第28話
「――陰陽師様がた。この先の村は既に、手遅れでござる」
東京より走ること数時間。妖魔が出たという埼玉付近の山村近くにきた俺たちを、『鴉天狗』はそう言って出迎えた。
「鴉天狗。手遅れ、とは?」
「文字通り、住民は全て食い荒らされ、もう救う手はないということでござるよ」
……そうか、全滅状態か。
思えば鮮血妖魔・エリザベートの時も、駆けつけた時には死に立ての死体がいくつも並んでいたな。
どうやら陰陽師とは常に後手を踏む職業らしい。そう考える俺の腰に、長谷川さんが小さな手を添える。
「シオンくん、妖魔というのは丑三つ時に急に『発生』するものだ。ゆえに全国に散らばっている鴉天狗衆がどれだけ早く察知しようと、我らが駆けつける前に犠牲者が出ているのが常だよ」
「長谷川さん」
冷静な口調で語る長谷川さん。――しかし、その顔は青ざめて涙目で、腰に当てられた手はプルプル震えていた。
「そっ、そんな恐ろしい妖魔と戦わなきゃいけないとかっ、本当にふざけてるよね陰陽師……ッ! おじさんはもう辞めたいんだが、妻子がいるから逃げられなくてね……っ!」
「そうなのか」
すごい切実な事情で戦っていた。見た目は子供なのに大人だなぁって思った。
「シオン殿に長谷川殿。妖魔は現在、『退魔札』を山村付近に撒いて拘束中でござる」
懐より一枚の札を取り出す鴉天狗。これまでに見た『封鎖札』や『通信札』と比べると、刻まれた紋様が攻撃的に見える。
「人魂に干渉して“退避の情”を抱かせる『封鎖札』とは違い、これは妖魂に干渉し、
「なるほど」
術式
「もはや救い手はなし。必要なのは、妖魔共を断罪する殺し手のみにござる。ゆえにお二方、どうかご健闘を」
礼を執る鴉天狗に、俺と長谷川さんは頷いたのだった。
◆ ◇ ◆
「見えた」
木々の中を歩くこと数分。夕暮れに照らされた山村が目に入った。
村の様子は、もう駄目だ。
もはや悲鳴すらも聞こえず、民家の壁や地面には人の血痕がブチ撒けられていた。
そして、人影の代わりに
村民なき村のあちこちを、『大蛇の顔をした人間』が彷徨っていた。
「あれは……妖魔なのか?」
「あぁ。“蛇の妖魔”といったところか。典型的な『象徴型妖魔』だね」
「『象徴型妖魔』?」
首を捻る俺に、長谷川さんが頷く。
「妖魔の種類の一つだよ。キミが戦ったという“エリザバート・バートリー”、ああした伝説の人物への恐怖から生まれた妖魔を『英霊型妖魔』という。それは知っているかな?」
「ああ」
「そうかい。そんな風に、妖魔も何を“恐怖の根源”とするかで種別が分かれてね。鬼や妖怪のような、伝記上の化け物への恐怖から生まれた妖魔を『
なるほど。
良くも悪くも有名な人間から生まれたなら、『英霊型妖魔』。
怪談話に出てくる化け物から生まれたなら、『寓話型妖魔』。
動物や現象等への恐怖心から生まれたなら、『象徴型妖魔』。
そんな風に分かれてるんだな。ちなみに九尾はどれなんだ?
『んあ? 我は象徴型というヤツだな。元は“狐の妖魔”だったが、人間共を追っ払ってたら恐怖が集まって尾が九本になったぞ』
「そうなのか」
羽織から顔を覗かせる九尾さん。それを見た長谷川さんが「ひえっ!?」と声を上げた。
「そ、その子が大妖魔の九尾かい……!? か、噛んだりしてこないかい!?」
『我をそこらの野良犬と一緒にするなっ!』
「ひッえぇええッ!?」
素っ頓狂な悲鳴を上げる長谷川さん。
――それを耳にした蛇の妖魔共が、一斉にこちらを向いてきた。
筋肉質な男の身体に蛇の頭を生やした奇怪な姿で、ぞろぞろとにじり寄ってくる。
『ミツ、ケタ。ニンゲン……!』
『マダ、イタッ! シカモ、コドモ!』
『オンナノ子供ッ、ウマソウッ!』
どうやら知性があるらしい。
片言ながらも人語を介す妖魔共。女児と認定した長谷川さん(※三十六歳、妻子持ち)を見つめ、目を情欲に血走らせる。
「ひぃいいいッ!? おいシオンくんっ、キミ女の子だと思われてるぞ!?」
「いや長谷川さんがだろ」
「ンなわけあるかッ、おじさんだぞ!? それよりもシオンくん、来るぞ――!」
雪崩れ込むように妖魔共が押し寄せる。
それに対して俺は刃を抜き、長谷川さんは懐から鞭を出した。
そして蛇頭の群れへと叫ぶ。
「巫装展開――【
走る閃光。具現するは黒鋼。
逆手に持った両刀が闇色に染まり、右目を仮面が包み込む。
さらに長谷川さんもまた、術式巫装を展開する。
「巫装展開――【
鞭が光に包まれる。白き閃光の中で形状が変わり、一瞬の後には小刃をいくつも生やした尾骨の如き姿へとなっていた。
最後に右目を隠すように、長谷川さんの顔に
「おじさんは中距離型だっ! ぜ、前衛はシオンくんに任せてもいいかな!? 怖いし!」
「ああ」
要望に応えて真っ直ぐに突っ込む。
そんな俺を見て――
そして、
『食事ノ邪魔ヲ、スルナッ! 貴様、
「あっ」
――俺はこいつらを、絶対に殺すと思った。
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