第15話



 ――妖魔伏滅機関『八咫烏』には、いくつもの支部があるらしい。



 最北端の『北海道支部』から、最西端の『長崎支部』まで。ほぼ全ての県に支部が存在。

 それぞれが周囲一帯を警戒し、妖魔絡みの事件があれば出動するってわけだ。

 で、俺が属することになった東京本部は関東近辺が守備範囲。その一角である『横浜』に、俺たちはバイクで向かっていた。


「まぁ、俺は真緒マオの背中に引っ付いてるわけだが……」


「あははっ、気にするなって。友達だろー!」


 バイク乗れないからねぇ、俺……!

 刀はなぜか握った時から振り回せたけど、バイクは流石に無理だったよ……。

 というわけでしばらくは誰かのお世話になりそうだ。


「すまんな真緒。次は蘆屋あしやの世話になるから」


「……いや、あのチンピラは駄目だよ絶対。性格最悪のボロクズだからどうせシオンのこと振り落とすでしょマジで」


 街道を駆けながら前を睨む真緒。

 視線の先には、「ヒャッハーッ!」とか言いながら前輪を浮かせて走る蘆屋の姿があった。

 あ、バイク乗れない俺のほうを見てニヤニヤ笑ってきた。あと90万3520秒。


「まぁあの馬鹿はそのうち事故死するとして……それよりも、シオンの服装……」


「お?」


 一瞬ちらりと俺のほうを見る。


 あぁそうそう、俺も陰陽師の黒スーツ貰ったんだよな。

 今は上下ともにそれを着て、父の形見である黒紋羽織と白い首巻(最近じゃマフラーって言うらしい)を身に付けてる感じだ。

 オシャレなんて分からないから、あるもの着ただけの恰好になっちゃったんだよなぁ。


「やはり変だろうか? 羽織もマフラーも取ったほうが……」


「っていやいやいやいやいやっ!? そのままでいいよッ! 似合ってるよ!」


「そうか?」


 うん、真緒がそう言うならそうなのだろう。


「真緒もオシャレだよな。その白くてピッチリして丈が短い……チャイナドレスだったか? そこに肘だけに引っ掛けるようにしたスーツとか、なんかすごいぞ。大人って感じだ」


「えぇっ!? こ、これはアレだよ、妹がこんな恰好を好んでたから、真似しただけだよ……!」


 そうなのか。そういえば俺に思いを吐露した時も、そんなことを言ってたな。


「あはは……未練がましい話だけどさ、脳を失くしても、身体には妹の魂が残ってるって信じてるんだよ。だから兄として、あの子が悲しくならないように、最低限は着飾ってあげようと思ってるんだ」


 ああ、そうだったのか。


「だから綺麗な恰好を」


「うん」


「お前の心はもっと綺麗だぞ」


「ッッッ!?」


 瞬間、バイクがめっちゃ揺れた。振り落とされて死ぬかと思った。


「こわい」


「あッ、あーうんごめんね! はぁー……自分でもビビッたぁ……。なんだ今の身体の反応……」


 昨日からどうにも調子が……と、声を上擦らせている真緒さん。

 やっぱり風邪のようだ。今晩看病しに行こうかな。


 “――うわぁ。やっぱりシオンくん、色々すごいな……”


 と、そこで。清明さんの声が懐から響いた。

 清明さんが懐に入ってるわけではない。入ってるのはグースカ寝てる九尾だけだ。かわいい。


 “おーいちゃんと聞こえてるかな? 『通信札』の調子はどうだい?”


「聞こえてますよ」


 声の元は、スーツ内に貼り付けたお札だった。


 “そりゃよかった。『陰陽札』の中でも、コイツはまだまだ調整中でね。三日くらいしか効力ないし”


 ――『陰陽札』。それが陰陽師たちの基本道具らしい。

 清明さん曰く、“血を混ぜた墨で、札に特定結果の出力を導く霊力回路を精密に刻んでいくんだ。そしたらできるよー”とのこと。

 なんかよくわからんが清明さんは簡単そうに言ってたので、俺も挑戦してみようと思う。


 “浅草で一般人を追い払った『封鎖札』みたいな、魂への干渉は容易なんだ。ただ物質への干渉は難しくてさ、特に声は空気を正確に震わせなきゃだから。そこで僕は西洋で開発中の電話なる機械を知ってだね! その仕組みを参考にッ、外界物質でなく極めて干渉が容易な札に刻んだ血の鉄分に干渉してさらに札自体の素材に炭素と鉄粉を使うことで半電気振動を――!”


「清明さん、俺に熱弁されてもわからないぞ」


 “おふ!?”


 札の先で黙ってしまう清明さん。

 よくわからんけど札作りが好きらしい。なんかこの人、やたら知的なとこあるし、西洋文化にも明るいしで、開発者の妖魔平賀ヒラガと相性よさそうだ。

 どっちもフラフラしてるらしい、実はどっかで会って親交結んでたり……ってないか。

 九尾復活を狙うのは上層部的に一発死刑判定と言われたし、清明さんみたいな偉いっぽい人が妖魔と関係持ってたらえらいこっちゃだよな。

 ……でも、俺のことは黙認してくれてるみたいだし……んん?


 “んッ、あーそうだねごめん……! とにかく僕は別件で忙しいから、代わりにその札を持たせたよ。やばすぎる事態が起きたら相談しなさい”


 ただ、と。清明さんは続ける。



 “言ったよね、キミたちには大妖魔衆『天浄楽土』を倒してもらうと”



 清明さんの言葉に、俺は頷いた。

 大妖魔衆『天浄楽土』。飄々とした清明さんが警戒するほどの、凶悪なる妖魔共の集団らしい。


 “『天浄楽土』。調査によると、【妖魔による人類支配】なんてのを目論んでる、夢見がちな笑える組織さ。だけどその戦闘力は笑えない”


 冷徹な声で清明さんは語る。


 “私利私欲に塗れた妖魔の組織だというのに、実に統制が取れていてね。『首領』なる存在の下、日々研鑽と序列争いと弱き仲間の切り捨てを図り、力を高め続けている。彼らに対抗するには、こちらも若く才能ある人材に育ってもらわなきゃいけない。だからこそ”


 キミたちも最速で成長しなさい。困難は経験の機会とし、僕に頼らず、出来る限りキミたちだけで窮地を乗り越えてみなさい――と。

 清明さんは俺たちに訴えてきた。


「ああ、わかっているさ。九尾の友に恥じないような、強い男になりたいからな」


「自分も、シオンの助けになるよ」


「フンッ……言われずとも強くなってやるさ」


 俺に続いて真緒が答え、すぐ前を行く蘆屋も応える。


 こうして俺たちは、第一の任務。

 横浜の港に巣食うという、“『天浄楽土』が元幹部妖魔”の討伐に向かうのだった――!


 

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