第21話




「術式巫装【黒刃々斬クロハバキ】」


 展開完了。両手の刃が漆黒に覆われ、俺の右目に黒蟷螂クロカマキリの面が現れる。

 急上昇する刃の切れ味。そして相手の挙動を完全に見抜く超視力の発現により、赤鎧共を触れさせることすら許さず斬滅していく。

 飛来する鋼鉄器具も同じだ。一刀の下に複数を斬る最適最速の斬撃で、一切合切を斬り飛ばす。

 さらに、


「術式巫装ッ、【死想撈月スイシャンラオユエ】!」


 変貌を果たす真緒マオの双銃。白き色彩に染め上げられ、銃口下部からは爪の如き黄金の短刃が現れた。そして顔の右上半部には白き獣のような面が。名は知らないが猫のような風貌だ。


「仕留めるッ!」


 真緒が弾丸を乱れ撃つ。赤鎧共に比べたらあまりに小さな質量での攻撃だ。しかし、着弾した瞬間、敵軍勢は数体纏めて吹き飛んでいった……!

 その光景に、刃を振りながら「ほう」と感心した。


「すごい巫装だな。『弾丸の威力を強化する』異能か?」


「ううん、正確には攻撃の致命化。『使い手ぼくが与える衝撃全てを強化する』のさ。こんな風にッ、ね!」


 細い足で真緒は踏み込む。その足先が床を蹴るや、轟音を立てて足元がひび割れた。こわ。


哦々々々々々々々々々オオオオオオオオオーーーーーッ!」


 強化された踏み込みは真緒自身を弾丸に変える。その勢いのまま敵を強襲。双銃の先の刃で次々と鎧の群れを斬り裂き、さらには零距離からの銃撃で息吐く暇すら与えず暴れ散らしていく。うわぁ。


「銃ってああやって使うんだな……」


「――って、あんな戦いすんのはあのメス虎野郎だけだっつの!」

 

 蘆屋あしやも負けじと拳を振るう。

 ただしほとんど生身の状態でだ。かつては影の巫装【喰密刃クラミツハ】で全身を覆っていたが、今は拳の部分のみ。あとは右目周囲に狼の仮面を出現させる程度で戦っていた。


「チッ、これ以上の巫装展開はまた暴走しそうだからな……。だが、拳さえ使えりゃ釣りがくるッ!」


 鋭い踏み込み。敵に接近。相手の攻撃を上体反らしのみで避け、そこから「ワン・ツーッ!」と拳を連打。狙いは鎧共の頭頂部。連中に脳はないだろうが、それでも身体の上部末端に強い衝撃が走ったことで、仰向けに転倒。そして倒れた敵に後続の鎧が引っかかり、そいつも倒れて侵攻が遅れる。

 上手い。俺や真緒のような殲滅力はないが、敵が不死なことを考えれば最適解の判断か。

 それに一連の動きに全く無駄がなかった。幼少から鍛えていたのは本当らしい。


「頼れる男だな、蘆屋」


「ふぁッ!? お、オメェなんかに頼られたくねーよトンチキざむらいッ!」


 トンチキ侍と言われた。うーん。


「あと86万8635秒」


「だから何の数字だよッ!?」


 やり取りしつつも俺たちの攻撃は止まらない。

 斬撃と銃撃と拳撃で以って、鎧の群れを打ち払う。

 次第に敵の再生速度より俺たちの進撃が早くなり、鮮血妖魔・エリザベートの表情が歪み始める。


「クッ、調子に乗るなよ人間共ッ! 貯蔵血液・解放開始ッ!」


 瞬間、ビル上層部の部屋の扉が次々と開いた。

 そこから溢れるのは大量の血だ。どうやらこのビル自体が丸ごと、妖魔の血液袋だったらしい。吹き抜けの第一階層目掛け、血の濁流が流れ込んでくる――!


「鮮血よッ、生命イノチを宿して敵を喰えェッ!」


『オォォォォォォオオオーーーーーーーッ!』


 降り注ぎながら変異する血潮。ソレは鎧の兵士だけでなく、巨大蛇や巨大害虫に姿を変えて、俺たちに襲い掛かってきた。

 もちろん斬り伏せるが、これは……少し拙いな。


「っ、シオン! こんなのいつまでも相手出来ないよッ!」


 銃剣を振るいながら真緒が叫ぶ。飽和した敵を打ち払っていく彼だが、先ほどまでとは攻撃の密度が段違いだ。

 次第に追い詰められ、その身に傷が増えていく。さらに、


「おいボケ侍ッ、こいつぁやべぇぞ……ッ!?」


 気付けば、蘆屋の顔が青く染まりつつあった。代わりにスーツは赤黒くじっとりと濡れている。

 確かにコイツは真緒より傷を負っていたが、そこまで出血するとは……いや、まさか。


「妖魔、お前の術の影響か」


「えぇそうよォ美少年クンッ! わらわの妖術【血凱法権ブラッド・ヴァース】は、血液を支配出来るというモノ。まぁ持ち主が死んでる血じゃないと、完全掌握できないけど……でもっ♡」


