第3話 9チャンネル

「ねー、どういうこと?私も死なないって。心臓を刺したのよ!病院で治療を受けたわけでもないのに!死なない訳がないじゃない!」

「言えないんだ。でも、これは2人の為なんだ」

「何が2人の為?殺人や自殺が無かったことになるのが2人の為?そんな訳ない!健二は何を隠してるの?何をしようとしてるの?何で暴力を振るうの?私はもう終わりにしたいの!邪魔しないで!」

「時子!落ち着け!落ち着いてくれ!」

「イヤ!触らないで!何がどうなってるのよ!あった事が無かったことになってるなんて気持ちが悪い!」


そう言い放って家を出ようとしたがドアが開かない。いつものように押してもビクトもしない。そうこうしているうちに健二も玄関まで来た。


「イヤ!来ないで!」


一刻も早く此処を出て誰かに助けを求めなければと思った。ドアノブをガチャガチャして、押して駄目だから引いてみたら、ドアが開いた!これで外に出られるとホッとしたのも束の間…目の前にはコンクリートの壁があって外には出られなくなっていた。


「酷い!いつの間にこんな事を?お願い、此処から出して!」

「それはできない。俺には時子が必要なんだ。俺の側に居てくれよ…」と言って健二が私の方へと歩いて来た。


私は、健二を押し退けるようにして、走って家中の窓を開けた。しかし、全ての窓にコンクリートが打ち付けられていて、何処からも外へは出られなくなっていた。


絶望しかなかった…。

途方に暮れて、床に座り込んでいた私を見た健二が言った。


「俺たち2人の世界を作ろう」


「…どういう事?」


「時子は、俺に飼われるんだ。金も飯も家も俺が働いてるから手に入るだろ?お前は、パートを辞めて家の事に専念すれば良いんだ」

「飼われるって…私はペットじゃない。パートは続ける。お金は少しでも多い方が良いでしょ?」

「パートは駄目だ。いろんな男がお前を誘惑するかもしれない。外の世界は、危険がいっぱいなんだ。家で大人しく俺の帰りを待っていてくれないか…」と健二が私に触れようとした。思わずその手を振り払った。


「やめて!」


ちょっと待って…今、俺の帰りを待っていてくれって言わなかった?何処かに出入口があるって事?健二が仕事に行く時に出入口が何処あるか突き止めれば外に出られるかも…!とにかく、健二を油断させないと…。


「ごめんなさい。私は健二の妻だもんね。毎日、仕事で頑張っている健二の帰りを家で待ってるわ」

「わかってくれて嬉しいよ。それなら、さっき俺の手を振り払った事を謝罪してもらおうか…」

その眼差しは、とても冷たいものだった。困惑しながらも私は謝った。


「駄目だ!本当に悪いと思っているならどうすれば良いか子どもでも知ってるぞ。そんな事もわからないお前は豚以下だな。そこに四つん這いになって鳴け!」


「ごめんなさい。私が悪かったです。許して下さい」と頭を下げ続けた。


「聞こえないのか?豚のように鳴けって言ってるだよ!」と健二は、大きな声で怒鳴った。私は恐怖が蘇り、言われた通りにするしかなかった。屈辱だった。悔しかった…。


絶対に、この家から出てやる!


そうだ!そうだったんだ!

健二を殺したり、自殺をしたりする必要なんてなかったんだ。どうして思いつかなかったんだろう?ただ、この家を出て行けば良かっただけだったんだ。


明日の朝、健二が仕事に行く時に出入口を確認しよう。


次の日の朝は早く起きて、健二の朝ごはんを作っていた。そこに健二が起きてきた。


「おはよう。朝ごはんなんて作らなくても良かったのに…」

「ずっと家にいるんだもん。このくらいはしないと…」

「すまない。もう出ないといけないんだ」


そう言って健二は、急ぐように玄関から出て行った。


その後を追い掛けるように私も玄関のドアに手をかけて、思い切って押してみた。


開いた…。


ドアの外は、暖かな光が降り注いでいた。これで自由になれると思い、急いで家の外に出た。健二に見つかる前に何処かに隠れなきゃ…。警察へ行って身の安全を確保してもらおう!そう思いながら交番へと走って行った。


交番まであと数十メートル。交番も見えてきて少しホッとしてきた。そして、交番のドアを開けて入った。


「助けてください!夫から暴力を受けているんです!」


》》》


「時子、誰から暴力を受けてるんだい?」と聞き慣れた声が聞こえてきた。そして、息切れした体勢から顔を上げて周りを確認した。


そこは、家のリビングだった。ソファーに座った健二が不気味な笑顔でこっちを見ていた。その顔を見て愕然とした。

確かに、外に出て交番へと駆け込んだはず…。なのに、家のリビングでしかも健二が帰ってきていた。


「時子、駄目じゃないか。ちゃんと家で待っていてくれないと…」

恐怖で体が震えるのを感じたが、健二に悟られてはまた殴られる。感情を押し殺して、絞り出すように答えた。


「ごめんなさい。夕飯の買い出しに行こうと思って…」


「なんだ、言ってくれれば、仕事の帰りに買って帰ったのに…」




―家出 1回目―《《》》

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