてるエマさん。


「そういうことだ。もっとも、ボクが自分以外の元転生者に会ったのは昨日が初だったけどね。キミたちが元転生者だとわかったのも」

「他の元転生者のサーチはできないっぽい、か……? いや、でもじゃあ昨日のあいつはなんで来たんだよ、ってなるな……いや持ち帰ったアイテム次第、か……?」


 まだ情報が少なすぎる。

 一方エマさんの顔はなんだか青ざめてる。


「お待ちに、お待ちになって、その数万人……全員、敵として、戦うんですの……?」

「……今日見た通りだ、エマ。ボクたちが好むと好まざると、争いに巻き込まれるのは避けられないらしい……数万の異世界を司る神々の代理戦争、元転生者同士の全面戦争、この、新異世界黙示録に」

「お、同じ、元転生者で……あ……あなたたちとだって……殺し合う、だなんて……」


 今にも泣きそうな顔のエマさん。

 僕はちょっと首をひねってしまう。


「……君が行ってたの、デスゲームのとこじゃないの? なら、慣れてない? 僕だって……死体はさんざん見てきた。っていうか僕たち、割ともうイカれてるんだぜ。この先一生カウンセリングが必要そうな、先生にクラスメイトが合わせて七人、授業中にいきなりショットガンで頭を吹き飛ばされた、悲惨な事件の当日夜だってのに……平気な顔で自己紹介しあってる」


 ……そうだ。ぼくたちはもう、とうてい、普通じゃない。

 十四歳の体に、頭に、数年分の異世界経験を詰め込んだ異常極まりない人間だ。


「それは……そうかも、しれませんが……」


 ……悲しそうな顔をされると、なんかぼくが悪いことしたみたいに思えて居心地が悪い。でも、だからって事実がひっくり返るわけじゃない。


「なんにせよ、異世界を司るカミサマなんてワケわかんない連中がやることだ。地球の、ぼくらの論理、倫理観で考えるだけムダだと……ぼくは、思うけど」

「…………そうですが……そうですが……」


 すぅっ、と彼女が息を吸う音が聞こえる。


「でも私は、私は人殺しなんて絶対に……できません……っ!」


 エマさんの、悲痛な叫び。


「……近接最強じゃあ、なかったのか……?」


 ぼくはただ、純粋に不思議で尋ねてしまう。


「誰も、誰も殺したくなかったからそうしたんですのっ……!」


 ……それで、その叫びで、ぼくはようやく思い出した。

 周にしてもそれは同じのようで、顔を見合わせてしまう。


 たしかに、ぼくらは。


 異世界で過ごした日々の中、人の死、あるいはそれに類する知的生命体の死に、いくつも、いくつも接してきた。もう慣れてしまって、何も感じないほど。


 でも……だからってぼくらは、人殺しが職業ってわけじゃない。そして、どんなに異常な体験をしてたって結局、ぼくらは、十代でしかない。十代の、クソガキ。それが三人。


「周……君はその……異世界で……殺し、は?」

「……ゾンビになってしまった友人にとどめを刺すのは、何回も。ゾンビの頭を撃ち抜くのは……千回からは数えていない。シロくんは?」


 ……思い出したくもない。

 けど言わないわけにはいかない。

 なるべく軽く、感情を込めず。


「ぼくはもっぱら殺される専門だったよ。死に戻りがある異世界でさ。ったく……」

「……お互い、苦労したね……だからこんな、元転生者同士で最後の一人になるまで殺し合うイカれたルールのことも、平然と喋れる人でなしに、ボクらはなってしまったんだろうね」

「……ちっ、ちがっ! そういうことではありませんのっ!」

「あー、今そういうのいいから」


 まったく鬱陶しい。いやエマさんが、じゃなくて、こういうのが。


「……はぁ!?」


 でもそうはとらなかったみたいで、なんだてめぇ!? みたいな顔をされた。顔のかわいい人が怒ると、ぼくみたいなのが怒るより遙かに怖いな……でも。


「異世界モノで主人公が殺人に葛藤するシーンなんて、かったるっくてしょうがないだろ? どっちにしろ数行で済ませて欲しいって思っちゃう。僕も、そういうのはやりたくない」


 そんなのを長々やられたら、そこで切りたくなってしまう。でもエマさんは、おまえ何言ってんの……? みたいな顔でぼくを見てくる。ったく、イギリスの上流階級にいたとか言う割には失礼なヤツだ。いや……だから、か……?