 指を鳴らすエリザベート。すると真緒や蘆屋の流血が勢いを増した。二人の口から苦悶の声が上がる。


「体外に出れば、凝血を妨げる程度の干渉は可能。さぁ、このまま無様に失血死なさいッ♡」


 激しさを増す敵の猛攻。徐々に弱っていく仲間。俺自身はまだ無傷で斬殺し続けているが、相手は殺しても死なない血の兵団だ。全くもってキリがない。追い詰められていく俺たちに妖魔の哄笑ばかりが響く。


「アァァァッハッハーーーーーーーーーーーーッ! 此処ここは我が城ッ、新たに生まれた拷問チェイテ城ッ! この領域に踏み込んでしまったことを後悔するのねェェッ!」


 降り注ぐ血が激しさを増す。それらは鮮血生物や様々な拷問器具となり、俺たちを殺すべく殺到する。

 ああ……ならば。


 

「斬る」

 

 

 刃を振るう。無学な俺には斬殺コレしか思い付かないから。


「斬る」


 瞳を凝らして刃を振るう。視るのは敵の攻撃全てと、何より俺の両腕自体。


「斬る」


 超視力により筋肉を視る。想像するのは蘆屋のような長年練り上げられてきた動き。無駄な微動、無駄な伸縮、無駄な力の籠りを視て取り修正。時間がないから今成長する。


「斬る、斬る、斬る」


 斬撃、修正。斬撃、修正。斬撃、修正。斬撃、修正。

 才能だけで振るっていた刃を意識で調整・最適化。必死な俺に妖魔が笑う。


「フハッ、無駄なことをッ!♡」


 敵の声。無視。斬撃、修正。斬撃、修正。斬撃、修正。斬撃、修正。斬撃斬撃斬撃。今の連斬はだいぶ良かった。これを起点に斬撃修正。


「いくら頑張ろうともッ、いつかは体力がッ!」


 疲労激減。呼吸と同じ労力で振るえる斬撃法を獲得。調整機会がこれで増した。斬撃、修正。斬撃、修正。斬撃、修正。斬撃、修正。


「どッ……どれだけ速く斬ろうともッ!」


 斬速激増。浮いた余力を燃料として全斬撃を二段加速。これより敵の再生速度を完全突破。


「ちょっ、あのッ!?」


 斬撃、斬撃、斬撃、修正。斬撃、修正、斬撃、斬撃斬撃斬撃修正斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃ああいい調子だぞ!

 斬撃斬撃斬撃修正斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃おぉなんだエリザベートがずいぶん近くに見えてきたぞさらに成長して行こう斬撃修正斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃――!


 

「ヒッ――ヒィィイイイッッッ!? 何よアンタッ、付き合ってらんないわよォオーーーッ!?」


 

 妖魔がなぜか絶叫を上げた。ついさっきまで笑っていたのに心変わりが早いことだ。


「鮮血よッ、我が背に集まれッ!」


 血が背中へと収束し、蝙蝠コウモリのような血の翼が生える。

 妖魔は「ソコでくたばってろッ!」と吼えると、ビルの上層部まで飛んで行ってしまった。


「ほう、飛行まで出来るとは」


 さてどうするか。瞬間ごとに敵十体を斬り捌きながら考えた時だ。

 蘆屋と真緒が頷き合うと、俺に言ってきた。


「おいヤバ侍、テメェのおかげで敵も減った。オレが数秒稼いでやっから、!」


「シオン、僕のほうに来て!」


 姿勢を下げて組んだ腕をつき出す真緒。そんな真緒を敵軍勢から守るように蘆屋が暴れる。

 これは――なるほど。真緒の能力を考えれば、そういうことか。


「ならば、行くぞ!」


 俺は独走していた道を戻り、真緒の腕へと飛び掛かる。

 そして真緒が呼吸を合わせ、俺が完全に乗った瞬間、


「任せたよッ、朋友シオンッ!」


 能力発動:衝撃強化。

 真緒に跳ね上げられた俺は、風を切る速度でビル上層部へと急上昇。羽ばたいていたエリザベート目掛け、双刃を手に天翔ける。


「何ィッ!?」


 飛翔する俺に彼女が目を剥く。


 ああ――エリザベート、お前に恨みはないんだよ。

 正義感だの悪を許さぬ心だの、そんなモノは育てる環境になかった俺だ。空っぽなだけの肉人形だったんだ。

 けど、そんな終わっている俺に、“生き足掻け”と言ってくれたヤツがいるんだよ。とても優しく愛おしいんだよ。そいつが死の淵にいるんだよ。


「くっ、来るな来るな来るなッ、このっ、バケモノがぁァァアアアーーーーーーーッ!!!」


 血の翼より放たれる弾幕。無数の血杭に視界が埋まるが、ああだから?

 友を想う俺は無敵だ。群がる脅威を一切合切即時斬滅。エリザベートについに迫る。


「大切な友がいるんだよ。その友を、九尾を生かすために、お前の命が必要なんだ」


「ヒィイイイイイイーーーーーーーーーッ!?」


 だから。


 

「斬る」


 

 そして――斬撃一閃。

 妖魔の首をざんと絶ち、戦いに決着を付けるのだった。

 

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