第32話



「――この前さー、男子便所に幼女が入ってきてマジびびったよー」

「――それ長谷川さんじゃねー? 三十六歳おじさんの」

「――えぇ……」



 広い食堂の片隅にて。

 人々の喧騒を耳にしながら、俺は今日も勉強に励んでいた。

 清明さんのおかげで平仮名ひらがなと少しの漢字は読めるようになってきたので、今度は本を音読してもらいながら、書かれた文章がどう読むか覚えていく訓練だ。

 ちなみに今日の勉強を見てくれているのは、清明さんではなく……

 

「さぁ次の本だよシオン。説明もかねて、妖魔の概要書を読んでいこっか!」

 

 そう言ってニコニコーッと隣で明るく微笑んでくれている、元気になった真緒マオくんさん(メガネ装備)だ。

 重症なのになぜか脱走してきて叫んで倒れた謎の蘆屋あしやとは違い、静養に努めていただけあってすっかり大丈夫みたいだ。嬉しい。


「勉強といえばだけどね、ほらここの文章。『全人類の恐怖総意からなる妖魔は、その身を構成した恐怖元の人種の言語を、学ばずともすべて理解できる』とあるんだ。シオンが前に会ったっていう蛇妖魔が、人間の言葉を使えたのはコレのおかげだね」


「なるほど」


 そういえばエリザベートも、明かな異人なのに日本語を話していたな。妖魔というのはずいぶん便利だ。


「それと、『また英霊型・寓話型妖魔が出現する地域は、恐怖情報が拡散されている場所に限定されている。それゆえ、人類の発展と共に国家交流・情報の交換が果敢に進む現代の状況は、陰陽社会にとってはなはよろしくはない』ともあるね。なんで宜しくないのか、わかる?」


「ふむ……」


 真緒の指し示す文章をよく見るため、二人の真ん中に置かれた本に身を寄せた。

 すると自然に俺の身体も真緒のほうに寄ってしまい、「わひゃっ!?」と短い悲鳴を上げられた。

 な、なんか驚かせちゃってごめんね?


「あ、あぁ、気にしないで。なんかたまに、身体がヘンな反応することあって……! あ、それよりも文章の意味するところがわかった?」


「あぁ。妖魔の出現地域が限定されるということは、それだけ対処がしやすいということか。だが、情報の拡散と共に出現場所がばらけたり、異国の妖魔が現れるようになると、対応に手間取る……みたいな感じか」


「そうっ、正解! だから『鎖国政策』も、妖魔の流入を食い止める意図があって行われていたものなんだ。でも妖魔の存在は一部の者にしか知られてないから、内部争いが起きて結局こじ開けられちゃったケドね」


「さこくせいさく……?」


「あッ、そっかそこからか!? そ、それは今度教えるね!」


 ふむふむ。とにかく妖魔絡みのことで色々あったみたいだ。

 今度は歴史の勉強と、その裏で妖魔がどう絡んできたか学んでみるか。


「妖魔というのは、昔から人類と関係があったんだな」


「そりゃあね。現代では禁忌タブー視されてるけど、大昔には『神への生け贄』といって人を殺したり、場所によっては『食人文化』っていうのがあったみたいでさ。そういうのは多分、妖魔が人間の上に立って、政治を支配していた名残だと思うよ」


「なるほど。俺も生け贄にされたしな」


「えぇ……まさかの当事者……」


 今さら生け贄文化とか、どんな村に住んでたのシオン……と震えてしまう真緒さん。

 どうやら俺の故郷は希少価値らしい。誇りが増えたな。


「と、ともかく、妖魔っていうのは“多くの人から恐れられた存在”が成るモノだから、特に英霊型妖魔なんかは優秀なヤツが多いんだよ」


「そうなのか」


 まぁたしかに考えてみれば、普通の人はたくさんの人に怖がられないもんな。


「異能が使えて強いし、さっき言ったように色んな民族の言葉を話せるし、消滅しても世間からの恐怖があれば、数十年から数百年後には再降臨するみたいだからね。タフで賢くて死んでもまた戻ってくるって、めちゃ為政者トップ向きかもねー」


「なるほどー」


 ――そういえば、ぶいぶい力を付けている大妖魔衆『天浄楽土』も、世界の掌握を狙っているとか清明さんが言ってたな。

 力と素養があれば夢もデッカくなるわけか。


「シオンもさ、剣術めちゃくちゃ強いじゃん? いっそ活躍しまくって、『最強陰陽師』の称号とか目指してみれば? みんなからチヤホヤされるよ~?」


「むむっ」


 チヤホヤされる……おお、それはよさそうだな。

 ボコボコには何万回かされてきたが、チヤホヤされるのは経験がないぞ。されたらとても気持ちよさそうだ。


「ありがとう真緒、お前のおかげで目標が増えたぞ。俺は活躍しまくってチヤホヤされるぞ……ッ!」


「あははっ、マジで目指しちゃうの~!?」


 冗談だったのにーと笑う真緒さんだが、俺はかなり本気だった。


 だって、敵を斬殺するのは楽しいからな。

 好きに斬って斬りまくって、斬れない時にはどう斬るか考えて成長して斬る。これはとても充実感がある。

 その上みんなからチヤホヤされるとなれば、もう感無量だ。良いことずくめだ。


「斬殺しまくって、世間の人気者になってやるぞ……!」


「って世間はちょっと無理かもよー? 妖魔と陰陽師って秘密の存在だから、いつかにならない限り……」


「む、じゃあひとまず『八咫烏』内で人気になるか」


 そうして――俺と真緒が和気藹々と話していた、その時。


 

「ざけんなやッ、この『呪い人』共が!」


 

 突然の怒号が、俺たちに向かって放たれた。


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