第34話


「「――巫装展開ッ!――」」


 戦闘開始と同時、俺と神は同時に吼えた。


「狂いけ、術式巫装【黒刃々斬クロハバキ】――!」


 詠唱に応え具現する力。

 俺の両刀が黒刃に染まり、顔の右側に黒蟷螂の面が現れる。


 それに対し、


「乱れべ、術式巫装【死乎尽シオツチ】――!」


 立花神の投げたナイフが、八本全て水色に染まった。さらに彼の右目を覆うように魚のような意匠の面が現れるや、怪異は起きた。


「踊れェッ!」


 俺に向かってきていたナイフの群れ。次の瞬間にも斬り落とさんとしていたソレらが、――!


「なに?」


 振るった刃が空を切る。まさに生きているかのごとく、ナイフ自体が俺の攻撃を避けたのだ。さらには俺をその場に縛り付けるように、周囲を高速で遊泳し始めた。

 これは、まさか。


「自律行動。蘆屋と同じ能力の巫装か……!」


「正解やッ! だがッ、あの未熟なボンボンとは一味違うでぇッ!?」


 立花神の両手に再びいくつもナイフが現る。

 ただのナイフじゃない。それらも全て、水色に染まり巫装化していたのだ。


「ワイは一度に、百本以上のナイフを巫装化できるッ! そこらの陰陽師ヤツとは手数が違うねんッ!」


 こんな風になぁッ――と、立花神は頭上に向かって次々とナイフを投げた。八本、十六本、三十二本と無数に放たれる刃の群れ。

 それら全てが、放物線を描きながら俺の周囲に殺到する。

 こちらに向かって切っ先を向けながら、魚群のごとく渦を巻いた。


「捕らえたでぇ、『呪い人』。これでもう逃げられへん」


 渦の外より神が俺を睨みつけてくる。

 それにしてもまた『呪い人』と呼んできたか。妖魔と融合して生きている俺のことが、本当に気に食わないようだ。


「……ワイはかつてな、しがない漁村に住んどった。貧しいトコやけどエエ場所やったわ。みんな笑顔で暮らしてた。だけど、ある日なァ……」


 刃の魚群が加速する。ゴウッと風切る音を響かせ、荒く激しく乱れ舞う。


「優しいオトンが、浜辺でガキを拾ってきた。酷く弱って死にかけやったが、村人総出で介抱し、金を集めて高価な薬も買い与えてやった。すると元気になったガキは、ワイらに笑顔を向けるとなァァ……!」


 魚群の速度がついに音を遅らせ始める。もはや常人では捉えられないだろう域に達する。


「ワイらを襲いッ、喰い始めおったッ! オトンもオカンも兄弟もみんなもッ、人間とは思えん速度でそのガキに襲われて死んでった! ――あとで知ったが、そんガキは『九頭竜』ッつー妖魔に魅入られた『呪い人』だったんやッ!!!」


 俺に向かって彼は叫んだ。糸目の奥より、憎悪に染まった瞳をぎらつかせる。


「せやからワイは妖魔が憎い。ソレに呪われたオンシみたいなヤツも、嫌いで嫌いで仕方ない。つーわけでシオン、殺しはせんから……せめてボロッカスの落伍者カラダになれやァァーーーーーッ!」


 かくしてついに、刃の魚群が全方位から殺到する。

 多大な憎悪が込められた攻撃。一本一本が猛高速の上に、完全に統制が取れた動きだ。どう刃を振るっても全ては斬れず、数本以上は刺されてしまうだろう。これが詰みというやつか。

 ――だが。


「斬る」


 瞬間一閃。二刀を振るい、全てのナイフを斬り散らした。


「なっ――はぁあッ!?」


 鋼の欠片が雨のように降る中、立花神は「うっ、嘘やァッ!?」と喚き散らした。


「そんなっ……どれだけカタナを早く振ろうが、あれら全部を斬れるわけが……!」


「あぁそうだな。だから一部を斬り砕いて、その破片を飛ばしたんだよ」


 簡単なことだ。

 俺の巫装能力は『超視力』の発現。どれだけナイフが加速しようが、動きや位置を捉えることは出来る。

 ならば刃が届く限りのナイフのみを斬殺し、その破片が他のナイフにも当たるよう、調


 ――そう語ったところで、立花神はもう一度「はぁぁぁ……!?」と呻いた。


「そ、そんな意味わからん真似が、できるわけがァ……!」


「まぁ、刃を握った最初の頃は出来なかっただろうな。だが」


 視線を落とし、揺れる羽織の内袋を見る。

 そこには俺の可愛い九尾が、『な、なんかご飯食べてお昼寝してたら、殺し合いになってるんだが……!?』とプルプル震えていた。

 うーん可愛い好き。これからも一緒にたくさん食べて寝て幸せな生活をしようね? 永遠に。


「俺は大切な九尾ヒトを救うために、元『天浄楽土』の幹部妖魔に全力で挑んだ。あの戦いで、俺はずいぶん強くなったからな。“最強を目指す”という新たな夢も、伊達や酔狂で掲げたわけじゃない」


