第5話 野球部エース対生徒会長
生徒会長・横山奏が文芸部副部長でもあったことは有名な話だが、それは横山に運動神経があるという話になるはずがない。
「なんだ、吉永君もいるじゃん」
横山は文芸部部長の吉永を見つけて声をかけた。
「それで、私に小野寺君の豪速球を打ってほしいというのは、いったいどういうことなの? 野球部でもなかなか打てないものを、私が打てるわけがないでしょ」
「いやいや横山、本当に打てと言っているわけではないよ。これは取材と撮影の一環なんだ」
横山は怪訝そうな顔をした。
「撮影? あなたが取材したいのはわかるけど……撮影?」
「おっと、彼女を知らないのかい? こちらは放送部の鹿島さんだ。野球部が甲子園に出るのに合わせて、その応援動画のようなものを作っているんだよ。それで今日、我らがエースである小野寺君の豪速球を、一般人に体験させてみようという話になってね」
鹿島がさっと前に進み出てぺこりと頭を下げたが、横山は首をかしげつつ、親指と人差し指を直角に広げて、顎の下に当てた。
「ふーん、つまり吉永君は、私に小野寺君の豪速球の文学的な表現を求めているってわけ?」
「そういうことだ。心配するな、小野寺のコントロールは高校生最強クラスだ。間違っても横山が怪我をすることはないから、安心して空振りしてくれ」
「安心して空振りって……まあ、私の運動神経なんか、皆無に等しいんだけど」
横山はそう言いつつも、『安心して空振り』というワードにはやはり笑わずにはいられなかったようで、吉永からバットを受け取ると、小野寺が足でぐりぐりと五角形のベースを引いた即席のバッターボックスに立った。そして、副会長ながらここではただのキャッチャーと化している俺と目が合った。
「あの、滝川君、バットはどうやって持つんだっけ?」
「細かいことは気にするな。適当に振っておけば絵にはなるから」
一度こちらに見下ろした目を再び上げてボールが飛んでくるのを待っている横山を見ていると、本当にこの人がもう一月も不登校を続けているのか、と俺は現実味のないことを考えてしまう。もともと、横山は面白そうなことに自分から突っ込んでいく体質なのだ。今年の春の甲子園に俺たちの野球部が出たとき、当然生徒会長として応援団長をやることになった横山が試合の間中アルプスを飛び回って大声を張り上げているのを、もちろん俺はよく見ていた。今の応援団長である堀田の応援とは全然違うのだ。堀田はどちらかといえば、マニュアル通りの応援をやっているだけなのだ。横山の応援には力がこもっていた。本当に俺たちの勝利を願っている感じがにじみ出ていたのだ。『鈴谷高校の名物熱血高身長美少女応援団長』とネットニュースに紹介されていたのを、果たして横山は知っているのだろうか。
「じゃあ、準備いい? カメラ回すよ!」
鹿島の合図で、吉永が喋り始めた。
「みなさんこんにちは、今回の鈴谷高校放送部の企画は、全国でも有数のピッチャーといわれる小野寺陽介君の豪速球を、文芸部でもある生徒会長に打たせて、その感想を言ってもらうというものです」
鹿島自身もツッコミを入れる。
「えー、大丈夫なんですかその企画。それ絶対空振りするじゃないですか」
吉永が即座に応戦する。
「わかりませんよ。なにしろうちの生徒会長は超能力を使えるという噂すらある最強の美少女ですから。きっとホームランを打ってくれるはずです」
ここで横山がまた少し笑った。俺が思うに、横山は吉永にいくらかは心を許している気がする。そして、鹿島の悪戯っぽい声が響いた。
「よし、やっちゃえ小野寺君!」
小野寺はいつものように振りかぶり、投げた。狙い誤らず、ストライクゾーンど真ん中のストレートだ。横山はバットを振るが、もちろんワンテンポ遅れており、ボールは俺のグローブに収まった。
「ひええ、速いなあ……とか言っちゃうと、私が語彙力のない人みたいなんだけど」
横山は鹿島と吉永が何か言う前に自分で喋り始めた。
「なんだろう、ボールがひとつの線みたいに見えたんだよね。小野寺君の手から滝川君の手まで、一本の糸が伸びてきた感じ。あんまり速すぎて、残像が残っているだけだと思うんだけど……やっぱり、あんまりうまく言えないかな」
「全然そんなことないよ。完璧で文学的な感想だ。君を呼んで正解だったよ。もう一球やってみるかい?」
にっこりとサムズアップした吉永にちらりと目をやって、横山はそれから斜め上を見た。
「それはやめておこうかな。本当に私がホームランを打ってしまったら一大事になるから」
そう言ってバットを丁重に地面に置いた横山を見ていると、俺はやはり横山には他の誰とも違う何かがあるのではないかと思ってしまう。丁寧で、真剣で、そしてユーモアすらある。どう考えてもスクールカーストのーーいや、人間の最上位に位置する人物であるように思う。この横山が、なぜ不登校なんかにーーと考えると、俺の目にはまた堀田が浮かんできてしまう。
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