第10話 第二王子との日々

「今日も綺麗だね、アイリスさん」


「あ、ありがとうございますわ」


 あれから数日後、私と第二王子は王城の中庭を散歩していましたわ。

 ここはサギソウの群生が綺麗な、素晴らしい花畑です。

 シリアル王子と婚約していた時も、幾度も訪れた大好きな場所ですわ。


 そんな花畑を……今は第二王子と共に散歩している。

 なんというか、不思議な感覚ですわ。


「……殿下」


「ううん、テミスって呼んでくれると嬉しいな」


「……テミス王子、あの話は本気ですか?」


「あの話って?」


「……私と婚約したいという話です」


 数日前、私はテミス王子に婚約を言い寄られました。

 最初は趣味の悪い冗談だと思っていましたが、テミス王子の真剣な眼差しを見て……冗談ではなく、本気なんだなと察しました。

 ですけれど、私は言葉で聞きたいのです。

 私に対する想いが、如何程なのかを。


 仮にテミス王子の口から、ふざけた言葉が飛び出てくれば……。

 私のコブラツイストが炸裂するでしょう。


「もちろん、本気だよ」


 よかったです、とりあえずコブラツイストは回避できました。


「……ですけど、私はシリアル王子に捨てられました。いわゆる、傷物令嬢なんですよ?」


「関係ないよ。キミがどんな立場であっても、僕がキミに抱く想いは何も変わらないさ」


「……本当ですの?」


「この目を見て」


 テミス王子の蒼い瞳は、純朴な輝きに満ちています。

 ……間違いありません、彼は嘘をついていません。


「……わかりました、でしたら──」



「アイリスゥウウウウウ!!!!」



 彼の気持ちに応えようとした瞬間、誰かが私の名前を叫びました。

 ……しかも、その声は幾度も聞いてきた、まことに不愉快な人物の声。


「……テミス王子、返事は後ででも構いませんか?」


「うん。……はぁ、兄が迷惑をかけて、すまない」


「……いいえ、構いませんわ」


 ため息を零し、私とテミス王子は声の主の元へと急ぎました。



 ◆



「アイリス、アイリスー!!」


「……なんですか、うるさいですね」


 廊下で叫び、惨めに蹲るのは……憎い人。

 幾度も浮気をし、幾度も裏切り…妹と婚約をした人。


 この王国の第一王子、シリアル王子がそこにはいました。


「……アイリス?」


「お久しぶりです、シリアル殿下」


 目を腫らし、鼻水を垂らし。

 一国の王子とは思えないほどに、無様な姿。

 教育係の目に留まれば、即刻折檻の対象になるでしょう。


「あ、アイリス……キミに伝えたいことがあるんだ」


 なんでしょう、さっさと言って欲しいものです。

 モジモジとして、恥ずかしそうにする姿に苛立ちを覚えてしまいます。


「アイリス……僕ともう一度、婚約してくれ!!」


 ──ブチっと、私の中のナニカが千切れました。

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