「ッ……この、気に食わん『呪い人』がァ……!」


 中身のない罵倒を吐くだけで、もはや立花神に次の手はないようだ。

 さて、それならば。


「俺のことを、ボロッカスにすると言ってたな? ならば“やられたらやり返せ”だ。お前を今からボロッカスにするから、覚悟しろ?」


「ぐぅ……ッ!?」


 そうして立花神に歩み寄った時だ。

 ――ふいに、神を守るように数人の人だかりが出来た。


「もっ、もう勝負はついたッス! これ以上アニキに近づくんなら、自分らが相手になるッスよ!?」


 そう叫んできた小さいヤツ。男勝りな女の子に見えるが――まぁ長谷川さんの例があるので、たぶんこう見えて女の子勝りなオッサンとかだろう。俺は常に学ぶ男なんだ。

 さらにはそのオッサン(推定)に同調し、何人かの者たちも「立花のアニキに近づくな!」と吼えてきた。


「オッ、オンシら!?」


「アニキは下がっててください。――割り込んですんませんね、シオンさん。自分は高橋銀たかはし ぎんってもんッス」


 丁寧に頭を下げてくる高橋さん(年下に見えるがきっとオッサン)。

 だが頭を上げると、俺を鋭く睨んできた。


「ここにいる自分らは、立花のアニキと同じく、妖魔絡みの事件で親を亡くした『天狗院』の孤児ものらッす。そんな自分らにとっても……シオンさん、正直アンタは気に食わないッす!」


 そう言うと、高橋さんを始めとした面々は各々武器を抜いてきた。


「だから、ホントにこれ以上近づくんなら、自分らも考えが……!」


「――へぇぇぇ。キミたちってば、シオンのことを、寄ってたかって、ボコろうってんだ?」

 

 その瞬間、背後より酷く柔らかな声が響いた。

 振り向くと、そこには綺麗な笑顔を浮かべる真緒が。


「シオンが気に食わないってことは、同じ『呪い人』であるボクのことも、気に食わないってことだよねぇ? ボコりたいってことだよねぇ? 答えろよ」


「あっ、いや、それは、まぁ……!?」


 高橋がなぜか震えながら頷いた時だ。真緒はずんずんと高橋一派に近づいていった。足取りに迷いがないっすね。


「ちょッ、だからこれ以上アニキに近づくとッ!」


「いいよ、やろうよ。全員この場で殺してやるよ」


ころッ!? えッ、口わるっ!?」


 戸惑う高橋らをよそに、真緒は「まぁ冗談だけど」と言いながら、袖口から二丁拳銃を取り出した。


「『天狗院』組。お前たちには特に気を遣ってきたんだよね。陰口を言われても耐えてきたし、そこの立花に“見てて吐き気がする”だの好き勝手言われた時も、お前らは妖魔絡みの事件で親を亡くした奴らだから、何も言わないようにしてたよ。けど」


 拳銃を手に真緒が構える。雑談の中で真緒が教えてくれた――『八極拳』という破壊の型だ。


「シオンが好き勝手に言い返してくれているのを見たらさ、僕も縮こまってるのが馬鹿らしくなってね。だから――大切な朋友シオンに武器を向けたお前らを、遠慮なくボロッカスにしてやるよ……!」


「うっ……!?」


 真緒の前に呻く高橋一派。さらにはそこに、「おォーおォー男らしいなぁ真緒ちゃんよォ」と軽妙な声が響いた。

 そちらを見れば、そこには拳を鳴らしながら歩み寄る蘆屋あしやの姿が。

 まだあちこちには包帯が巻かれているが、足取りはしっかりとしたものだ。


「蘆屋、元気になったのか。よかったな」


「ッ、うるせぇよトンチキざむらい。テメェに言われても嬉しくないッつの!」


「むむ」


 そっぽを向く蘆屋くん。

 トンチキ侍と呼ばれた上、嬉しくないと言われてしまった。

 うーん、あと47万5240秒。


「ふん……ともかくオメェら、今から『天狗院』組と喧嘩おっぱじめようとしてたんだろ? おもしれぇからオレも混ぜろよ」


「いいぞ」


 俺は素直にうなずいた。

 やられたらやり返せ、だからな。向こうが大人数になったなら、こっちも仲間と一緒に戦うべきだ。


「ちょッ、シオンさん!? 自分らは、アニキに近づかなきゃぁ手を出す気は……!」


「俺は近づいて手を出すぞ? だってそいつは俺を“ボロカスにする”と言ったんだ。じゃあやり返すぞ。お前らがどれだけ抵抗しようが、地の果てまで立花を追いかけてボロカスにするぞ……!」


「ひっ!?」


 そうして真緒と蘆屋と共に、高橋一派に近づいた時だ。

 ――彼らのことを守るように、立花神が前に出てきた。


「アニキッ!?」


「大きなお世話やねんオンシらは。……これは、ワイとシオンの喧嘩や。だったら他は引っ込んでろや」


 彼らのことを手で追い払う立花神。だが、高橋らは「嫌っす!」と言って、こちらと同じく横並びに前に出てきた。


「自分たちも、『呪い人』のことは気に食わなかったんで……! ――だからこの際、もう陰口はやめて、正面堂々ボコってやるっスよ! 覚悟決めたッス!」


「高橋……」


 神は彼らと目を合わせると、フッと笑って共にこちらを睨んできた。


「やる気が戻ったか、立花神?」


「何やその呼び方は!? ――あぁ、ワイ一人なら負けムードやったが、こっちにゃワイを信じてくれる義弟おとうと共がぎょうさんおるでなぁ。コイツらと一緒なら、負けへんわ!」


 立花は砕け飛んだナイフの破片を拾うと、そこに巫装の力を宿した。

 そして俺たちと対峙する。


「ほな」


「ああ」


 そして、全員で武器を構え合い――、


「「お前たちを潰すッ!」」


 機関『八咫烏』の裏庭にて。俺たちは大乱闘を始めたのだった――!

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