第16話
「刺身の……ッ、旨味が、旨い……!」
『やはり感想力が死んでるなぁ貴様』
街道を突っ走った後のこと。無事に横浜に辿り着いた俺たちは、港近くの定食屋で夕食を取っていた。
今晩のおかずは『刺身の船盛』なるものだ!
船を象った木の器の上に、色とりどりなナマの魚の肉がいっぱい並んでいる。
それを机の中心に置き、九尾に
「魚とはナマで食えるんだな。ほれ九尾あーん」
『あーん……むぐッ、これは、旨味がすごい……ッ!』
白いほっぺを持ち上げる九尾さん。幸せそうで何よりである。
真緒もそんな九尾に微笑ましげだ。
「あははっ、九尾さんってばそれじゃあシオンと感想一緒じゃん! ……ちなみに蘆屋はどうなわけ? ずっと黙って食べてるけど」
「普通にうめぇよ。まぁテメェのツラ見て今吐きそうになったが」
「死ね」
――瞬間、バチィッと激しく箸をぶつけ合う二人。「「やんのかテメェッ!?」」と吼えながら幾度も激突する。
『仲悪いなぁあの二人……。あれで無事に妖魔を狩れるかどうか。おいシオンよ、あの二人についてどう思う?』
「元気ですごいと思いました」
『もう貴様に感想は聞かんッ!』
こうして俺は騒がしい空気を楽しみながら、美味しく刺身を平らげたのだった。満腹!
◆ ◇ ◆
夕食を終えた後のこと。お腹を撫でる俺と九尾と、あとぜェーはァーと息する真緒と蘆屋が定食屋を出て少し歩いた時のことだ。
俺たちの前に、突如としてシュタッと黒ずくめの男が現れた。
お、なんだなんだ? なんか鳥の面なんてしてるんですけど、怪しいし敵か?
「やれやれ、ずいぶんと騒いでくれるでござるな。陰陽師は機密の仕事だというのに……」
肩を竦める黒ずくめさん。真緒も蘆屋も特に構えないあたり、どうやら敵ではないようだ。
……ていうか俺、この人みたいなののこと見たことあるぞ。
「あ、俺が本部に来たとき拘束してきた人たちと、同じ格好だ」
「うむ
じゃじゃんッと謎の音を口で叫ぶ鴉天狗さん。
なんだか面白い人だ。恰好は黒ずくめなうえ鳥の面で顔も見えないのに、中身は気さくで明るそうだぞ。蘆屋くんも見習いなさい?
「ってうっせぇよッ! つかなにが屋台骨だよ、鴉天狗なんざ雑用じゃねえか」
「むぐっ……そう言われるとショックでござるな。まぁたしかに、拙者らの仕事は情報収集に戦闘後の証拠隠滅と地味であるがゆえ……」
ニニーン……と変な鳴き声を出す鴉天狗さん。やっぱり面白い人だ。
あぁそういえば。
「すまん。証拠隠滅が必要ということは、やはり妖魔との戦いは秘密なのか? 天草さんって人も人払いの札を撒いてたし」
「って知らなかったでござるか!?」
「知らなかったでござるよ」
そう頷くと、鴉天狗さんは「あぁ、そういえば噂のシオン殿は組織に入ったばかりの身。でも清明殿、少しは説明しておいてくれでござるよー……相変わらずめんどくさがりな……!」と納得したり唸ったりした。もの知らずでごめんね。
「ごほんっ、では拙者から説明を。――陰陽師および妖魔の存在は、世間に広まらぬようずっと隠蔽工作されてきたんでござるよ」
「ほほう」
たしかに、俺もまったく知らなかったしな。九尾の妖狐を見た時には“化け物ってホントにいたんだ”って驚いたし。
「秘密である理由。それは、人々の『恐れ』を減らすためでござる。妖魔とは様々な負の感情、とりわけ恐怖や畏怖から湧き出るモノであるがゆえ、戦国のあたりから情報を広めないようにしたんでござるよ」
「ほほほう」
なるほどな。たしかに化け物が実在して暴れてるとなったら、人々の恐怖も半端ないか。
「尽力の末、かくして妖魔は怪談話に登場するだけの存在に。また、結果的に陰陽師が妖魔と戦っている事実も秘され、陰陽師は眉唾なオカルト職業ということになったでござる」
「おかると」
呟くと、真緒が耳元で「神秘的とか、悪く言えば怪しいって意味だよ」と教えてくれた。優しい。
“――まっ、その隠蔽工作もいい加減に限界だけどねー”
と、その時だ。懐から清明さんの声が響いた。鴉天狗さんが飛び跳ねる。
「ぬおっ、清明殿!? どこにいるのでござるか!?」
“栃木県への列車だよ。ただ、この子たちには『通信札』っていう開発中の札を持たせててね。遠くの相手とやり取りできるんだよ”
めんどくさがりで悪かったねー? と笑いながら言う清明さん。それに隠密衆さんはビクビクだ。
“……ともかく、情報工作はもう限界だよ。今や、世界人口は何十億人と増え、さらには
「新しい時代、でござるか?」
“ああ。でも僕は、来るのを待つより
まいどーッ、という知らない人の声が懐から響いた。「えきべん?」と呟きながら蘆屋を見ると、意味を教えてくれずにフンッと鼻を鳴らされた。あと88万3208秒。
“というわけで……シオンくん、キミも色々行動してみなさい。
例の目的……俺が九尾復活を願っていることか。
周囲には
ふむ。清明さんの意図はよくわからないが、まぁ。
「わかった。任務をこなしながら、色々食べたりしてみるよ」
“ははっ、食事以外にも楽しみなさい! それじゃ、みんな元気でねー”
ブツッと清明さんの声が途切れる。色々謎の多い人だか、俺にとってはいい人だからきっといい人だと思った。
『なんだか我、食ったら眠くなってきたぞぉ……』
「そうか。道中といい、なんだかよく寝るなぁ九尾?」
今朝も二度寝してた気がするが、まぁいっぱい寝ることはいいことだ。気にすることでもないか。
「明日から頑張って妖魔を斬ろう」
――こうして、俺たちの横浜での夜は更けていくのだった。
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