第33話




「ざけんなやッ、この『呪い人』共が!」


 突如として、俺と真緒に向かって怒号が放たれた。

 振り返ればそこには、こちらを鋭く睨む糸目の青年が。


「何が“チヤホヤされたいから最強陰陽師目指す”やッ! オンシらみてぇな妖魔モドキがふざけんなボケェッ!」


 彼の大声に、食堂にいる他の人たちも目を向けてきた。

 ふむ……なにやら怒っているようだが、どういうことだろうか? というかコイツ誰だ?


「……シオン、この人は立花宗たちばな しゅうさん。準一等陰陽師で、『天狗院』出身の人だよ」


「てんぐいん」


 聞き知れぬ単語を呟く俺に、真緒は小声で説明を続けた。


「『天狗院』っていうのは、妖魔によって親を亡くした子を保護する、『八咫烏』運営の孤児院のことだよ。だから……そこの人には多いんだ、ボクらみたいな存在が気に入らないって人が……」


 真緒が気まずげにそう語ったところで、立花という男は「ぶつくさ話してんなや!」と吼えてきた。

 

「オンシらのことはよぉ知っとる。妖魔を取り込んだだか実験受けただかで、死んでるのに生きてる屍人共やろ!? きっしょく悪い。身体に妖気が染みついたオンシら見ると、食ったメシを吐きそうになるわ!」


 オエーッと吐く真似をしてくる立花さん。それを見た真緒が俯いて拳を握りしめた。

 

 ふーむ。この立花さんって人のことが分からない。俺たちを見て気持ち悪くて吐きそうって、どういうことだろう?

 俺は鼠の腐った死骸を見ながらでもご飯食べるし何も感じないし、なんなら食べさせられてきたんだが。


「ええか? オンシらみたいなのを『呪い人』言うねん。妖魔に呪われ、穢されてるクセに生きてる存在。そん中にはオンシらみたいな条理を無視した延命しとるやつや、理性が吹っ飛んで妖魔みたくなったヤツもおる。そんなんどっちも人間ちゃうわ! 即刻死ぬべきや!」


 むむ? 半分わかったが半分わからんぞ?


「たしかに、理性が吹っ飛んだヤツは迷惑だから死ぬべきだな」


「おう、わかっとるやないか」


 うんうん、そこまではわかるさ。だけど。


「――だが、俺と真緒は生きてるだけだぞ? 特に真緒は最高に優しい良いヤツだ。お前の判定的に人間じゃなくても、害がなければ生きてていいだろ?」


「ッ、じゃかぁしいわッ!!!」


 おや、なぜかメッチャ怒ってきた。

 じゃかぁーしいぃ……やかましいって意味か? そんなに大声出してないんだが? 耳が弱いのか?


「そ、そいつが良いヤツとか知るかボケッ! ええか!? 人間ってのは死んだら死ぬのが道理やねんッ! ンな道理も無視した気持ち悪いヤツは死ぬべきや!」


「む? なんでお前が気持ち悪いというだけで死ぬべきなんだ? お前は神でも気取ってるのか?」


 それならすごい自信だなぁ。俺もそんな自信溢れる人間になりたいものだ。

 そう感心していると、立花神はなぜか「喧嘩売っとんのかァッ!?」と怒ってきた。売ってないが?


「お怒りのようだなぁ神よ。祈れば許してくれるのか?」


「なァッ!? オッ、オンシざけんなやクソボケがァッ!」


「ざけてないが? あと俺はオンシじゃなくてシオンだが? 神ならちゃんと覚えろよ」


「ッッッッッ!?」


 立花神のこめかみあたりからブチッと音がした。

 そして顔を真っ赤にし、「こい……ッ」と静かに言ってきた。どこにですかね?


「裏庭まで、ついてこいやクソボケ……! オンシは直々に、この準一等陰陽師のワイが教育してやるわッ!」


「ほほう、それは望むところだ……!」


 ちょうど勉強中だったからな。だから喜んで頷くと、こちらを見ていた周囲の者たちが「オォッ!?」と声を上げた。

 むむ、俺が勉強に励むのが、そんなに注目すべきことなのか!? 『偉いなぁ~シオンくん!』って思ってくれているのか!?

 やっぱり優しいなぁ~この組織は。

 神を自称してるけどなんやかんやで勉強教えてくれる優しい先輩もいるし、俺はとっても満足ですよ。


「さて、というわけで真緒、ちょっと立花神と裏庭いってくるぞ」


「あははっ、僕もいくよ~!」


 おやおや? さっきまで俯いてた真緒さんだが、なぜかスッキリした笑顔だ。

 目尻がちょっと濡れてるが、泣き笑うほど良いことあったのか?


