第27話




『長谷川さん、アナタには“とある才能”がある。ぜひ陰陽師になってほしい』



 特等陰陽師・安倍清明あべのせいめいなる若者からの勧誘。

 それが、長谷川という男にとっての人生の転機だった。


 長谷川は不器用な男である。背も小さくて肝も小さい、何の取り柄もない三十路の小男だ。

 幸運にも妻子には恵まれたものの、職は無し。以前は手紙などの代書業をやっていたが、近年の識字率の上昇から廃れてしまった。


 ああ、このままでは妻子を路頭に迷わせてしまう……!

 小柄で細身で頼りなく見えるせいか就職活動も上手くいかず、はぁどうしようと頭を抱えていたその時、清明に声を掛けられたのだった。


 そして陰陽師となった長谷川。着物の上にスーツを羽織り、日々凶悪な『妖魔』共と戦う。

 ぶっちゃけ怖いし辞めたかった。だが陰陽師は高給取りだ、妻と十四歳になる子を養うためには辞められない。


 そうして今日も命懸けの狩りである。

 今回は清明の頼みで、新人に付き添うことになっている。

 なぜか名前を教えられなかったが、人形が大好きな少年で、いつも人形を懐に入れているらしい。

 そんな可愛らしい特徴を頼りに、城門辺りでその少年がやってくるのを待っていると……。


「あ、人形と話してる子がいる。彼が新人かな? あ、あの~~~……――って、ひぇッ!?」


 声をかけ、目を合わせた瞬間に長谷川は感じてしまった。


 コイツは


 直感的にそう思わせる新人――それが、四条シオンへの第一印象だった。


 

 ◆ ◇ ◆



 ――俺は今、長谷川という陰陽師と共に、妖魔の目撃情報があった村に向かっていた。

 ちなみにまだバイクに乗れないため、長谷川の後ろに乗せてもらう形でだ。


 道行みちゆきは順調。特に問題もなく、うららかな日の差す野道をバイクでブンブンしてるのだが……、


「のっ、乗り加減はどうかなぁシオンくん……!? お尻は痛くないかなぁ……!?」


「いや、特には」

 

「そそっ、そっかー! そりゃぁよかった!」


 ……この長谷川という陰陽師、やたらビクビクしているのは気のせいだろうか?

 うーん、俺って変な真似したかな? まだ自己紹介くらいしかしてないんだが?


「はっ、ははは……。いやぁ、それにしてもビックリしちゃったよ……。清明くんが付き添ってほしいって言ってきた新人が、まさかあの四条シオンくんだとは……」


「ん、俺のことを知っているのか?」


「あぁ、そりゃ色々な意味で有名だからね。曰く『大妖魔・九尾を喰って融合した謎の存在』で、しかも『英霊型妖魔を無傷で倒すほど強い』とか。もうその噂を聞いた時点で、ソイツとは絶対に会いたく――いやっ、会って握手してもらいたいなぁって思ってたよ! 応援者ファンというヤツだ! ハハハハ!」


 お、そうなのか。もしや長谷川、そんな俺と出会えたから、やたら緊張気味だったり気を遣ってくれてたのか。

 おあー嬉しいなー。俺は俺のことが好きな人が大好きだぞ。


「俺のことが好きなのに、清明さんからは俺と組むと聞いてなかったのか。フッ、あの人も憎い演出をするものだな」


「あ、あぁ、本当に憎い限りだよ。例の新人がキミだと教えられてたら全力で逃げ――あぁいやっ、全力で喜びの踊りでも踊ってただろうね! ハハハハッ、ハハハハハハハハハハハッ! ハァ~……!」


 おやおや、長谷川ってばめちゃくちゃ嬉しそうですよ。

 こんなイイ扱いは初めてだ。俺はさっそく、この子への好感度が爆発状態になっちゃいましたよ。


「そうかそうか。今日はよろしくな、長谷川」


「はっ、長谷川!? ……いや、あの、一応おじさんは年上なわけだからね、呼び捨てはちょっと……」


「は?」


 ……後ろから顔を寄せ、長谷川の白い横顔を見る。


 伸びすぎた前髪のせいで目元は隠れているが、どう見ても十代だ。

 俺と同じ十五歳くらい……いや、それ以下にしか見えないな。背丈もぐっと低いし、十代未満にも見えるくらいだ。

 あと、おじさんだと?


「……髪結ってるし、女の子かと思ってた」


「えぇ!? は……はははっ、おいおいシオンくんってば冗談キツイぞ! 三十路の妻子持ちに向かって何言ってるんだか~」


「は????」


 三十路って……たしか三十代って意味だったよな? それで、妻子持ち? え?


「まぁ小柄だし、それだけおじさんが頼りなく見えるって皮肉だろうけどね……」


「いや皮肉じゃなくて」


「たしかに、眉目秀麗で実力もある他の陰陽師たちに比べたら、おじさんはなんの特徴もない雑魚さ」


「なんの特徴もない???」


「清明くんに見いだされた“とある才能”とやらも未だわからない、場違いな一般人みたいなものだよ」


「一般、人????」


「あぁそうさ。何の取り柄もない、どこにでもいるような三十六歳の普通のおじさんだよ。だけどね、それでも精一杯戦うから、どうか邪険にはしないでくれたまえ……!」


「どこにでもいる……? ふつ、う……??????」


 ど、どうしよう……この人の言っていることがわからない。


 目隠れした女児にしか見えない三十六歳の妻子持ちのおじさんが、この世には溢れているのか?

 清明さんには社会を学べとか言われたけど、社会ってこんな人がいっぱいいるのか……!?


「おっと、おじさんとしたことがついつい偉そうな口を! 年を取るとこうなるからダメだ。これじゃぁ思春期の息子がやたら避けてくるのも納得だよ……。き、気を悪くしたならごめんねシオンくんっ!?」


「あ、いや、別に気にしてないぞ……。とにかく、今日はよろしく頼むぞ、長谷川さん……!」


「あぁ、よろしくねっ!」


 ――かくしてこの日、俺は人間社会の複雑さに戦慄してしまったのだった……!




 

 

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