肉食獣

 今日も薄暗い聖堂にて、俺は食事に専念するし、雲上はずっと何かを祈り続けている。踏み潰した青真珠の残骸に膝をついて、一心不乱に。

俺たちは特に何を話すでもなく、ただ、同じ場所にいるだけ。余計な詮索も、会話もあの日以来一切していない。教室は隣だったが、わざわざ会いに行く仲でもない。俺は狙い通りクラスのはみ出ものだったし、雲上も引っ込み思案な性格が災いして、いつも一人のようだった。

 今日は災難で、クラスメイトが合成ガムを学校に持ち込んだことで説教が続いていた。どうやら校則で禁止らしい。煙草と同じ扱いか。そのクラスメイトは食事が必要な俺を言い訳に使うものだから腹が立ったが、これ以上説教が長引く方が面倒で黙っていた。

 夕暮れも店じまいで、薄っすらと蒼い夜が迫っていた。陽光がノルシア様の慈愛なら、星はノルシア様の慈悲。食事を行った邪悪な獣は、死後に夜の果て、空獄へ行くと言われている。真っ暗な空獄には、ノルシア様の慈悲たる星が瞬いているのだとか。

「雲上?」

 大通りからわざと外した俺の帰路に、翠色の葉紋が見えた。うずくまって、必死に何かを持ち上げようとしている。それも車道の真ん中だ。交通量が少ない道とはいえ、危ないじゃないか。俺は思わず駆け寄った。

「滝沢くん? こんな遅くにどうしたの?」

 雲上は犬を抱き上げていた。車に轢かれたのか、犬の足は痛々しく血に汚れている。中学生くらいの体格をした大型犬で、ひ弱な雲上ではとても持ち上がらないだろう。怪我をしている足回りを雲上に任せ、俺が抱きかかえて歩道へと連れ戻した。

 犬は泥まみれで、どこかの山から迷い込んできたのだろう。肉食獣を飼う酔狂な人はほとんどいない。この野犬は、運悪く車に撥ねられてしまったのか。肉食獣は嫌われ者だから、轢き逃げされたのだろう。足を見れば、どす黒く凝り固まった傷口からまだ、血を垂れ流している。

「雲上、あんた、長い布持ってないか? ハンカチとか、何でもいい」

「こ、これは? ちょっと汚いけど」

 雲上は灰色の袋から、細長いタオルを取り出した。本人の言うようにぼんやりと何か臭うが、構わない。ペットショップの臭い、だろうか。兎にも角にも、犬の足に巻き付け、とりあえずの止血をした。

「滝沢くん、ありがとう。僕一人じゃどうしようもなくって」

「こいつ、野犬だろ? ペットでもないのに、どうして」

「だって、可哀想で。痛そうだし、きっとまた轢かれちゃいますから。滝沢くんこそ」

「俺?」

「どうして、手伝ってくれたんですか?」

 茂みに休ませた野犬を抱きしめる美しい翠色の腕。そうしてあの、真っすぐな瞳。

「別に、犬も嫌いじゃないってだけで。肉食獣だって、俺は好きだよ」

「ホントウに?」

 燦々と、雲上の瞳は星のように輝いた。飛び切り嬉しそうに、きらきらと。

「明日また、聖堂で」

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