第22話




「――ご苦労様でござるッ、陰陽師様がた!」


 戦闘が終わってすぐのこと。妖魔伏滅機関の屋台骨、『鴉天狗』さんがビル内にやってきた。

 一人ではない。彼と同じく鳥の面を被った黒服たちが来て、うずくま蘆屋あしや真緒マオの手当てを行ってくれる。


「怪我人の世話も我ら鴉天狗の務め。シオン殿はお怪我ないでござるか?」


「問題ない」


 巫装を解除し、血払いをして刀を収める。

 多少疲れたが損傷は無しだ。しいて言えば足が少し痛いくらいか?

 上層にぶっ飛んでエリザベートを倒したあと、(これどうやって着地しよう……)と少し絶望しながらも、頑張って刀をバサバサして落下速度を緩めようとしたんだよな。

 それで斬撃修正しまくってたら『刀で滑空する斬撃方法』という謎の技術に覚醒してしまった。

 まぁおかげで着地時に足が痛い程度で済んだが。あ、その痛みも引いてきたな。


「も、問題ないでござるか……!? かすり傷くらいはっ」


「大丈夫だ。あ、求めていいなら手ぬぐいをもらえるか? 少し返り血がついた」


「……それも少しなのでござるか」


 鴉天狗さんより手ぬぐいをもらい、血の付いた頬や手をごしごし拭う。

 敵妖魔の能力が鮮血操作とわかった時点で、何か小細工をされないよう返り血は受けない斬り方をしてきたからな。

 それに、羽織の中の九尾を血で汚したくなかったしな。こいつにはずっと綺麗でいてほしい。


「手ぬぐいどうも」


「い、いえいえでござる。……はぁ。大妖魔衆『天浄楽土』の幹部クラスといえば、たとえ格落ちといえど一等陰陽師複数人でも苦戦するのでござるが、それを怪我どころかほぼ汚れもなくとは……」


 そうなのか。


「ちなみに俺は何等なんだ?」


「って知らないでござるかッ!? シオン殿は新入りだから一番下の三等でござるよ! ……はぁぁぁ、まさか陰陽界の事情をまるで知らないまま、『天浄楽土』の元幹部を無傷で狩るとは、一体なんなんでござるか貴殿は……!? てか清明殿はもっと色々教えておけと……ッ!」


 驚いたり呆れたり忙しそうな鴉天狗さん。とっても騒がしくて面白い。この人のこと俺は好きだ。


「ふぅ……とにかく、真緒殿と蘆屋殿を病院に運んだあとは、戦闘後の証拠隠滅作業をしなければでござる。こんな血まみれクソビルの清掃をせねばならんとか地獄でござるよ~……」


「あぁ、確かに大変そうだな」


 肩を落とす鴉天狗さんに同情する。

 妖魔を倒した後、溢れていた鮮血生物共は全て血に戻ってしまった。おかげでビルは上から下まで血まみれだ。


「まっ、陰陽師様がたの苦労に比べたらちっぽけでござるな。というわけでシオン殿、貴殿は現場から退散を。……ここは我らに任せるでござる」


「わかった。お互い、これからも頑張っていこうな?」


「ッ、応っ!」


 俺の言葉に嬉しそうに頷く鴉天狗。面で表情は見えないが雰囲気でわかるよ。

 そんな彼に手を振り、俺はビルから夜道へと出る。

 

 

 ――さて。

 

 

「手に入れたぞ、九尾」

 

 懐から血まみれの『玉』を出す。

 鮮血妖魔エリザベートを倒した後、彼女の頭部をスパッと斬ったら出てきたものだ。

 なんとなく俺が飲まされた『陰陽魚』に似てるかもだな。白黒の魚が泳いでたあの玉とは違い、こちらは紫の小さな光が瞬いたり渦巻いたりしているが。こっちのほうが綺麗かも。


『うむ……それこそ妖力を生み出す妖魔特有の器官、『黒芒星』だな……』


 羽織から九尾が顔を出す。

 白き頬を既に青ざめ、言葉を紡ぐのもやっとという様子だ。どうやら限界は近いようだな。


『すまなかったな、シオン。今回はずいぶんと貴様を焦らせてしまった……』


「謝るなよ、九尾。しおらしいのはお前らしくない」


 そう、九尾にはいつだって元気でワハワハしていて欲しいのだ。


「謝罪なんていらない。ふんぞり返って『よくやった!』と言ってくれるのが、俺にとっては一番だ」


『ふっ……相変わらず変わった小僧だ。うむ、ではよくやったッ! さっさとそれをかっ喰らい、我に妖力を献上せよッ!』


「仰せのままに」


 妖力の玉を口に放り込む。喉を通るには多少大きすぎるが、それでも気合いで飲み込んだ。

 そして、ごくりと。玉を臓腑に収めた――その瞬間、


「ッ!?」


 視界が揺らめくと共に……俺は――いや、『わらわ』は。

 この少年の中に消えながら、二度目の生を振り返った。



 ◆ ◇ ◆



『なによっ、自分の領民を好きに殺していただけなのにっ、どうして逮捕されるのよォオーーーーーーーッ!?』


 ――貴族であるがゆえの無知。

 それが妾、エリザベート・バートリーの人間の頃の死因だ。


 下賤な兵士共が寄ってたかって妾を取り押さえ、最後は光なき部屋で獄中死だ。あまりにも酷すぎる。

 もう二度とあんな思いはして堪るか。そう思った妾は、偶然にも得た妖魔としての生で、まずは知識を得ることを優先した。


 そして色々と調べたところ、欧州は完全に『断罪教会』なる者らに制圧されていた。

 神への信仰の下、我ら妖魔を死んでも駆逐せんとする者らだ。一度激突することになったが、いくら殺しても仲間の死体を踏み越えながら向かってくる様には恐怖した。


 “ああ、これはダメだ。あんなヤツらがいる土地では楽しく虐殺生活できない”


 そう思った妾は、『断罪教会』の影響が薄いという日本に逃げることを決意した。


 そして、来日後。

 まずは日本での立ち振る舞いを学ぶべく、国内屈指の妖魔組織『天浄楽土』に加入することを決め――そこで、最大級の屈辱を味わった。


 

『貴様、弱いな』


 

 ……最初は順調だったのだ。ハンガリーでは恐怖の代名詞になっていた妾はとても強く、並み居る妖魔を文字通り血塗れにしてやった。

 そうして順調に地位を高め、組織のトップに『七大幹部に任ずる』と言われた――その直後、

 

 

『強さをみがき、世界の覇者にならんとするのがこの組織の目的と聞いていたが。なぜ、能力だけの素人がいるのだ?』

 

 

 ……突如としてやってきた男に戦いを挑まれ、あっけなく敗北。

 妾の幹部としての地位は、ほんの数瞬で崩れ去ってしまった。


 あぁ……その恥辱から組織を抜け、この横浜を支配するようになった後でも、あの日の屈辱は忘れられない。


 おのれ……戦場だけしか知らぬ男が。

 おのれ……戦いの果てに、唾棄すべき罪人とされた男が。

 おのれ……守り抜いた民草からも恐れられ、串刺し公と蔑まれた男がッ!


 おのれ――ッ!



 ◆ ◇ ◆


 

「おのれ、大妖魔『ヴラド・ツェペシュ』……!」


 

 気付けば俺は、知らない男の名を口にしていた……!

 

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