第12話 どうして【王子視点】

【王子視点】


「……な」


 アイリスがその場を去り、僕は絶句するしかなかった。

 あのアイリスが……僕を必要としていない?


 目の前の現実が、理解を困難にさせる。

 僕の頭が、理解を拒む。

 何故、どうして、頭の中でそんな言葉がリフレインする。


「……アイリス」


 口から漏れる言葉は、女々しくか弱い言葉。

 ただただ愛した女性のことを、僕は呟き続ける。


「……君も、僕のことが好きなんじゃないの?」


 少し前までは、相思相愛だと思っていた。

 僕が運命の愛を自覚し、アイリスに応える。

 アイリスは当然のように僕を想っていて、僕に応える。

 そんなふうになると、そう思っていた。


 だが……現実はどうだ。

 アイリスのあの目、養豚場の豚を見るような冷たい眼差し。

 僕のことをハッキリと拒絶し、いっこくもはやく離れたいと思っているあの目、

 

 僕は王子なので、あんな眼差しを送られたことがない。

 くだらない売女や貴族令嬢などは、僕が王子だとわかるや否やすぐに媚びを売ってきた。

 そんな女のことを僕は軽蔑していたので、制欲を満たしたら金だけを払ってすぐに関係を絶った。


 もちろん、一時的に恋に落ちて、ある程度まで関係を持った女もいる。

 だけど、そう言った女はみんな何かしらの欠点があったため、僕が最後まで本気になることはなかった。


「……そうか、あの目だ」


 アイリスの視線に、既視感を覚えたんだ。

 その正体が、今ようやくわかった。


「……売女に送る、僕の眼差しと同じなんだ」


 どこまでも蔑んだ、どこまでも荒んだ眼差し。

 ハッキリと僕の方が上位に存在し、それゆえに見下した眼差し。

 そんな僕の眼差しと、そっくりなんだ。


 実際に、その眼差しを自身で確認したことはない。

 鏡でその眼差しを見たことなんて、当然無いのだから。


 だが……直感的に理解した。

 僕が倍多に送る眼差しと、全く同じ眼差しなのだと。

 つまり──


「……僕のことを、見下している?」


 僕のことをアイリスは、蔑んでいる。

 どこまでも下に、どこまでも下賤に。


「……何故だ、アイリス」


 確かに、僕は幾度も浮気をした。

 君の妹と婚約を結ぶという、愚行までも犯してしまった。


 だが……そんな眼差しを送られる謂れはない。

 僕は確かに罪を犯したが、こうして謝罪をする意思を見せているのだから、話をちゃんと聞いて赦すべきだ。

 僕は一国の王子で、キミは公爵家の令嬢なのだから。


「……もう一度、話そう」


 もう一度話せば、きっと理解してくれる。

 いや、理解させてみせる。 

 彼女は僕の話を、聞かなければならないのだから。

 僕の方が権力的に上なのだから。

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