「ありがとう、シオン。やっぱりキミは、最高の親友だよ……!」


 真緒は俺の手を取ると、まるで宝物のように握り締めてきた。

 よくわからんが嬉しそうで何よりだ。


「そうしてずっと笑っててくれ。お前の笑顔は綺麗だからな」


「はひィッッッッ!?」


 思っていることを素直に告げると、真緒の顔が茹ったように火照り、ついでに周囲の者らもめっちゃざわついてきたのだった。

 え、なんなんですかね?



 ◆ ◇ ◆



 妖魔伏滅機関『八咫烏』本部のある地下空間はとても広い。

 青空の下、屋敷の周囲には多くの木々が立ち並び、その一角を開いた形で庭園なども存在していた。

 裏庭もその一部だ。ちなみにそこに向かおうとすると、食堂の人たちがなぜかぞろぞろついてきて、その光景を見た人たちも「なんだなんだ?」とついてきて、気付けば立花さんを先頭にした行進は数十人規模になっていた。

 流石は神、周囲の注目凄いなぁって褒めたら「オンシのせいやろ!?」と怒られた。なんでぇ?


「――クソッ! ざけんなやマジでクソッ!」


 かくして裏庭の中心に辿り着くや、立花神先輩はいきなり俺に怒ってきた。ずっと怒ってんなこの神。


「ワイを当て馬に告白まがいのコトなんざしおって、マジでワイをコケにしとるなぁッ!? えぇッ!?」


 ん、告白? なんだそりゃ? なぁ真緒、この人何言ってんだ?


 そう思いながらついてきた真緒を振り向くと、なぜか赤くなった顔を押さえてプルプル震えていた。どうしたんすかね?


「あぁクソッ、ホンマ気に食わへん……! オンシの『呪い人』の身体はもちろん、その舐めた性格が何より嫌いや。何がチヤホヤされたくて最強陰陽師目指すや……ッ!」


 懐より、一本の洋風の短刀――たしか“ナイフ”なる武器を取り出してきた。


 んん? 教育してくれるって言ってたけど、本を読んだりするとかじゃないのか?

 もしや、『実戦教育』ってことか? おお~、清明さんはなぜか『キミにはいらんでしょ』と言ってきたから、これが初になるな。嬉しいぞ。


「ええか!? 陰陽師っちゅーのは、正義の職業やねん! 心を殺して、社会平和のために黙々と妖魔を狩るものやねん! オンシみたいにくだらん私欲を胸に抱くもんちゃうわッ! オンシは陰陽師失格や!」


「なんでだ?」


 またまた意味の分からんコト言うなぁ。


「妖魔を狩りまくって社会を平和にすればいいんだろう? じゃあ私欲があっても別にいいだろ。むしろそれでやる気になったほうが、妖魔をたくさん狩れるだろうが」


「じゃかぁしいッ!」


 ナイフをこちらに向けてくる神。ふむふむふむ、これまたわからん行動だ。


「立花神よ。私欲を禁ずるならば、なんでアンタは俺に対峙してるんだ?」


「アァッ!?」


「アンタが言うには、陰陽師とは黙々と妖魔を狩る者なんだろう? 心も私欲もないんだろう? ――ならば俺に『教育』を施さんとしている時点で、アンタも陰陽師失格では……?」


「――」


 次の瞬間、顔面目掛けて飛来するナイフ。いきなり彼は攻撃してきた。

 これは奇襲の訓練か? だが。


ぬるい」


 速さはあるが所詮はナイフ一本だ。

 鮮血妖魔エリザベートのように物量はないため、普通に居合いで斬って砕いた。


「ッ……オンシは、この機関にとって間違った存在や……! 『呪い人』の上、クソみたいな理屈を言いおって……!」


「機関にとって、間違った存在だと?」


 俺は双剣を構えた。逆手に握り、怒気を放つ立花神と対峙する。


「ソレを決めるのは機関であって、別にアンタじゃないだろう。もう訳わからんコトを言うのはいいから――アンタ自身の私欲おもいを、聞かせろよ」


 そう言った瞬間、立花神は「上等やッ!」と吼えると、両手にそれぞれ四本のナイフを出現させた。


「あぁ言ったるわッ! ワイはッ、オンシにッ、消えてほしいッ! ワイの前からいなくなってほしいンやァァアーーーーッ!!!」


 全てのナイフがこちらに向かって放たれる。

 かくして始まった『教育』に、俺は胸を躍らせるのだった。

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