「な、あ、あな、た……なんなんですの……」

「殺す殺さないより、自分の生きる死ぬが重要な、普通の人間だよ」

「そっ、それでも……! 負けた元転生者の異世界は……消えるんですのよ……!?」

「あんなとこ早く消えた方が誰のためにもなる」

「そこにいた人、モノ、全部、消えてしまうんですのよ!? 私の、私の異世界だって、イヤなことはたくさん、ありましたわ……でも、それでも……っっ!」


 エマさんは、あと一押しされたら泣くんじゃないかって顔。

 やめてくれ、なんかぼくが悪いみたいに見えるだろ。でも。


「冷静に聞いてくれ……今聞いた限りじゃ、ポイントを得る手段が、殺人以外にも絶対ある。今この時点で重要なのは、誰かが優勝した場合を考える……なんて、宝くじに当たったらどうしよう、みたいなことじゃない、このシステムについてだ」


 そう。重要なのはそこだ。

 いつだって、一番大切なのはシステムだ。

 ゲームでだって……たぶん、人生とかいうやつでだって。


「な、なぜ言い切れますの!?」

「……周。ポイント制、ってのは間違いないんだよな?」

「ああ、たしかにウチの神様は、他の元転生者を殺せば一ポイント、と言っていた。情報が足りないことはあるだろうが……そこに虚偽はないだろう」


 ……それなら。


「元転生者同士の殺し合い、殺人がウリの残酷ゲームなら、何人、って勘定するだろ絶対。わざわざポイント換算する必要は、ないとは言わないけど薄い。換算する必要があるのは、他にもポイントを得る手段があって、それと殺人に得られるポイントの差があるから、って考えるのが自然じゃないか?」


 対戦ゲームや多人数型オンラインゲームに、完全にまったく全然一ミリも興味がないぼくにとって、ゲームとは常に、システム対ぼくの、孤独の戦いだ。それを作った誰かの思想との、一対一の戦い、タイマン。そして戦いなら絶対に、勝つ手段はある。なくても、作り出せる……長文☆1レビューで憂さを晴らしたりとか。


「ま、自分たちが作った世界をわざわざ、定期的に壊してる意味不明の神さまたちに僕らの論理が通じるとも思わないけど……周、ちょっと試しに、ステータス、って言ってみてくれない?」


 ぼくの推理が正しければ……出るはずだ。


「……シロくん。ここは異世界じゃないんだぞ」

「けど地球にはそもそも、元転生者なんているはずない。でもいる。ってことは? ……あ、開かなかったから、君がいた異世界でステータス的なヤツを出す時のやり方で」

「……それはさすがに、ないと、思うが……というか、帰ってきてから最初に試したよ、その時は出なかったんだ、何も。僕たちが持ち帰れたのはアイテムだけだよ」

「僕もそう思う。でも、もう一回試してみてくれ。今の君なら出るはずだ」


 呆れたよ、と言いそうな顔で首を振り、やれやれ、とばかりに呟く周。


「…………ステータス…………」


 何も起こらなかった。促すようにぼくは周を見つめる。

 すると珍しく頬を朱に染め、少し俯き、今にも消え入りそうな感じで呟く。


「……シ……きゅん、状況……願……」


 なんだかもごもご、妙に小さい消え入りそうな声で周が言うと。




 半透明の、薄青い、ハイテクな感じのウィンドウが、周の目の前に拡がった。




 ……おいおいおいおいマジかよ大当たりだ!




 ぼくはウィンドウに飛びついて貪るように中身を読みあさる。タッチ形式で好きに情報を選択できるタイプで、結構UIユーザー・インターフェースは練れてる感じ。こけおどしのウィンドウじゃない、真にゲーム体験をスムーズにするため専門職の人がきちんとデザインした種類のもの……!


 ……と、そんなくだらないことを考えてられたのは、ほんの少しの、間だけだった。


 読めば読むほど、はたしてぼくらが、どういったイベントに巻き込まれてしまったのか、よくわかった。わかってしまった。それは、できれば将来的には森の中に引き籠もって、世間とはなんにも接点を持たないで暮らしたい、なんて考えてるぼくが、こう呟いてしまうほど。


「……森が燃えてると……世捨て人にはなれないか……」


 逃れる術はない……ああ、やっぱりだ。


 人生ってやつは、☆1レビューを書き捨てるだけじゃまるで釣り合わない、超クソゲーだ。

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